第十二話 幸せの光景
「「お邪魔します。」」
ゆっくりと扉を開け中に入ると、20人は寛げるであろう広さの居間が広がり、正面は一面がガラス張りの大きな窓になっていて、その窓からは野菜がなっている畑や厩舎、そしてオラディ村を囲う森や山々が見え、まるで一枚の綺麗な風景画を見ている様にさえ感じる。
居間の左手に部屋が一つ繋がる様にあり、そこにはベッドが置いてあり、右手には調理スペース、物入れの部屋があった。
天井は吹き抜けになっていて開放感があり、一人で暮らすには余りにも広い家である。
「広すぎる……。」
部屋の広さに驚くエディウス。
「綺麗な景色…。いいなぁ…。掃除もちゃんとしてるのね。」
フィオルの顔を見ながらアイベルは聞こえる様に呟いた。
床や窓ガラスは掃除が行き届きピカピカで、ホコリや汚れは見当たらない程綺麗であった。
「明日からはここで過ごして、奥の部屋のベッドで寝れるからな。」
アイベルは療養施設の臨時の小さなベッドを借り、そこで毎日寝ていた。
フィオルはニッと笑いアイベルの頭に手をポンと置いた。
さらに、居間の中心には囲炉裏があり、それを囲う形で座れる様に木造の椅子が置いてある。
「とりあえずそこに座ってくれ。」
フィオルの指示でエディウスとアイベルは椅子に座ると、フィオルは装備を置きに物入れの部屋へと向かった。
少し緊張気味のアイベルとエディウスは無言になっていた。
そして着替えを終えたフィオルは囲炉裏に灯りをともし、アイベルの横に座る。
「さて…。」
一呼吸置きフィオルは話し始めた。
「今日の宴の最中にブルク長老が俺とデュールさんに声を掛けてきた。」
エディウスはキョトンとした表情で、ブルクが集会所に来ていることすら知らない様子だった。
「宴が終わったら教会に来いって言われて、デュールさんと教会に行ったんだ。」
二人は静かにフィオルの話しを聞く。
「アヴェニール洞窟の調査団が古い文献を見つけたらしく、ブルク長老はその文献を俺とデュールさんに見せてきた。『ラヴィエルの守護者伝』と書かれた文献をね。」
人類が太古の昔から竜種と戦っていた事、"至上者の御業"は昔から存在し、それを駆使して戦っていた事…。
アイベルとエディウスは頷きながら、真剣な表情で話しを聞く。
「文献に書かれていた"陽蝕"という現象、そして鉄黒の竜が現れる日がいずれ訪れる…。それがブルク長老の考えだ。文献に描かれた絵をデュールさんと見たんだ…。大きく、黒く、赤い眼を持つ禍々しい姿の竜だった…。文献によれば鉄黒の竜とその先にある脅威は今までとは比べ物にならないかもしれない…。明日、村民会議でブルク長老は話すと言っていた。だが、俺の口から二人には先に言っておきたかった。アイベル…。特に君にはね。」
これから訪れるであろう真の脅威の存在…。
話をしているフィオルの言葉は微かに震え、冷や汗をかいていた。
「フィオル…。」
フィオルの俯く横顔に小さく名を呼ぶアイベル。
フィオルは顔を上げアイベルを見つめた。
「こんな話しをしたら一人で眠れないだろ?だから泊まってって言ったんだ…。それと、その現象が起きたら君に会えなくなる可能性がある…。少しでも君と一緒にいる時間を多くしたかった。こんな事がきっかけで一緒に暮らしたいだなんて……ホントはもっと早く言うべきだったな…。すまない…。」
「ううん…。言ってくれて良かった。でも、会えなくなるなんて言わないで。私はフィオルの助けに…絶対なるから。」
声を震わせてアイベルは返す。
少し沈黙し、深刻な表情の二人を見たエディウスが口を開いた。
「で、でも、いつ起こるかわからないのにどうしろ……」
「だから俺たちソウルガーディアンズの隊員は常に気を張ってなきゃいけないんだエディウス。」
エディウスが怯えながら言うのを遮り、フィオルは強い口調で制した。
「お前は、いや…ソウルガーディアンズはこの村の人達、大陸、世界の人達から頼られる存在なんだ…!俺はお前に期待しているんだぞ!?お前はソウルガーディアンズの剣撃隊に所属しているんだろう?いつまでも逃げ惑う子供じゃいられないんだ…!甘える事、怯える事は許されないぞ!」
縮こまるエディウスに畳み掛ける様に言うと、エディウスは俯き黙ってしまった。
小さな頃から弟の様に接してきた信頼できる隊員の一人であるエディウスに、一刻も早く自信と自覚を持ち、強くなって貰いたいと願うフィオル。
「フィオル。」
小さな声で呟くアイベルを見ると首を横に振り、強く言い過ぎだと口パクを見せる。
「ま、まぁ、とは言っても文献通りなら各地で竜種の咆哮が地鳴りの様に上がってからの話しだ。エディウスの言う通りまだそこまで気を張らなくても良いのかもしれないな。」
あまりにも萎縮しているエディウスを見て、慌ててフィオルは少しでも気を楽にさせようと振舞う様に言葉を掛ける。
「…でも怖いっす。」
ボソッと呟くエディウスにフィオルはハァと溜息を付いた。
