第4話 王都へ行ったら国王が金をくれない
王国騎士団は、村を包囲したまま昼食を始めた。
包囲された村も昼食を始めた。
双方の間には畑がある。
騎士は干し肉。
村人は焼き芋。
匂いだけなら村の勝ちだった。
「投降せよ!」
騎士隊長が干し肉を噛みながら叫んだ。
「食べ終わってからでいいですか!」
ニールも叫び返した。
「礼儀としては正しい!」
「では十五分後に!」
「承知した!」
戦争にも昼休みはあるらしい。
十五分後、ニールは村の入口へ出た。
両手を上げる。
腰には何もない。聖剣はミナに預けた。
「ニール・アルバートだな」
「はい」
「勇者殺害、魔王との共謀、禁制権能の所持、無許可救済の疑いで拘束する」
「無許可救済だけ納得できません」
「ほかは?」
「あとで話します」
「潔いな」
「時間がないので」
騎士隊長が手錠を出した。
「王都まで三日だ」
「馬車で?」
「徒歩で」
「処刑予定は五日後です」
「間に合う」
「帰りは?」
「ない」
「予定が立てやすいですね」
「お前、怖くないのか」
「怖いです。だから急ぎます」
ミナが荷物を背負って出てきた。
「私も行く」
「容疑者ではない」
「証人よ」
「何を見た」
「勇者が鍋で死にかけて、石で死んだところ」
騎士隊長は目を閉じた。
「報告書には、勇者は魔王の呪撃で散ったとある」
「投石機です」
「王都で言うな」
「なぜです」
「国民が不安になる」
「嘘なら安心するんですか」
「役所はそう考える」
ニールとミナは騎士団に連れられ、王都へ向かった。
街道は混んでいた。
空に浮かぶ『28』を見て、地方から避難する人々が押し寄せている。荷車。家畜。泣く子ども。家財を背負った老人。
反対方向には軍用馬車が列を作っていた。
避難民の中に、泣き続ける赤子がいた。
母親は荷車を引き、背へ子を負っている。荷台には寝たきりの老人。夫の姿はない。
「少し休んでください」
ニールが荷車へ手をかけた。
「急がないと門が閉まる」
「この速さでは車軸が折れます」
「止まれない」
「俺が引きます」
「手錠で?」
ニールは自分の両手を見た。
「片側なら持てます」
騎士隊長が手錠を外した。
「逃げるなよ」
「荷車を引いて?」
「お前なら交通整理で逃げそうだ」
「どういう信用ですか」
ミナが反対側を持つ。
二人で荷車を引いた。
老人が薄く目を開ける。
「王都に着くかね」
「着きます」
「世界は滅びるそうだ」
「それも何とかします」
「若いのに大変だ」
「本当です」
「そこは謙遜しなさいよ」
ミナが言った。
老人は笑った。
赤子も泣き止んだ。
街道脇で、一夜を過ごした。
騎士団は焚き火を囲む。
避難民へ毛布を貸したため、自分たちの分はない。
騎士隊長が震えていた。
「容疑者の護送は、もっと威厳があると思っていた」
「手錠を戻します?」
「寒いからいい」
「関係あります?」
「金属は冷たい」
ニールは焚き火へ枝を足した。
「なぜ騎士になったんです」
「村に食い扶持がなかった」
「どこの村です」
「北のラサ村。山ばかりだ」
「蕎麦は育ちます」
「何だそれは」
「乾いた土地でも育つ穀物です」
「王都へ着いたら詳しく聞かせろ」
「処刑されなければ」
「縁起でもない」
「予定されています」
「そうだった」
騎士隊長は焚き火を見た。
「お前が勇者を殺したとは思えん」
「会って半日ですよ」
「半日ずっと、他人の荷車を引いていた」
「道が空かなかったので」
「そういうところだ」
翌朝、避難民の母親がパンを一つ差し出した。
「これしかないけど」
「子どもへ」
「昨日、助けてもらったから」
「では半分」
ニールは割った。
小さいほうを受け取る。
母親は大きいほうをさらに割り、ミナへ渡した。
三人で食べた。
世界を救う旅の最初の報酬は、冷えたパン三分の一だった。
金貨三百枚より、ニールは長く覚えていた。
進まない。
「道幅が足りません」
ニールが言った。
「見ればわかる」
「荷車を片側へ寄せて、交互に通せばいい」
「誰が従う」
「騎士団が言えば」
「我々は容疑者の護送中だ」
「世界は滅亡中です」
「予定を状態のように言うな」
ニールは手錠のまま街道へ立った。
「王都へ向かう人は右! 地方へ向かう車は左! 牛は端へ!」
「なぜお前が仕切る!」
商人が怒鳴った。
