第十話 愛する人
勢い良く外に飛び出してきたノワルヴェールに、療養施設の周りに集まっている隊員達は声を掛けたが、ノワルヴェールは応える事なく走り出した。
「父上…。本当に死んでしまったんですね…。次の遠征で俺の指揮する姿を見て欲しかった…。」
走りながら目をギュッと瞑り流れ落ちた涙は、走る速度とは裏腹にゆっくりと地面へ落ち弾けた。
「竜め…絶対に許さんぞ…。」
目をカッと開き、拳を強く握り、父ジールの死を受け入れ、竜に対し強い恨みを持ったノワルヴェールはそのまま村を駆け抜けて森に入っていった。
療養施設では落ち着きを取り戻したフィオルが話しを再開する。
「それからアイベルと馬に乗り、ひたすら走りましたが竜は僕達を探す為火球を放ち、それにより森は燃え始めました。ペールデニーズの知識も無いため、とにかく走りました。そして、開けた草地に出たのですが、結局逃げる事は出来ず追撃に遭い、馬から落ちてしまい対峙する事になったのです…。」
「竜が火球を放っていたのはお主達を探す為じゃったか…。」
「はい…。そして、アイベルに迫る攻撃を防ぎましたが、追撃を受けてしまい太ももに尾が突き刺さりました…。」
履いている服を捲り太ももを出しながらフィオルは言った。
「あれ…?塞がってる…。」
塞がっている事に今気づいたフィオルは驚きの表情をする。
「その傷は竜によるものじゃったか。貫通しておったじゃろうに。まさか塞がるとは…気になっていたんじゃ。」
話しを聞いていたクラルが不思議そうに呟く。
一同はフィオルの太ももを見て首を傾げると沈黙した。
「多分私です…。」
小さな声でアイベルは言うと一同はアイベルに注目する。
「私を庇い、フィオルが傷ついている姿を見て、竜に強い怒りを覚えました。そうしたら…手に白いオーラみたいな物が出て来て、訳もわからないまま助けてと願い、手を組みました…。」
自分の両手を見ながら話すアイベル。
「僕はアイベルに背を向けてましたがだんだん血が止まり身体の痛みも和らぎ始めたのです…。力が戻り反撃をしました。竜に隙ができ、心の中で力を貸して下さいと願うと剣には白いオーラが纏っていたのです…。そして、その剣で切りつけた攻撃は藍色の竜の尾を切る事に成功しました。尾が切れた竜は咆哮を上げると飛び立ち、去っていったのです。僕もアイベルも必死でした…。」
アイベルとフィオルに起きた不思議な現象に一同は頷き、少しの沈黙が訪れる。
「「"至上者の御業"…。」」
守備隊長のガルディンと弓撃隊長のスターキイは呟く。
「うむ。おそらくそうじゃろうな。じゃがまさか、こんな子供達に…驚きを隠せん。」
当時フィオルは"至上者の御業"というものを知らなかった。
「物見櫓の見張りが見た白い光の正体は"至上者の御業"が発現した時のものじゃったということかの。それについてはまた別の機会に二人に話すとしようかのう。よく二人で竜を退けた…。生きて帰って来れて本当に良かった。」
「はい…。」
「じゃがその後はどうしたんじゃ?雷が降る中あんな樹々に囲まれていては危険すぎる……」
コンコン
ブルクが話しをしている最中にドアがノックされた。
「失礼します…。」
そこには竜種を研究するサーチという人物がいた。
「クラルさん。ご協力ありがとうございます。ブルク長老、皆さん話の途中にすみません。」
一同にお辞儀をするとサーチは目を見開いた。
「新発見です…!フィオル君に付着していた鱗の様な物を調べていたんですが……何と雷を退ける効果が見られたのです…!」
ブルクがクラルをちらっと見る。
「治療の際、装備に藍色の光りを放つ鱗の様な物が付着していました。それを、彼に頼めば何か分かるのではないかと装備の一部を預けておったのです。」
「そのおかげであの雷の影響を受けずに村まで来れたということか…。なんと強運な。」
驚きの表情で呟くデュール。
「竜種が去ってアイベルが再び倒れてしまいました…。なんとかアイベルと帰還しようと再び馬を走らせ、その場を後にしましたがそれからはほとんど記憶がありません…。僕達を襲う植物や獣を振り払っていたのは少し覚えています。」
話しているフィオルの横顔を見るアイベル。
アイベルはフィオルの傷を癒した後に気を失った。
フィオルはそんな自分を襲ってくる植物や獣達から傷だらけになり、ボロボロになるまで守っていてくれたと知るとアイベルは涙が止まらなくなった。
「フィオル…。ありがとう…。」
その涙を見てフィオルは使命を果たせたと実感し、アイベルに笑顔を向けた。
「本当に無事で良かったよ…。」
デュールはフィオルの頭を撫でよくやったと称賛し、施設の中は暖かい空気に包まれた。
