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村人ですが、勇者が開始五分で死んだので世界を救うことになりました  作者: 藤崎聖子


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第7話 魔王軍のほうが福利厚生がいい

 魔王城の門には、定時退勤の鐘があった。


 ニールたちが着いた瞬間、鳴った。


 門番が槍を置いた。


「お疲れさまでした」


「待て」


 セレナが止める。


「客だ」


「勤務時間は終わりました」


「魔王の命令だぞ」


「緊急対応手当は出ますか」


「出す」


「承知しました」


 門番は槍を拾った。


 グレンが感心した顔で見ている。


「王国騎士団なら無償だ」


「魔王軍では命令にも予算が要る」


 セレナは胸を張った。


「転職は?」


「考えていない」


「少し間がありました」


「ない」


 魔王城は、想像より明るかった。


 石壁には照明石が並ぶ。廊下は掃除され、案内板もある。


『玉座の間』


『食堂』


『医務室』


『職員相談窓口』


『組合事務所』


「組合がある」


 ミナが言った。


「二つある」


 セレナが答えた。


「穏健派と強硬派だ」


「何が違うんです」


「強硬派は昼食休憩を一時間半にしろと言っている」


「かなり強硬ですね」


 食堂へ入る。


 魔族の兵士が列を作っていた。


 今日の献立は豆の煮込み、黒パン、山羊乳。壁には栄養表まである。


 レオンが盆を取った。


「敵の食事など食えるか!」


「取ってますよ」


「視察だ!」


「豆を大盛りにしましたよね」


「敵情視察だ!」


 六人は長い卓へ座った。


 村長が豆の煮込みを食べる。


「うまい」


「村より?」


「言わせるな」


 ミナが傷ついた。


「うちのパンは?」


「武器としては一流だ」


「食べ物として聞いてるの」


「聞くな」


 セレナは食べながら報告書を読んだ。


「第三軍団の負傷者は二百十八名。うち百九十名がパンによる打撲」


「パンよ」


 ミナが訂正した。


「兵器登録を検討する」


「パンよ!」


 食後、城内を案内された。


 宿舎は四人部屋。


 寝台には清潔な毛布。


 共同浴場。


 医務室には治癒術師が常駐。


 食事は一日三回。


 月八日の休暇。


 殉職時には家族へ補償金。


 中庭には、小さな慰霊碑が並んでいた。


 名前。


 所属。


 亡くなった日。


 死因。


『人間軍の矢』


『竜の事故』


『訓練中の転落』


『食堂の豆を喉へ詰まらせた』


「最後は戦死ではない」


 レオンが言った。


「それでも家族はいる」


 セレナは碑へ花を置いた。


「補償制度を作った理由ですか」


 ニールが聞く。


「私が魔王になったころ、兵士は死んでも数字だった」


「魔王軍らしいですね」


「弱かった」


「何が」


「帰る場所のない兵は、逃げる場所もない。死ぬまで戦う。強く見えるが、次の戦いには誰も残らん」


 セレナは一つの碑を撫でた。


『参謀長ルシア』


 死因は病だった。


「私の乳母だ。休めと言っても休まなかった」


「命令すればよかったのでは」


「した。『魔王様も休んだら休む』と言われた」


「休まなかった?」


「魔王だったからな」


「答えになってません」


「当時は答えだと思っていた」


 ルシアが死んだあと、セレナは休暇制度を作った。


 病欠。


 治療費。


 遺族補償。


 魔王軍の兵士が人間より幸福そうに見える理由は、魔王が一度、大切な者を働かせすぎて失ったからだった。


「自分は休むんですか」


「月に二日」


「兵士より少ない」


「魔王だから」


「制度が守れてません」


「私には上司がいない」


「選挙制にすれば?」


「魔王をか」


「休ませる人が必要です」


 セレナは鼻で笑った。


 三年後、本当に選挙をすることになる。


 このときは誰も知らなかった。


「王国騎士団は?」


 ニールが聞いた。


 グレンは遠くを見た。


「名誉が出る」


「お金は?」


