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村人ですが、勇者が開始五分で死んだので世界を救うことになりました  作者: 藤崎聖子


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第6話 ドラゴンより牛のほうが怖い

 魔王の馬車には、座席が四つしかなかった。


 乗る者は六人いた。


 魔王セレナ。


 ニール。


 ミナ。


 勇者レオン。


 騎士団長グレン。


 なぜか村長。


「なぜ村長がいるんです」


「家がないからだ」


「魔王城へ行く理由になってません」


「村にいると、またわしの家だけ燃える」


「今は燃える家もありません」


「だから来た!」


 筋は通っていないが、追い返す時間もなかった。


 グレンは御者台へ座った。


 レオンは屋根へ乗せた。


「勇者の扱いではない!」


「あなたが一番丈夫です」


「そういう問題ではない!」


 黒竜六頭が翼を広げる。


 馬車が浮いた。


 地上が遠ざかる。


 レオンの悲鳴が頭上から降ってくる。


「高い! 高い! 降ろせ!」


 ニールは窓から屋根を見上げた。


「勇者は高いところが苦手なんですか」


「違う! 空が下にあるのが嫌いなのだ!」


「普通は下にあります」


「地面が下にあれ!」


 セレナがため息をついた。


「あれが世界を救う予定だった」


「予定は変わるものです」


 馬車は北へ飛んだ。


 山を二つ越える。


 街道なら五日。空なら半日だ。


 ニールは窓の外を見ていた。森の色。川の曲がり。畑の広さ。人の住む場所は、上からでもわかる。


「あそこ、水が足りてません」


 谷間の村を指した。


「なぜわかる」


 セレナが聞いた。


「畑の色が薄い。川から遠い場所だけ作物が育っていません」


「飛んでいても畑を見るのか」


「ほかに見るものがないので」


「山も城もあるだろう」


「食べられません」


 半透明の板が現れた。


『世界滅亡へ接続する失敗を確認』


『竜種グラノスによる穀倉地帯焼失』


『発生まで、十五分』


「止めてください」


 セレナが馬車を旋回させた。


「場所は?」


「南東。穀倉地帯です」


「今、通り過ぎたところだ」


 黒竜が急降下した。


 屋根からレオンの声が響く。


「先に言え!」


「今出ました!」


「世界は計画性がないのか!」


「滅びかけなので!」


 森の向こうから、赤い竜が現れた。


 黒竜の倍はある。


 翼を開けば、村一つが影へ入る。口の奥に炎が見えた。


「火竜グラノス」


 セレナが立ち上がる。


「私が落とす」


「畑の上ではやめてください」


「なぜだ」


「落ちたら作物が潰れます」


「世界滅亡の原因だぞ」


「だから畑の外へ」


 セレナは指先に黒い雷を集めた。


 火竜が吠える。


 黒竜たちが怯えた。


 馬車が揺れる。


 レオンが屋根から落ちた。


「勇者が!」


 グレンが手を伸ばす。


 レオンは馬車の飾りへ片手でぶら下がった。


「助けろ!」


「世界最強では?」


 ニールが聞いた。


「空では弱い!」


「認めるんですね」


「早くしろ!」


 グレンが引き上げた。


 火竜は穀倉地帯へ向かっている。


 畑では農夫たちが逃げていた。


 牛の群れもいる。


 三十頭。


 火竜の影に驚き、柵の中を走り回っていた。


「牛を外へ出します」


「何?」


「降ろしてください」


「竜と戦うのに牛を使うのか」


「戦いません。逃がします」


 馬車が畑へ降りた。


 ニールは飛び降り、牛舎へ走った。


 農夫が扉を押さえている。


「開けてください!」


「暴れる!」


「だからです!」


 ニールは閂を抜いた。


 扉が弾けた。


 牛が出た。


 一頭。


 二頭。


 三十頭。


 全部、ニールのほうへ走ってきた。


「違う!」


 逃げた。


 牛は追った。


「なぜ俺を!」


 農夫が叫ぶ。


「赤い布を持ってるからだ!」


 ニールは王都で受け取った許可証を包んでいた赤い布を捨てた。


 牛は布を踏んだ。


 止まらなかった。


「赤は関係ない!」


「先に言ってください!」


「牛は動くものを追う!」


「俺が動いてるからか!」


「止まれ!」


「無理です!」


 ニールは火竜の進行方向へ走った。


 意図したわけではない。


 ほかに逃げ道がなかった。


 火竜が口を開く。


 炎が膨らむ。


「伏せろ!」


 セレナが黒い障壁を張った。


 炎がぶつかる。


 畑が熱風で波打った。


 牛は止まらない。


 魔法障壁へ突っ込んだ。


 障壁が割れた。


 セレナの顔から血の気が引いた。


「私の結界が」


「牛は強いです!」


「強いで済ませるな!」


 火竜も驚いた。


 目の前へ三十頭の牛が迫ってくる。


 竜は翼を広げ、上昇しようとした。


 だが風圧で干し草が舞った。


 干し草が火竜の顔へ貼りつく。


