第2話:社会という名の檻
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ついに水木銀行に入行した南を待ち受けていたのは、より巧妙で逃げ場のない「社会の檻」でした。
息の詰まるような日常と、狂気を含んだ桃の再会をお楽しみください!
水木銀行の本店ビルは、冷たいまでに磨き上げられた大理石と、幾重にも重なるセキュリティに守られていた。
外から見れば、それは最先端の金融インフラを支えるエリートたちの職場だ。だが、その中枢に足を踏み入れた私にとって、そこは華やかな職場などではなく、逃げ場のない「新しい檻」にほかならなかった。
銀行に勤めて二年。
最初は怯えに満ちていた日々も、同期の仲間たちと励まし合い、窓口業務や事務処理を必死に覚えるうちに、ようやくささやかなやりがいと平穏を見出し始めていた。高校時代のあの悪夢のような一ヶ月も、遠い過去のトラウマのようになりつつあった。
――あの人が、現れるまでは。
「本日付けで、経営企画部に配属となりました。水木桃です。みなさん、よろしくお願いしますね」
その声を聞いた瞬間、私の手からボールペンが滑り落ち、硬い床に乾いた音を立てて転がった。
どよめくフロア。ざわめきの中、ひときわ鮮やかなスーツを身にまとった少女が立っていた。十四歳だったあの頃よりも少しだけ背伸びた彼女は、しかし、その本質が微塵も変わっていないことを一目で私に教えてくれた。
世界の四割を牛耳る水木グループの総帥が娘。未来の絶対的な後継者。
そんな肩書を引っ提げて、彼女がなぜ末端の銀行に? 行員たちの間に困惑と媚びへつらいが渦巻く中、桃の視線は一直線に、広大なフロアの隅にいた私へと向けられた。
ふわりと、あの日の悪夢が蘇るような不敵な笑みが、彼女の唇に浮かんだ。
――見つかった。
背筋を這い上がる悪寒に、私は呼吸の仕方を忘れた。
その日から、銀行という社会の檻の中で、巧妙で執拗な「いじめ」が再開された。
高校時代のそれは、持ち物を隠されるといった比較的分かりやすい嫌がらせだった。だが、大人の社会、それも厳格なルールと上下関係に縛られた銀行内でのそれは、もっと陰湿で、もっと逃げ場のない形へと進化していた。
私が作成した膨大な融資関連の書類データを、理由も告げずに「不備がある」と全否定され、終業間際にゼロからの作り直しを命じられる。
「ねえ、江崎さん。あなたの仕事って、どうしていつもこうして誰かの手足を引っ張る形になっちゃうのかしら?」
フロア全体に聞こえるような声で、さも心配そうに無能の烙印を押す。同僚たちの目が、冷たく、あるいは保身のために私から逸らされていく。
システム上のトラブルを私一人の責任に仕立て上げられ、理不尽な始末書を書かされたこともあった。直接的な暴力を振るわれるわけではない。だが、私のプライドを、居場所を、そして人間関係を、音を立てずに削り取っていくような攻撃だった。
「どうしたの、そんな顔をして。ここは社会よ? 学生気分で泣き言なんて、誰も聞いてくれないわよ」
給湯室の隅で息を潜めていた私に、桃は冷ややかな嘲笑を投げつけた。
逃げようにも、就職氷河期をくぐり抜けてやっと手に入ったこの職を失うわけにはいかなかった。実家の工場に迷惑をかけるわけにはいかない。そう自分に言い聞かせ、私は再び、歯を食いしばるしかなかった。
けれど、高校時代と違うのは、ここが「逃げ場のない会社」だということだ。
上司たちは水木家の威光に怯え、誰も私をかばってくれない。桃の機嫌を損ねれば、銀行そのものがどうにかなってしまうのではないかという恐怖が、組織全体を支配していた。
誰もが桃の言いなりになり、誰もが私を見捨てていく。
息が詰まりそうだった。心がすり減り、毎日会社に通う足取りは鉛のように重かった。
――私はまた、あの少女の玩具として人生を消費されていくだけなのか。
絶望の澱が心を満たし始めていたその日、私はまだ知らなかった。
この冷え切った、理不尽の極みのようなフロアの片隅に、たった一人だけ、どれほどの権力や脅しを向けられても折れない「静かな目」をした男がいるということを。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
再び桃の支配下に置かれ、さらに巧妙になった嫌がらせに苦しむ南の絶望を描きました。
次回、第3話「静かなる正義」では、いよいよ本作のもう一人の主人公である上司・佐藤啓吾が登場します! 桃の横槍に怯える南の前に、彼がどうやって現れ、救いの手を差し伸べるのか……!
次回もお楽しみに!ブックマークや評価もぜひよろしくお願いします!