「子供か!確実にいつか陽蝕は来るぞ?決心しろって。だが、たしかに陽蝕まで時間はある。今の内にでも明日からお前に俺の知識と剣術を叩き込むぞ。」
フィオルはエディウスの頭をポンポンと叩いた。
「まだ17だもん。子供ですよ。」
開き直り、エディウスが言い放った言葉に一瞬沈黙するとフィオルは笑い、アイベルもふふっと笑ってしまった。
「二人とも笑わないで下さいよ!」
必死になるエディウスにさらに笑いが込み上げてくる。
「ホント可愛いわね。」
「アイベルさーん。」
優しいアイベルの言葉にエディウスは泣きべそを向ける。
「エディウス…!頑張って!私もこれから強くなるエディウスが楽しみ…!」
エディウスに笑顔を向け、両手をグッと握りエールを送るアイベル。
「まあ話は以上だ。頼んだぞエディウス…。明日からまたよろしくな。」
エディウスの肩をポンと叩き、最後には笑顔を送ったフィオル。
「はい…。」
エディウスは小さく返事をし、フィオルとアイベルは家の外へ出て、俯きながら帰って行くエディウスを見送った。
「まだまだ小さな背中だ…。今はな。」
これから成長していくであろう、その背中は小さく丸まっていた。
「あの子はこれからよ…。」
二人の期待を背中で受け、ゆっくりと帰って行くエディウス。
エディウスの姿が見えなくなるとヒヒィンと鳴き声をあげながら、一頭の馬がアイベルに向かって走ってきた。
「エヴァル…!!」
馬はアイベルに近づくと頬でアイベルの顔をスリスリと撫でる。
その馬は10年前のあの日、フィオルとアイベルを村まで乗せて共に帰還した馬で、後にエヴァルと名付けられ、今ではフィオルと共に暮らしている。
フィオルとアイベルが運ばれた次の日、櫓に括られているエヴァルを村人が発見し、縄を外すとそのまま全速力で施設に向かい、フィオルとアイベルの体調が回復するまで、誰の言う事も聞かず療養施設の外で待ち、その場から離れなかった。
そして、フィオルとアイベルが回復し外に出ると、すぐに寄り添い、共に涙を流し鳴き止まなかった。
そして、フィオルとアイベルとエヴァルには深い絆が刻まれ、アヴェニール洞窟の調査団の元へは戻らず、フィオルが面倒を見る事になったのだった。
週に二、三度フィオルの家で飼われているエヴァルに会いに行っていたアイベルだが、最近は忙しく会えずにいた。
「最近来れなくてごめんねー。」
アイベルはエヴァルの頬に軽くキスをし頭を撫でた。
「明日から毎日一緒だからな。」
エヴァルはその言葉を理解し、ヒヒィンと鳴き喜びを露わにした。
そして、アイベルの横へ行くとしゃがみアイベルを乗せ、踊る様にクルクルと回る。
「そんなに早く回ったら危ないよー!」
笑いながら幸せそうな顔をするアイベルとエヴァルを見てフィオルは微笑む。
「幸せだな…。」
明日から一緒に幸せな暮らしが出来ると心から想い、胸に手を当て、満点の星空を眺める。
楽しそうに笑いはしゃぐ声、それに合わせて足音を立てながらエヴァルが鳴く。
まるで、宴で踊っているかのようだった。
ふと、エディウスが帰った方に目を向ける。
「あれ?エディウスだ。」
「え?」
その言葉でエヴァルは回るのを止め、その場にしゃがみアイベルを降ろす。
早足でこちらに向かってくるエディウス。
「どうしたエディウス。忘れ物か?」
「いや…。隊長、少し休んでみたらどうかなって。アイベルさんも…。」
「何で?」
アイベルは不思議な顔をして言った。
「明日は…俺は一度も会った事無いけど…二人を助けてくれた人達の命日なんですよね?二人にとっては大事な日だ。少しくらい休んで気を緩めても誰も怒らないですよ。脅威が訪れる日はまだって隊長も言ってたじゃないですか。」
「あれはだな、お前が縮こまっ…」
「あの場所に二人で行く予定だったけど…。」
アイベルはフィオルの言葉を制し続ける。
「エディウスは気がきくね。ありがと。フィオル。休んでも良いんじゃない?」
「うーん。」
考え込むフィオル。
(たしかに明日は大事な日だ。少し気を張りすぎか…。)
「俺…明日は二人の分も働くんで!」
尚も考え込むフィオル。
「それと俺…二人には幸せになって欲しいんですよ。美人のアイベルさんと隊長。すげえお似合いだし。ホントの兄貴と姉ちゃんみたいで…。明日から一緒に暮らすんですよね?引越しとか忙しいだろうし。だから少し休んで下さい!」
「ほら!少しくらい良いんじゃない?」
アイベルは肘でフィオルを小突いた。
フィオルは先程の幸せな光景を思い出す。
お互いの頬を合わせ撫で合い、エヴァルに乗り笑顔ではしゃぐ姿は今まで感じた事のない気持ちだった。
「よし。分かった。ただ、早朝の村民会議と剣撃隊の集まりには顔を出す。その時に休む事を皆んなに伝えるよ。気遣いありがとな。」
「よっしゃ!じゃあおやすみなさーい。」
そう言うとエディウスは陽気に跳ねる様に駆け足で帰って行った。