 火竜はくしゃみをした。


 炎が真下へ出た。


 地面が焦げる。


 熱に驚いた牛が、さらに速く走った。


 一頭が火竜の脚へぶつかる。


 続いて二頭。


 三頭。


 火竜が転んだ。


 地響きが穀倉地帯を揺らす。


 落ちた場所は畑の外だった。


 家畜用の泥池だ。


 火竜の炎が消えた。


「今です!」


 ニールが叫ぶ。


 セレナが黒い鎖を放った。


 グレンが大剣を地面へ刺し、鎖を固定する。


 レオンも聖剣を掲げた。


「天光斬――」


「斬るな!」


 全員が止めた。


「なぜだ!」


「生け捕りです!」


「竜だぞ!」


「牛を襲ってません」


「牛に襲われた側だ!」


 火竜は泥の中で震えていた。


 牛が近づくたびに顔を背ける。


 折れた槍には、人間の国の紋章があった。


 穂先へ刻まれた七本の線。


 海洋国の竜狩り隊だ。


「なぜ魔王軍の飼竜を、人間が追った」


 グレンが槍を調べる。


「竜が国境を越えたからだろう」


 セレナは冷たく答えた。


「飼っているなら管理しろ」


「二百頭いる」


「言い訳になるか」


「ならん」


 セレナは火竜のそばへしゃがんだ。


 巨大な頭へ手を触れる。


「すまなかった」


 声は小さかった。


 火竜は赤い目を開けた。


 魔王の手を避ける。


 代わりに牛の腹へ鼻先を寄せた。


「嫌われてる」


 ミナが言った。


「見ればわかる」


「寂しい?」


「魔王は寂しくない」


「役職の話じゃなくて」


 セレナは答えなかった。


 ニールは槍を布で包んだ。


「海洋国へ返します」


「証拠として?」


 グレンが聞く。


「修理費の請求です」


「竜の?」


「治療費です」


「魔王軍へ?」


「農夫へ」


 火竜が落ちた泥池は、家畜用だった。柵が壊れ、水が濁り、牛一頭が脚を痛めている。


 世界を救う事件でも、損をする者はいる。


 英雄の話では省かれる損だ。


 ニールは省きたくなかった。


「金貨五枚です」


 セレナが農夫へ渡した。


「多い」


「口止め料だ」


「何を?」


「魔王の飼竜が牛に負けたことを」


 農夫は金貨を受け取った。


「村中が見ました」


「返せ」


「治療費です」


「今、意味を変えたな」


「世界を救うには柔軟さが必要です」


「誰に教わった」


「今」


 世界最強級の魔獣が、家畜に怯えている。


『穀倉地帯焼失――修正完了』


 板に文字が出た。


 農夫たちは歓声を上げた。


 セレナは牛を見た。


「魔王軍へ欲しい」


「売りません」


 農夫が即答した。


「金貨百枚」


「どの牛を?」


「全部」


「安い」


「二百」


「乳牛もいます」


「三百」


「交渉はあとにしてください」


 ニールは火竜へ近づいた。


 目の横に古い傷がある。翼の付け根には、折れた槍が刺さっていた。


「暴れていたんじゃない」


 ミナがしゃがむ。


「痛くて飛び回ってたのね」


 ニールは槍の向きを確かめた。


「抜けば血が出る。先に布と薬草を」


 レオンが呆れた。


「敵を治すのか」


「畑を焼いたら敵です。焼いてません」


「焼こうとした!」


「原因は槍です」


「竜は魔物だぞ」


「牛も、街の人には魔物みたいなものです」


「牛と竜を一緒にするな!」


 火竜がレオンを見た。


 その後、牛を見る。


 牛の後ろへ隠れた。


「私より牛を選んだぞ!」


「当然です」


「なぜだ!」


「鍋をかぶってるから」


 ミナが答えた。


 ニールが槍を抜く。セレナが小さな炎で出血を止め、ミナが薬草と布を当てた。


 火竜はしばらく動かなかった。


 やがて立ち上がる。


 ニールへ鼻先を寄せた。


 熱い息がかかる。


「食べられるんじゃない?」


 ミナが言った。


「動かないほうがいいか」


「牛の後ろへ」


「もっと怖がらせるだろ」


 火竜はニールの匂いを嗅いだ。


 空へ飛んだ。


 一度だけ旋回し、北へ消える。


 セレナがその方角を見た。


「魔王城へ向かった」


「帰る場所が同じなんですか」


「私の飼竜だ」


 全員がセレナを見た。


「槍は?」


「二週間前から帰ってこなかった」


「探さなかったんですか」


「魔王軍には竜が二百頭いる」


「名前はつけたんですよね」


「グラノス二十七号」


「番号です」


「管理しやすい」


「全然できてません」


 セレナは反論しなかった。


 帰りの馬車へ乗る。


 黒竜たちは牛の匂いを嗅ぎ、離陸を拒んだ。


 世界最強の魔王が手綱を引く。


 動かない。


 ニールが干し草を見せる。


 黒竜たちは飛んだ。


「私の命令より草か」


「食べ物は強いです」


 馬車は夕焼けへ上がった。


 地上では、牛が何事もなかったように草を食べている。


 レオンは屋根の上から叫んだ。


「私は牛より強いぞ!」


 誰も聞いていなかった。


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