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未来ということ。  後

「未来?」


未来のことを考えてみよう。

アルト先生の突然の言葉に、すぐには頭が上手く働いてくれなかった。

どういうことですか、と僅かな光源によって薄暗く照らし出されているアルト先生の顔を見上げました。

「そう、あれが消えて、皆が安心出切るようになった未来のこと。」

あれ…世界の女神となろうというマリアを無事に無力化し、全ての罪を償わせることが出来た後の未来。

それは、きっと…

「でも、それは…」

アルト先生が勧める通りに、今はまだ夢物語でしかない未来を想像しようとしました。ですが、僅かに思い浮かび始めていたそれを、すぐに頭から追い出しました。


戦いを前にして、そんな実現の可能性が揺れ動く想像をすることは、無駄に浮き足立たせ、足下を疎かにさせてしまうこと。想像に現を抜かし、戦場では命取りでしかない僅かな油断を生んでしまうものだと、私はそう幼い頃に教えを受けました。

戦場において何よりも大事なものは、集中とその時その時の状況をしっかりと見定めること。戦場の未来さきなどに集中を阻害させてはならない、と。

それは、サルド家に生まれた全ての者が受ける教えです。


「まぁ、そうだね。エリザちゃんが危惧するのも当然だよ。本当に、戦場を前にしてそんな考えを語るような奴は馬鹿でしかないよ。俺も、何人もそれを語って消えていった奴を知ってる。でも、今回の戦いに関しては別。」

別にしていいとと俺は思ってる。

「別?」

「俺達の後ろで待ち構えているのは、世界が終わりだからね。」


マリアが勝てば、世界は彼女の物になる。自分の心も自由も何もかも、彼女に奪われ、彼女が思い描くがままに動かされることになる。彼女の後ろに控えている"神"という存在に多くの命が捧げられるかも知れない。

普通の、その言葉が正しいとは思わないが、この世界で何度も起こってきた戦場になら戦士として身を投じたとしても、勝とうが敗れようが、この世界そのものが壊れる訳ではない。戦場に身を置かなかった人々は、それぞれに変わらない生活をして、笑っていることもあるだろう。戦士達にしても、辛うじて戦場の中で生き残ることもあるし、その後に戦う以外の人生を送れるようになるかも知れない。

何かしらの可能性が完全に費えてしまうなんて事にはならない。

でも、マリアとの戦いに残る可能性は無い。

あるのは一つ、絶望だけ。


「だから、今回は未来の事を考えてもいいと思うんだ。この戦いに、勝つ以外の道は無い。だから、全てが終わった後を想像して戦ってもいいじゃないか、ってね。」

未来を思って勇気を振り絞り、持てる以上の全力を発揮しなければならない。

アルト先生の意見は、すんなりと心に入ってきました。


思えば、未来を想像するなんて、夢に見るなんて忘れていました。

それをしてしまえば、お父様やお母様、皆死んでしまったのだと、想像する未来の中で思い知らされそうで。リアと二人、兄様達と共に、あの町で、あの家で静かに暮らしていくのだというくらいしか、想像することが出来なかった。自分が何をして、何処に行って、なんて考えようともしなかった。

「そうですね、そう想えば、頑張れるかも知れません。」

恐怖は消えることは無いだろう。でも、恐怖を抑え戦うという勇気を持つことが出来る気がする。

リアが居る。全ての戦いが終わった後ならば、あの子の心臓を人並みとはいえないまでも強くする方法を探し、試すことも出来るかも知れない。一族にも得意とする者の居る治癒術を試してみようか。薬学が発展している東の国々に薬師を訪ねてみたり…。病に『拒絶』は通用するかしら?

リアが大きく成長した姿を思い浮かべてみる。お姉様のように美しく凛とした女性になるのかしら?

