第7話:守るべきもの、壊れるもの
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組織の歯車が狂い始める中、どんな嫌がらせにも屈せず、佐藤と共に前を向く南の精神的な成長と、二人の絆がより深まっていく様子を描いた回です。
穏やかな時間と、確かな強さを手に入れた南の変化をお楽しみください!
水木桃の独裁的な振る舞いが銀行の主要取引先との間に深刻な亀裂を生んでから、社内の空気はピリピリとした緊張感に包まれていた。
上層部もいよいよ事態を重く見始めたのか、経営企画部の動向に対して水面下で調査や確認を入れる動きが出始めていた。これまでのように「水木家の令嬢だから」という免罪符が、少しずつ効かなくなってきているのは明白だった。
そんな変化の波の中、私の日常にも確かな変化が訪れていた。
かつては会社に足を踏み入れるだけで胃が痛くなり、桃の足音に怯えていたのが嘘のように、今の私には落ち着いた心があった。
「江崎さん、今日の融資データのチェック、綺麗にまとまっているね。助かるよ」
「ありがとうございます、佐藤さん。先輩にご指導いただいた通りに見直したおかげです」
昼下がりのオフィス。自分のデスクで書類を整えながら、私は自然と笑みを浮かべていた。
佐藤さんと交わす何気ない言葉や、並んで仕事をするこの時間が、今の私にとって何よりもかけがえのないものになっていた。もちろん、フロアのどこかに桃の冷たい視線を感じることはある。けれど、以前のように心がすり減ることはもうなかった。
「佐藤という光」を知ったからだ。
彼がどれほど理不尽な圧力に晒されても、私を信じ、正義を曲げずに守り続けてくれる。その事実が、私のなかにあった「恐怖」という名の澱をきれいに洗い流してくれていた。守られるだけの弱い存在から、大切な人と共に正しくありたいと願う強さへ――私は確実に変われていた。
その変化を、誰よりも敏感に察知していたのは、他ならぬ桃だった。
ある日の夕方、資料室の前を通りかかった時、不意に腕を掴まれた。
振り返ると、そこにはいつもの優雅な笑みを消し去った、酷く焦りと怒りの入り交じった表情の桃が立っていた。
「ねえ……どうしてなのよ」
「……水木さん」
「どうして、あなたみたいな虫けらが、そんなに平然とした顔していられるわけ? 私に睨まれて、毎日泣きながら怯えていればいいのに……どうして、あの男の隣でそんな誇らしげな顔をしているのよ!」
桃の声はかすかに震えていた。
彼女にとって、他人はすべて自分の思い通りに動く人形であり、脅せば怯え、理不尽を押し付ければ壊れるだけの「玩具」でしかなかったはずだ。それなのに、私が自分の支配から完全に抜け出し、むしろ精神的に満たされているように見えることが、彼女のプライドを心の底から逆撫でしていた。
私は掴まれた腕を、ゆっくりと、しかしハッキリとした意志を持って振り払った。
そして、かつてのように怯えるのではなく、真っ直ぐに彼女の瞳を見据えて言った。
「私はもう、あなたの玩具じゃありません。……そして、あなたが見下しているものは、この会社や、そこで誠実に働いている人たちの誇りです。それを踏みにじり続けた報いは、いつか必ずあなた自身に返ってくるはずです」
「なっ……! この、端役の分際で……!」
桃が顔を真っ赤にして手を振り上げようとした、その瞬間。
「そこまでだ、水木さん」
静かで、しかし凍りつくように冷たい声が廊下に響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは佐藤さんだった。いつもの温和な雰囲気は微塵もなく、その瞳には容赦のない大人の怒りが宿っていた。
「部下に手を上げるような真似をすれば、それがどのような立場の人間であれ、僕は上司として、そして一個人として絶対に看過しません。これ以上彼女に近づくなら、それなりの対応を取らせてもらいます」
佐藤さんの圧倒的な気迫に気圧されたのか、桃は息を呑み、憎々しげに私たちを睨みつけたまま、その場から足早に立ち去っていった。
去り際の桃の背中は、かつての絶対的な「女王」のそれではなく、ただ自分の思い通りにならない現実に怯える、孤独な少女のようだった。
――守るべきものがある人間は、強い。
佐藤さんの後ろ姿を見つめながら、私は胸の奥でそう呟いた。
崩れ始めるのは、もうすぐだ。私たちは負けない。そう確信した夕暮れだった。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます!
恐怖を完全に克服し、自分の足で立ち上がった南と、彼女を守るため毅然と桃に立ち向かう佐藤の強い絆を描きました。
次回、第8話「牙を剥く組織」では、桃の身勝手な行動を見過ごせなくなった銀行上層部やコンプライアンス部門が、いよいよ本格的に動き出す展開をお届けします。
次回もお楽しみに!ブックマークや評価、感想などもぜひよろしくお願いいたします!




