第4話:歪む執着と、高まる憎悪
第4話をご覧いただきありがとうございます!
南を庇い、佐藤が水木桃の理不尽な誘惑を突っぱねるシーンから、桃の歪んだプライドがいよいよ狂気へと変貌していく展開です。
緊迫感の増していく人間模様をお楽しみください!
佐藤啓吾という「光」を知った翌日から、私の社内での居心地はわずかに、しかし確実に変わり始めていた。
相変わらず水木桃の嫌がらせや、周囲の冷ややかな視線が消えたわけではない。だが、デスクの端で孤独に震えていたあの頃とは違っていた。
「私には、見ていてくれる人がいる」という事実が、どれほど私の心を支えてくれたことか。佐藤さんはあれから直接的な大げさな庇い方はしなかったものの、私が不当な理由で残業を強いられそうになると、絶妙なタイミングで別の仕事を振ってフロアから逃がしてくれたり、さりげなく進捗を確認して守ってくれたりした。
だが、その変化は、水木桃の敏感なセンサーを逆撫でするには十分すぎたらしい。
「ねえ、佐藤さん」
ある日の昼下がり、経営企画部のフロアの一角で、桃が優雅に足を組みながら佐藤さんのデスクの前に歩み寄った。周囲の行員たちがピクリと動きを止め、息を殺してその動向を見守る。
「私の下で働かない? あなたほどの優秀な人材が、あんなパッとしない課長補佐のままでくすぶっているなんて、本当にもったいないわ。うちのグループの主要ポストを用意するし、今の給料の三倍だって出してあげる」
それは、この銀行の誰もが喉から手が出るほど欲しいであろう甘い誘惑だった。水木グループの次期総帥からの直接の引き抜き。それに乗れば、出世の階段を文字通り一気に駆け上がることができる。周囲の視線が「佐藤ならどうする?」という好奇と嫉妬の入り交じった色を帯びた。
しかし、佐藤さんは手元の資料から顔を上げることすらなかった。
「お誘いありがとうございます。ですが、あいにく僕は今の部署の仕事にやりがいを感じていますので。それに、人の足元をすくうような環境で働く趣味はありません」
静かで、淀みのない声だった。
フロアの空気が一瞬で凍りついた。誰もが、水木家のご令嬢に向かってそんな歯に衣着せぬ拒絶を突きつける者などいないと思っていたからだ。
「……ふん」
桃の美しい眉がピクリと跳ね上がった。微笑みをたたえていたはずの唇が、わずかに歪む。
「そう。せっかくの親切を無駄にするのね。後悔しても、知らないから」
それ以上何も言わず、桃は踵を返して自分の執務室へと戻っていった。だが、その背中から立ち上るような冷たい怒りは、遠く離れた私の席にまではっきりと伝わってきた。
――それからだった。桃の矛先が、明確に「佐藤さん」へと向かい始めたのは。
今までも私に対する嫌がらせは苛烈だったが、それはあくまで個人のいじめの範疇に留まっていた。しかし、桃は自分になびかない佐藤を屈服させるため、業務上の嫌がらせを露骨にエスカレートさせていった。
佐藤さんが担当する重要な融資案件に難癖をつけ、理不尽な条件を追加して差し戻す。グループ企業の力を使って、佐藤さんの関わるプロジェクトに横槍を入れる。
自分のプライドが傷つけられたこと。そして何より、自分が欲しいと欲した男が、よりによって「自分の最も嫌う玩具(私)」を庇っているという事実。
その二つが混ざり合い、桃の中で膨れ上がった感情は、もはや単なる我儘ではなく、ドス黒い憎悪へと形を変えていった。
ある日の夕方、給湯室の廊下の角で、私は桃とすれ違った。
すれ違いざま、彼女は私にだけ聞こえるように、低い、冷え切った声で呟いた。
「あの男がいつまであなたをかばえるかしらね。せいぜい、仲良く泥を舐めることよ。……絶対に、後悔させてあげるから」
背筋を這い上がる恐怖。けれど、私はもう昔のようにただ怯えて縮こまったりはしなかった。
桃の目が血走った憎悪に染まっていくのを見ながら、私は心の中で強く決意する。彼女がどれほど牙を剥こうとも、私たちはもう一人ではない。この理不尽な世界で、静かな正義を持つ人と共に、私は絶対に負けないと。
第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
佐藤が桃の破格の引き抜きを冷たく一蹴したことで、桃の憎悪が佐藤にも向き始め、より緊迫感が増す展開となりました。
次回、第5話「佐藤の背中」では、エスカレートする圧力の中でも決して折れない佐藤の凛とした姿と、彼に支えられながら成長していく南の心情を描いていきます。
次回もお楽しみに!ブックマークや評価、感想などもぜひよろしくお願いいたします!




