第10話:終わりの始まり
第10話をご覧いただきありがとうございます!
組織の監査と度重なる問題行動の果てに、水木銀行から下される最後通牒。そして、水木桃が自らの意思で「退職」の道を選ばざるを得なくなる決定的な瞬間を描いた回です。
ざまぁのクライマックスへと向かう展開をお楽しみください!
フロアでの醜態を晒した翌日、経営企画部の空気はまるで別人のように静まり返っていた。
水木桃の姿はその日、朝からどこにも見当たらなかった。昨日までのヒステリックな怒号や、周囲を威圧するような冷たい気配は嘘のように消え失せ、残されたのは、ただ気まずさと静けさが入り交じった澱んだ空気だけだった。
噂は瞬く間に銀行中へと広がった。
コンプライアンス部門による一連の調査結果と、主要取引先への不当介入、そして行内での度重なる職務規程違反の報告書は、すでに頭取を含む役員会のテーブルにすべて提出されていたという。
――いかに世界の経済の四割を牛る水木グループの令嬢であれ、銀行という極めて公共性の高い組織の信用をここまで失墜させた責任は重い。これ以上の在籍は、グループ全体の不祥事として社会的なスキャンダルに発展しかねない。
上層部が下した判断は、容赦のないものだった。
懲戒解雇という最悪の形で実家に泥を塗るか、それとも自ら「一身上の都合」として身を引き、静かに去るか。実質的な二者択一の最後通牒が、水木桃の突きつけられたのだった。
午後になり、人事部からの公式なアナウンスが全行員に向けて静かに流された。
――経営企画部・水木桃が、本日付をもって一身上の都合により退職することとなりました。
その報せを聞いたとき、フロアの行員たちは誰一人として大きな声を上げたりはしなかった。ただ、それぞれのデスクで、どこか腑に落ちたような、そして重荷を下ろしたような静かな安堵の息を漏らすだけだった。
私は自分のデスクで、モニターの画面を見つめながら、静かに息を吐き出した。
終わったのだ。
高校時代の卒業間際から始まった、あの理不尽で、息が詰まるような恐怖の日々。そして就職したこの銀行で再び繰り返された、陰湿な悪夢。
そのすべての元凶が、自分の蒔いた種のせいで、自ら選んだ「退職」という形でこの場所から弾き出されていった。
お昼過ぎ、荷物をまとめて私物をダンボール箱に放り込んだ桃が、誰もいない通路を一人で歩いていく姿を遠くに見かけた。
かつては高級なスーツに身を包み、高いヒールを鳴らして周囲を従えていた彼女は、その日、どことなく小さく、背中を丸めていた。周囲の行員たちは誰も彼女に目を向けない。媚びへつらい、ペコペコと頭を下げていた人間たちは、もう誰も彼女の側にいなかった。
エレベーターの扉が閉まる直前、桃はふと、フロアの隅にいた私と目が合った。
その瞳に宿っていたのは、かつての傲慢な光ではない。ただ、すべてを失った者の底知れない絶望と、信じられないものを見るような怯えの色だった。
私は、逃げなかった。目をそらすこともしなかった。
ただ静かに、まっすぐに彼女の姿を見つめ返した。
それが、私が彼女に対して送る、最初で最後の「答え」だった。
チリディン、と乾いた音がして、エレベーターの扉が完全に閉まった。
水木桃という暴君は、こうして自らのプライドと横暴の代償を払って、この銀行から永遠に姿を消したのだった。
第10話をお読みいただき、ありがとうございます!
組織の断固たる処分と最後通牒の末に、水木桃が自ら退職の道を選んで銀行を去る瞬間を描きました。
次回、第11話「放逐の報せ」では、銀行をクビ同然で去った桃が、実家である本家からも完全に見放されていく孤独な結末へと話が進んでいきます。
次回もお楽しみに!ブックマークや評価、感想などもぜひよろしくお願いいたします!