「名誉だ」


「休みは?」


「名誉だ」


「食事は?」


「そこは干し肉だ」


 魔族の採用担当が書類を差し出した。


「騎士団長経験者は管理職採用になります」


「受け取らん」


 グレンは書類を半分だけ受け取った。


「持ってます」


「紙質を見ている」


「応募欄があります」


「見るだけだ」


 レオンが採用担当の机を叩いた。


「魔族の甘言に惑わされるな!」


「勇者様もどうですか」


「私が?」


「死亡歴があっても応募可能です」


「死んでない!」


「復職支援制度もあります」


「死んでない!」


 ニールたちは城の地下へ案内された。


 世界修正権限を調べる施設だ。


 巨大な水晶柱が並んでいる。


 魔法使いたちが忙しく働いていた。


 ただし全員、定時を過ぎたため残業申請書を書いている。


「先に調査しないんですか」


「無断残業は処罰対象だ」


 セレナが言った。


「世界が滅びます」


「規則を破って救った世界で、誰が規則を守る」


 ニールは少し驚いた。


 魔王の言葉とは思えなかった。


「でも緊急です」


「だから申請は一枚だ。平時は三枚」


「そこは減らすんですね」


「私は柔軟だ」


 水晶柱の中央へ立つ。


 魔法使いがニールの胸へ測定板を当てた。


 光が走る。


 数字が次々に出た。


『剣術 二』


『魔力 一』


『筋力 六』


『知力 八』


『幸運 三』


『農業 九十四』


 魔法使いたちが黙った。


「弱いな」


 セレナが言った。


「知ってます」


「農業だけ異常だ」


「普通です」


「九十四は普通ではない」


「村では上から三番目です」


「上に二人いるのか」


「母と祖母です」


 測定が続く。


 世界修正権限の項目だけ、文字が乱れた。


『所有者――世界』


『使用者――ニール・アルバート』


『起動回数――四』


 権限が起動したのは四回。時間を巻き戻したのは一回だけだ。残る三回は、ニールたちが変えた原因を権限が「修正」として記録していた。


『安定率――九十六パーセント』


『世界寿命――二十四日』


『主要崩壊原因――閲覧不能』


「魔王城でも見られないのか」


 ニールが聞いた。


「封印がある」


 セレナは水晶へ手を置いた。


 黒い魔力を流す。


『管理者権限を照合』


『魔王セレナ――拒否』


『勇者レオン――拒否』


『王国騎士団長グレン――拒否』


『村長――拒否』


「なぜわしまで調べた」


『ミナ――該当記録あり』


 全員がミナを見た。


「私?」


 水晶が赤く光った。


『管理者補助個体を確認』


『記憶領域に封印あり』


 ミナは一歩下がった。


「何も知らないわ」


「嘘をついている顔ではない」


 セレナが近づく。


「だが、お前の記憶には何かある」


「普通の村娘よ」


「投石だけ異常にうまい」


「それは関係ないでしょ」


 ミナの額に、小さな紋章が浮かんだ。


 古い文字だった。


 水晶が読み取る。


『世界管理補助端末――休眠中』


 ミナは気を失った。


 ニールが受け止める。


 その瞬間、地下施設の警報が鳴った。


『侵入者』


『勇者権限による封印解除を確認』


 レオンが聖剣を持っていた。


 剣先は、水晶柱へ刺さっている。


「何をしたんです」


「何もしていない!」


「刺してます」


「剣が勝手に!」


「また剣のせいですか」


 水晶柱に亀裂が走った。


 中から白い手が出た。


 続いて腕。


 顔。


 白い仮面をつけた人影が、水晶を割って現れた。


「世界修正権限を確認」


 人影はニールを見た。


「回収する」


 セレナが黒い雷を放つ。


 雷は届かなかった。


 空間ごと消えた。


 人影の背後に、無数の白い兵士が現れる。


 魔王城の警報が最大音量になる。


 食堂の鐘も鳴った。


『緊急招集』


『残業手当、二倍』


 城中から歓声が上がった。


 魔王軍は、ものすごい速さで集まった。


 ニールは思った。


 本当に福利厚生がいい。


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