第九話 報告
陽が差し始める村の中央通りを、村の端から村の中心にある療養施設へ向けて全速力で走る二人。
「何があったんだ…!」
フィオルの弱りきった酷い状態に焦り、必死に呼び掛けるが、フィオルは気を失ってしまっていた。
療養施設に着くとドーンと療養施設の扉を開け中に入ったデュール達。
「うわぁ。こんな時間に何じゃっ!」
突然入ってきたデュール達に驚いた薬師は、椅子から転げ落ちそうになりながら大きく声を上げる。
療養施設は一日中開いていてるが夜明け辺りにもなると治療に訪れる者は殆どいなく、中にいた薬師は半分寝ていた。
「クラルさんっ!」
「どうしたんじゃ…!」
「この子達を…!」
二人の焦る表情、そして抱えられてぐったりしているフィオルとアイベルを見て眼鏡を掛ける。
「急いでこっちに寝かすんじゃ。」
ぐったりする二人を奥の部屋へ案内し、デュールとノワルヴェールはフィオルとアイベルを並列されたベッドにそっと寝かし、クラルは手袋をはめた。
「少女の方は外傷はほぼ無いが…。問題はフィオルじゃな…。」
ベッドに横になる二人を交互に見る。
「お前さん達は椅子に座るか外で待っていなさい。」
そう言われるとデュールは室内の灯りをつけ、傍にある椅子に腰掛け、ノワルヴェールは外に出た。
慌ただしかった施設内が一旦落ち着くと、クラルは傷だらけのフィオルの身体を診始めた。
「切り傷、擦り傷に火傷の跡もある…。かなり身体にダメージがある様じゃ。」
クラルの診察の様子をデュールは前のめりに座り聞き、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「この太ももの丸い跡はなんじゃ…。太ももの裏にも見える…。枝にしては太いが、何かが貫通した跡に見えるのう。なんと…!骨も再生してる様じゃな…。」
フィオルの太ももを触り信じられない様子で言葉を漏らすクラル。
アイベルを庇い、藍色の竜と対峙した際、フィオルの太ももに突き刺さり貫通した尾の傷は、アイベルの力で血は止まり、穴は塞がっていた。
そして、それから多くの薬を使い診察を終えた。
「ふぅ…。命に別状はない…。後はフィオルとこの少女が起きるのを祈って待つしかないのう。」
手袋と眼鏡を外し、汗を拭き取りながらクラルは言う。
「クラルさんありがとうございます。良かった…。早く起きてくれ…。待っているぞ。」
一命を取り留めたフィオルを前に手を祈るように組んでいたデュールは涙を拭い、フィオルの頭をポンポンと触り一旦外に出た。
外に出ると陽が見え、村は静かな朝を迎えていた。
「どうだった?」
施設の前に置いてある切り株に座り、下を向くノワルヴェールは静かな声でデュールに聞いた。
「命に関わる程ではないとの事だ…。クラルさんは最善を尽くしてくれた。後は起きるのを祈って待つしかないらしい…。」
「そうか…。」
虫の様な、か細い声で返す。
座って俯くノワルヴェールからは涙のような物がチラリと見えた。
「ああ。フィオルの命は大丈夫そうだが…ノワルヴェール。ジール副……」
「ああ、分かっている…!フィオルの腰には二つの剣が……一つは父上の物だった…。嘘だと何度も何度も自分に言い聞かせている…!今でも信じてはいない…。」
デュールの言葉を制しノワルヴェールは大きな声を出し立ち上がった。
下を向き叫ぶ様に言い放つと涙が地面にポツリポツリと落ち始める。
「死んでなんかいませんよね…。……父上……。」
ポタポタと落ちる大粒の涙は地面を濡らし、やがて小さな小さな水溜りを作る。
「……。」
デュールは返す言葉が思い当たらず、そっとノワルヴェールに寄り肩に手をあてた。
しばらくするとノワルヴェールは天を仰ぎ涙を拭く。
「フィオルが起きたら詳しく話しを聞く。それしか真実はわからん。それまで俺は父上はまだ生きていると信じている…。」
「そう…だな。」
そして二人は切り株に座る。
それから沈黙が続くと陽が村全体を照らし始め、村人達は起きそれぞれの一日が始まった。
「こんな早くに何故ここにおるのじゃ。見張りが居ないと隊員がワシの家に来たのだぞ?」
その声に顔を上げるとブルクがポツンと立っていた。
「「ブルク長老!!」」
「フィオルが…フィオルが帰ってきたのです!!」
目に涙を溜めデュールは言った。
「何と……。」
目を大きく開けるブルクは早足で療養施設に入っていった。
その背中を見送り二人は立ち上がる。
「皆も呼ぶか。」
「そうだな。」
そして、二人は隊員達にフィオルの帰還を知らせる為に一度別れた。
目を覚ます事なく時間が進み、陽が沈みかけた頃。
続々と隊員達が療養施設の周りに集まった。
「剣撃隊が帰ったって?」「ああ、でもフィオルと素性が分からない少女だけらしい。」
外では隊員達の会話がぼんやりと聞こえ、ノワルヴェールは唇をギュッと結び、表情を強ばらせていた。
施設の中にはブルク、デュール、ノワルヴェールと帰還の知らせを聞いた当時の守備隊長、弓撃隊長がフィオルの目覚めを待っていた。