「早く進みたいからです!」
「なら俺の荷車を先にしろ!」
「積み荷は?」
「高級絨毯だ!」
「最後です!」
「なぜだ!」
「食べられない!」
食料、水、薬を積んだ車を優先する。
空荷の車は街道脇へ出す。
牛車は速度が同じものをまとめる。
半刻で道が流れ始めた。
騎士隊長は腕を組んだ。
「お前、街道管理の経験があるのか」
「収穫期の村道と同じです」
「規模が違う」
「荷車は荷車です」
王都まで三日の予定が、二日で着いた。
城門には列ができていた。
避難民の身元確認に、一人ずつ名前、出身、職業、持ち物、親族を書かせている。
「入るまで一日ですね」
「容疑者は別だ」
騎士隊長は列を無視して裏門へ向かった。
「犯罪者は早いんですね」
「優先入場だ」
「少し嬉しくなってきました」
「喜ぶな」
王城の地下牢へ入れられると思った。
違った。
謁見の間へ直行だった。
国王は玉座にいた。
重臣が左右へ並ぶ。
床には赤い絨毯。
天井には巨大な水晶灯。
ニールは絨毯を見た。
「高そうだな」
「今それ?」
ミナが小声で言った。
「売れば村長の家が三十軒建つ」
「一軒でいいのよ」
「三回壊れた」
「数え方がおかしい」
国王が杖で床を叩いた。
「静粛に!」
二人はひざまずいた。
「面を上げよ、ニール・アルバート」
ニールは顔を上げた。
「勇者レオンを殺したか」
「いいえ」
「魔王と通じたか」
「焼き芋を半分あげました」
重臣がざわめいた。
「なぜ半分だ」
国王が聞いた。
「人数が多かったので」
「一個あげればよいではないか」
「食料が二日分しかありませんでした」
「魔王だぞ」
「だから半分にしました」
国王はしばらく考えた。
「わからん」
「俺も、途中から何の裁判かわかりません」
財務大臣が進み出た。
「陛下。問題は世界修正権限です。この者は王国の許可なく超法規的権能を使用しました」
「村が襲われていました」
「緊急時には申請後の使用が認められる」
「申請書はどこです」
「王城東棟三階、救済事業窓口だ」
「村から二日かかります」
「今回は交通整理により短縮された。通常は三日だ」
「村がなくなります」
「申請が通れば復興補助金が出る」
「先に滅びても?」
「滅びた村は申請資格を失う」
「制度が村を殺しに来てませんか」
財務大臣は咳をした。
「制度には限界がある」
「世界にもあります。あと二十六日です」
謁見の間の全員が空を見た。
天井があるので数字は見えない。
少し気まずくなった。
「世界を救うには金が要ります」
ニールは言った。
「旅費。食料。馬車。情報。壊れた村の復旧費。最低でも金貨三千枚」
「高い!」
国王が即答した。
「世界ですよ」
「三千は高い!」
「勇者にはいくら出したんです」
財務大臣が書類を見る。
「聖剣を除き、装備費八千、遠征費五千、壮行式典費一万二千」
「式典が一番高い」
「国民の士気に必要だった」
「五分で死にました」
「時間で割るな!」
国王が玉座から立ち上がった。
「国庫に余裕はない。魔王軍との戦争。避難民。勇者の葬儀。すべて金が要る」
「勇者の遺体は消えました」
「だから棺を金で作った」
「中身がないのに?」
「空だからこそ重みが必要だ!」
「金で重くしたんですか」
「象徴だ!」
ニールは頭を抱えた。
半透明の板が現れる。
『世界滅亡へ接続する失敗を確認』
『王国財政の破綻』
『八日後、軍への給金停止』
『十日後、王都暴動』
『十二日後、王国機能停止』
「世界より先に国が滅びます」
「不吉なことを言うな!」
「板に出ました」
空中へ文字が投影された。
財務大臣の顔が白くなる。
「陛下」
「何だ」
「事実です」
「なぜ黙っていた」
「昨日までは九日後でした」
「一日縮んでいるではないか!」
「毎日一日ずつ縮みます」
「当たり前の報告をするな!」
ニールは財務書類を見せてもらった。
書類だけでは足りない。
ニールは王都の市場へ出た。
護衛という名の監視に、騎士隊長がつく。
「逃げるなよ」
「市場で?」
「人混みだ」
「買い物します」
「金は?」
「ありません」
「それは買い物と言わん」
小麦屋の棚は空だった。
値札だけある。
昨日の三倍。
店主は奥で腕を組んでいた。
「小麦はどこです」
「ない」
「倉庫には?」
「ない」
ニールは床を見た。
小麦粉の白い跡が、奥の扉へ続いている。
