第8話:牙を剥く組織
第8話をご覧いただきありがとうございます!
個人の私怨や横暴が、ついに水木銀行全体の信用問題へと発展し、組織の上層部やコンプライアンス部門が本格的に動き出す「ざまあの序章」回です。
追い詰められていく桃の姿と、組織の反撃をお楽しみください!
水木桃による相次ぐ横暴と、主要取引先への不当な介入劇。
それはもはや、個人の派閥争いや社内いじめの範疇に収まるものではなくなっていた。怒った取引先からの正式な抗議文が何通も役員室に届き、銀行のコンプライアンス部門には、経営企画部における権力の私物化を告発する内部告発のメールが相次いで寄せられる事態となっていた。
銀行という組織は、突き詰めれば「信用」のうえに成り立っている。
どれほど強大な財閥の令嬢であろうとも、銀行全体の利益や社会的信用を根本から揺るがすリスクが表面化した瞬間、組織の歯車は一気に「排除」の方向へと回転し始める。
ある日の午前中、経営企画部のフロアに、重苦しい緊張感が走った。
普段は悠然とデスクに座り、お気に入りの紅茶を優雅にすすっているはずの桃の姿が見当たらない。代わりに現れたのは、人事部長とコンプライアンス統括責任者、そして数人の重役たちだった。
「――これより、経営企画部の業務監査および、一連の融資凍結案件に関する臨時のヒアリングを行います」
人事部長の冷徹な声が、広いフロアに響き渡った。
行員たちが一斉に息を呑み、作業の手を止める。これまでの銀行であれば、水木家の名前を聞いただけで誰もが頭を下げ、トラブルの火種など綺麗に隠蔽されてきたはずだった。だが、今日の経営陣の目は違った。そこには、組織を守るために癌を取り除こうとする、冷徹で現実的な決意の色が浮かんでいた。
個別に呼び出されたのは、桃の直属の部下たち、そして当事者である佐藤さんと、私だった。
会議室の重々しい空気が漂う中、私は向かい側に座る人事部長から穏やかな声で質問を受けた。
「江崎さん、経営企画部から受けた業務上の指示や、不当な修正命令について、知っていることを包み隠さず話してください」
私は一瞬、隣に座る佐藤さんの姿を見た。佐藤さんは静かにうなずき、私に安心させるような目を向けてくれた。
その温かさに背中を押され、私は深呼吸をしてから、これまでに桃から受けた理不尽な扱いや、データの不当な差し戻し、そして取引先に対する強引な介入の事実を、客観的な事実と証拠を交えて一つ残らず語った。
感情に流されず、ただ起きた現実を淡々と告げる私の言葉は、コンプライアンスの記録用紙に一言一句漏らさずタイピングされていく。
ヒアリングが終わる頃、会議室の外の廊下から、ハイヒールの高い足音が苛立たしげに響いてきた。
「どういうことよ! 私に断りもなく、勝手にこんな真似をして……何のつもりなの!」
扉が勢いよく開き、顔を真っ青に、そして怒りで歪ませた水木桃が飛び込んできた。
いつも完璧にセットされていた髪はわずかに乱れ、彼女の纏っていた「絶対的な女王」としての余裕は綺麗に剥ぎ取られていた。
「水木さん。あなたには、臨時の事情聴取を受けてもらいます。席にお戻りなさい」
「ふざけないで! 私は水木グループの……!」
「ここは水木銀行です。グループの名前ではなく、一人の行員としてのあなたの『職務規程違反』および『信用失墜行為』についての査問です」
人事部長の静かだが一切の妥協を許さない声が、桃の言葉を遮った。
その瞬間、桃の美しい目が大きく見開かれた。信じられないものを見るような、あるいは自分の足元が音を立てて崩れ去る音を聞いたかのような、深い恐怖と混乱の色がその瞳に宿った。
これまで彼女は、自分の名前さえ出せば、どんな我が儘も、どんな不正もすべて許されると信じ切っていた。自分以外の人間はすべて自分の掌の上で踊る人形なのだと。
しかし、牙を剥いた組織の前では、個人の権力など何の盾にもならない。会社という冷徹なシステムは、害をなす異物を排除するために、容赦なくその巨大な歯車を動かし始めていた。
扉の隙間から、その光景を静かに見つめながら、私は思った。
彼女が自分で蒔いた種が、いま、ようやく大きな芽吹こうとしている。怯える必要などなかったのだ。正しく生きようとする人間を、組織はいつまでも理不尽のまま放置したりはしない。
――崩壊の足音は、もう誰にも止められないところまで来ていた。
第8話をお読みいただき、ありがとうございます!
桃の身勝手な振る舞いに耐えかねた銀行の上層部とコンプライアンス部門が、ついに本格的な業務監査と事情聴取に乗り出す展開を描きました。
次回、第9話「崩壊の足音」では、追い詰められていく桃がさらに焦りを募らせ、自らの手で自分の立場を決定的に悪化させる失態を犯していく様子を描いていきます。
次回もお楽しみに!ブックマークや評価、感想などもぜひよろしくお願いいたします!