「さて、二人は目覚めたばかりじゃからの。まずは休んでまた次の機会に話しを聞くとしようかの。藍色の竜との対峙は、初めての事じゃ。サーチの研究も含め、情報を整理して対策せねばな。アイザムにはワシが手紙を出して伝えておく…。」
「「はい!」」
話しが終わると隊長達とブルク、サーチは施設を出た。
隊長達は早速外で集まっている隊員達に声を掛け、藍色の竜の容姿や攻撃手段等を話し始める。
「じゃあフィオル、アイベル。お大事にな。」
最後にフィオルの頭をポンポンと叩きデュールも外に出るとクラルは自宅で療養している村人の家を周ると言い施設を出た。
二人きりになった静かな施設内。
優しい灯りが二人を包む様に照らす。
「フィオル…。ホントにありがとう。」
「ああ。使命だしジールさんとの約束でもあった。君を守って…生きて帰れて良かったよ…。」
「フィオルが大変な時は……次は絶対私が守るから…。」
笑顔で返すとフィオルとアイベルは眠りについたのだった。
――現在、オラディ村 教会
「――フィオル…!フィオル!」
「…。」
「何ぼーっとしてるの?早くこっちに来て手伝ってー。」
アイベルとの当時の事を思い出し手が止まっていたフィオルは小走りでステンドグラスへ向かう。
「ごめんごめん。」
「フィオル、上の方はハシゴを使ってくれる?」
「わかった。」
指示を受け、ハシゴを使いステンドグラスの端の方を拭いていると、届かず、ふいに背伸びをした際にハシゴは傾き高い位置から落ちてしまった。
「うわぁっ…!」
背中から落ち、ドシンという音と共に、手を付いた際手首に違和感を感じた。
すかさずアイベルは駆け寄り声を掛ける。
「大丈夫!?」
「いってぇ…。あっ、やばいかも。折れたかも…。」
「えー。どうしよう…。」
アイベルが困っているとフィオルは笑顔を向ける。
「よろしくお願いします!」
ハァとため息をつくアイベル。
「いいけど…。気をつけてよ。」
ぷくっと頬を膨らませると手を組み始め、目を瞑った。
するとだんだんアイベルの手を白いオーラが包み始める。
フィオルは手首を回し、動きを確認した。
「どう?治った?施設だったらお金貰ってるんだからね。」
目を開け少し顰めっ面のアイベルは組んでいた手を解く。
「はい…治りました。ありがとう!」
治った手首をくるくる動かし、満面の笑みでフィオルは返した。
アイベルはあの日から療養施設でクラルと共に過ごす事になり、長い間患者と接していくうちに、この力を自分の意思で使える様になっており、その力は療養施設でも重宝された。
後に、その力を"至上者の御業"とみなし、心願と名付けらた。
そして成長したアイベルは容姿も良く性格も優しく穏やかで、村では人気者になっていた。
特にソウルガーディアンズの男達からは熱烈な人気を誇り、食事に誘われる等は日常茶飯事だった。
一方、記憶の方はまだ取り戻せておらず、彼女が何故あの広場に倒れていたのか、どこから来たのか、両親は…その全てが謎のままだった。
二人は再び掃除を再開する。
「フィオル…。10年前の事、覚えてる?」
「え…。」
自分と同じ事を思っていたアイベルの言葉に驚くフィオル。
「俺もさっき同じ事思っていたよ。君と初めて会って起きた出来事を…。忘れるわけないじゃないか。」
二人は顔を合わせずステンドグラスを拭きながら会話する。
「そうだったんだ…。そうよね。明日は私達の命を繋いでくれた人達の命日だもんね。」
キュッキュッとステンドグラスを拭く音が鳴り響き、アイベルの手が止まった。
「私は時々怖くて眠れない…。特に命日の日が近づくと胸が痛むわ…。」
「アイベル…。」
その横顔には涙の様な物が頬を伝っている気がした。
「あなたは逞しくなって隊長にまでなった…。遠征や依頼から帰って来た人達が大きな怪我をしたりして療養施設に訪れるけど…フィオル。あなたの事が一番心配になる…。私はあなたが居なくなるのが怖いの。あなたが急に死んでしまったら…遠征や依頼から帰って来なかったら私は…」
「アイベル…。」
フィオルはアイベルの肩を掴み向き合った。
「大丈夫だ…。心配するな。急に居なくなったりはしない…。そうだ。一緒に暮らさないか…?」
頬を伝う涙を指でそっと拭きながらフィオルは言う。
「え…。」
突然の事にアイベルは驚きの表情を浮かべる。
「俺は君の元から居なくならない。」
優しく笑顔を向け頭にポンと手を置いた。
「療養施設の荷物を出して、俺と一緒に暮らそう!」
アイベルの瞳に涙が溜まる。
「私もホントはそうなれたらいいなって思ってた……。」
ニコッと笑うと瞳から溜まっていた涙が溢れた。
「アイベル…あの時、もう泣かせたくないと言っただろう…?…俺は君を愛してる…。」
月光がステンドグラスを突き抜け、二人の身体に綺麗な模様が映る。
そしてフィオルは優しくアイベルを抱きしめると、アイベルは応えるようにフィオルの背中に手を回した。