やがて、陽が山に沈み暗くなり始めると、気を失っていたフィオルの目がゆっくりと開いた。
「フィオル…!」
フィオルのベッドの横で座って待っていたデュールは、直ぐに反応した。
中にいる一同はフィオルの目覚めに注目する。
「デュールさん……。あの子…アイベルは…!?」
フィオルのベッドに並列されたベッドに横になるアイベル。
デュールはそのベッドに向け指を差す。
「生きてはいるみたいだぞ。」
仰向けで目を瞑るアイベル。
「アイベル…良かった…。」
そう言いいそっと手に触れると、アイベルの目が開き、ゆっくりと身体を起こし辺りを見回す。
隣のベッドのフィオルの存在に気づき、包帯に巻かれたフィオルを見つめたまま大粒の涙が溢れ、頬を流れた。
「フィオル…。良かった…。」
そしてにっこりと笑うと、その笑顔を見てフィオルも涙を流した。
「うわぁぁあ…!!」
全ての重みがスッと無くなり、崩れた様に泣くフィオル。
「目覚めてくれて良かった…。」
デュールは座ったまま下を向き、溢れ出る涙を拭きながら零した。
「起きて早々悪いのだがフィオルよ…。ワシらは何も分からん…。何が起きたのか教えてくれるかの。」
崩れた体勢をゆっくりと起こし涙を拭い、一度深呼吸をし呼吸を整えるとゆっくり口を開いた。
「はい…。分かりました。」
フィオルは剣撃隊が依頼に出た時から起きた出来事を静かに語り出した。
「依頼自体は何の問題もなくスムーズに進みました。そして、洞窟の奥、光翠の広場でこの子が倒れていたのを見つけ、ジール副隊長は村で保護しようと言い、担いでの帰還は難しいと考え、僕達はアヴェニール洞窟の調査団の馬で帰還する事にしました。」
依頼を達成しアイベルを見つけ保護した事、突然の豪雨に遭った事を細かく話す。
一同は言葉を出さずにフィオルの話しを静かに聞いていた。
「ペールデニーズに入る前にこの子は目を覚まし、野宿の時に話しを聞くと自分の名前と年齢は分かったのですが、その他の記憶が無いらしく……。」
「記憶か…。何かがきっかけで戻ると良いがのう…。」
アイベルは俯いたまま頷いていた。
「そして、僕とアイベルはいつの間にか寝てしまっていました。目覚めて樹の影から覗くと……皆さんが藍色の竜と対峙していたのです…!」
下を向き歯をギリギリと食いしばり藍色の竜と対峙していた事を告げるフィオル。
その顔は悔しさに歪んでいた。
「やはりお主達じゃったのか……!」
櫓から見た竜が剣撃隊と対峙していた事に驚きを隠せない一同。
「物見櫓からの見張りが竜に気づいたんじゃ…。」
「そうだったんですね…。」
俯きながら弱く吐くフィオル。
そしてフィオルはそのまま続けた。
「ジール副隊長のアルムさんの名前を叫ぶ声で目覚め、アルムさんがやられてしまい…ジール副隊長を庇う様に続けてファリートさんも……」
涙を流し言葉が詰まるフィオルの背中をデュールは優しく摩った。
部屋に灯る明かりが揺れ動き一同の影を大きく震わせていた。
「僕も樹から飛び出そうとしましたがファリートさんに止められ、ジール副隊長からは逃げるぞと言われ…逃げようとしましたが…ジール副隊長は……僕たちの目前で……」
再び言葉が詰まる。
するとノワルヴェールがフィオルの前まで迫り、両肩を掴んだ。
「父上は…父上はどうなったんだ……!」
その目には涙が溜まり今にも溢れそうになっていた。
『私達ソウルガーディアンズは、ラヴィエルを守るのは当たり前だが、弱い人々を守るという使命がある。たとえどんな事があろうともだ。』
『私の副隊長としての使命は、君の命を守る事でもあるのだ。お前の使命は少女を守る事だ…!』
『うぉぉおお!行けぇフィオル!アイベル!必ず生き抜き村に帰還するのだぁぁ!』
ジールから受けた全ての言葉を思い出し、詰まりそうになるがゆっくり口を開いた。
「僕達の目の前で竜の攻撃に遭い……僕にアイベルを守り抜き共に村に帰還せよと……最後にこの剣を授けると…渡されました…。すみません…ノワルヴェールさん…!僕にも力があれば…!」
フィオルは目の前に落ちる涙しか見れず、ノワルヴェールを直視出来なかった。
ベッドの横に立てかかっている剣を横目で見ると、最後の瞬間を思い出し、フィオルは嗚咽を上げながら大粒の涙を流した。
アイベルも当時を思い出し涙が溢れる。
肩を掴んでいた手は力が抜けだらんとなり、ノワルヴェールは施設の外に飛び出した。
「…………。」
飛び出したノワルヴェールを誰も止めることが出来ず、施設内には啜り泣く音が鳴り響く。
「前例の無い事じゃ…。誰も竜種の出現は予想出来なかったじゃろう。ジールの事じゃ、ペールデニーズを安全と判断して森に入ったんじゃろうが…。ホントに運が悪かったとしか言えぬ…。ジールはお主ら二人を助けたという使命をやり遂げたのだ…。悲しいが称えるべきじゃ。ジールはよくやった…。」
ジールを称えるブルクの声は震え、目は潤んでいた。
ここで悲しさのあまり、話を進めることが出来なくなったフィオル。
一同も含め、気持ちを落ち着かせる為休憩を取る事にした。