テイガ兄様は戦いが終わったらすぐにでも、アリス義姉様と結婚しているわね。こんなに待たせんですもの。

昔からテイガ兄様は子供はたくさん欲しいと言っていた。

姪や甥が生まれたら、どんな風に遊ぼうかしら。リアとお揃いの服を作ってみるのも可愛いかしら。

サルドの一族は、どうなるのかしら?

国は無くなってしまった。そこに土地があって、民が居れば、国はいつかは元に戻るだろう。でも、そこにはサルドが主と定めた王家は無い。なら、誓いによって留まっていたサルド家は土地を離れるのも自由だ。

全ては、当主であるテイガ兄様の判断次第といったところかしら。

兄様のことだから、楽しんで荒地や秘境などに向かおうとするかも知れないと少しだけ不安も覚えるけれど、

その時はその時で意見を交えるのも楽しいだろう。


兄様ならやりそうだ、と口にして友人であるアルト先生に同意を求めてみる。

確かに、と苦笑を浮かべて、アルト先生は頷いてくれました。

「俺達が学生だった頃も、色々と無茶をさせられたからね。」

砂漠横断。治療一切無いの弾丸魔物狩り旅行。

当時、怪我をしたまま家へと顔を見せた兄の姿や、父や母が笑顔を浮かべたまま恐ろしい気配を背負って兄に説教をしている姿を目撃したことがありました。

アルト先生が話してくれた無茶を通り越して無謀とも言える体験の数々を思えば、あの頃見た光景はそれらの体験によって起こったものだったのかと頭を過ぎりました。


「本当に、秘境にでも連れて行かれるのかも知れません。」


リアの体調を考えると絶対に反対しないと。

あるかも分からない想像だというのに、思わず決意せずにはいられませんでした。

ぎゅっと拳を握って決意を表明していると、アルト先生はまた唐突な言葉を投げ掛けてきました。


「その時、君の隣に俺は居られる?」


「えっ?」

こんなに近くにいて、他の物音など一切存在しない状況。その声ははっきりと聞こえていた。でも、思わず聞き返してしまいました。だって、その言葉はまるで…。


「あの町にある家に帰ったとしても、サルド家が旅立ったとしても、どんな時でも、君の隣に、エリザの隣に居てもいい立場に俺はなれるかな?」


テイガ兄様に紹介されて初めてアルト先生に会った時から、私のことをエリザちゃんと呼んでいます。

なのに、今、アルト先生は私のことを、"エリザ"と呼んだ。

その声が、本当に真剣そのもので。

噛み砕くようにゆっくりと、はっきりと言われたその言葉は、その声と呼ばれた私の名前と共に私の頭を大きく揺らしたのです。


見上げたアルト先生は、私の事をジッと見ていました。

怒っているわけでもない、笑ってもいない表情で、目を逸らす事を許さないという力を感じ取れる力強い目に射抜かれる。


「あ、ると、先生?」


「先生じゃなくて、一人の男として。エリザの隣に俺が立っている未来を、想像してみておいて。」


話をしている間にも進む足は止まってはいなかった。

小さな光源に頼っていた通路の中に、眩い光が差し込んでくる出口が目の前に迫っていました。


「ごめん。」


あと数歩で通路から出るという場所で、アルト先生が謝りました。苦笑というのも何か違う、少し歪な表情で謝ったアルト先生の背中が先に出口を潜ろうとする。

「これは余計なことだったね。戦いの前に混乱させるような事を言うなんて。ごめん。」


でも、忘れてとはいえない。

これが俺の本心だから。


どう返事をすればいいのか。私はそれにどう返事をするのだろうか。

自分のことなのに、まるで他人行儀にそう迷っている間に、アルト先生は「先に行くから」と通路から眩い光の中へと消えていってしまいました。


どんな時にも隣に立っている存在。

それを何という言葉で表せるのか、それが分からない程の馬鹿ではありません。

でも、今あったばかりの出来事が、言葉が、まだ私の中に渦巻き続けていて飲み込めずにいました。

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