「ありますね」
「売る分はない」
「値上がりを待ってる?」
「商売だ」
避難民の親子が店先で値札を見た。
買えずに去る。
「世界が滅びたら売れません」
「滅びなければ儲かる」
「何日待つ気です」
「あと十日」
「軍の給金停止より後です」
店主の顔が変わった。
「なぜ知っている」
「今、王城で見ました」
「軍が金をもらえなければ、倉庫を守る兵も減ります」
騎士隊長が付け加えた。
「盗まれるぞ」
「脅しか」
「予測です」
ニールが言う。
店主は小麦を出した。
値段は昨日の一・五倍。
「元には戻さないんですね」
「運賃が上がっている」
「そこは事実です」
次は井戸。
水を汲む列が三時間待ちだった。
一つ先の広場には、使われていない貴族用噴水がある。
水は流れ続けている。
「あれを止めて共同井戸へ」
「貴族区の景観だ」
役人が拒んだ。
「飲めますか」
「飲料水だ」
ニールは噴水へ桶を入れた。
「何をする!」
「水を汲みます」
避難民が続いた。
役人は止めようとした。
数百人を見て諦めた。
「申請が必要だ!」
「あとで出します!」
「期限は三日以内だ!」
「世界があれば!」
市場を一周すると、財政書類の数字に顔がついた。
小麦を隠す店主。
水を待つ親子。
景観を守る役人。
誰も国を滅ぼそうとはしていない。
自分の仕事を守っているだけだ。
その「だけ」が積み重なり、王都を止めていた。
ニールは王城へ戻り、数字ではなく見たものから話した。
国王は最後まで聞いた。
「市場を勝手に変えたな」
「噴水の使用目的だけです」
「貴族から苦情が来る」
「水を飲んだ人から感謝が来ます」
「感謝は税にならん」
「生きていれば払います」
国王はため息をつき、噴水の共同利用へ署名した。
その紙が、王都で最初の緊急水利法になった。
数字は複雑だった。
だが内容は単純だ。
入る金より出る金が多い。
「王都の食料価格が三倍になっています」
「避難民のせいだ」
「地方には食料がある。街道が詰まって運べないだけです」
「だから何だ」
「空の荷車を地方へ戻す。帰りに食料を積む。王国が運賃を保証する」
「金がないと言っただろう」
「現金でなく、税の減免証を渡す」
財務大臣が顔を上げた。
「来年度の税収が減る」
「来年度まで世界があれば払えます」
「なければ?」
「誰も困りません」
「乱暴だな」
「世界滅亡よりは」
空荷の馬車を動かす。
街道を方面別に分ける。
王都へ入る避難民に、城壁内だけでなく近郊の空き農地を割り当てる。
炊き出しの鍋を、貴族の屋敷から借りる。
財務大臣が顔をしかめた。
「貴族が嫌がる」
「鍋を貸すか、門前に避難民が集まるか選ばせます」
「脅しか」
「選択です」
国王は玉座へ座り直した。
「本当に村人か」
「はい」
「なぜそんなことを知っている」
「収穫と冬支度です」
「国家運営だぞ」
「人数が多いだけです」
計画はその日のうちに実行された。
街道の荷車が動き始める。
翌朝には地方の小麦が王都へ入った。
市場価格が下がる。
暴動予定日は消えた。
財務大臣は、ニールの前へ革袋を置いた。
「金貨三百枚だ」
「三千枚と言いました」
「十分の一で世界を救え」
「勇者の式典は一万二千枚です」
「お前の式典はしない」
「その分をください」
「嫌だ」
「なぜです」
「お前の顔を見ると、金を払いたくなくなる」
「国王が言っていいんですか」
「国王だから言える」
処刑は取り消された。
無許可救済の件は、条件付きで許可された。
条件は一つ。
世界を救うこと。
「失敗したら?」
「処刑だ」
「世界が滅びてます」
「執行は困難だな」
「制度を直してください」
「世界を救ったら検討する」
ニールは金貨三百枚と許可証を受け取った。
王都を出ようとしたとき、城門の外から地鳴りが響いた。
王国最強の騎士団が帰還した。
その先頭に、死んだはずの勇者レオンがいた。
ミナが預かっていた聖剣が震えた。ひとりでに鞘から抜け、レオンの手へ飛ぶ。持ち主が戻ったと判断したらしい。
「ニール・アルバート!」
レオンが戻ってきた聖剣をニールへ向ける。
「貴様を勇者の名において討つ!」
ニールはミナを見た。
「死んだよな」
「二回見たわ」
「俺の中ではかなり死んでました」
レオンは馬上で輝いていた。
額には、新しい鍋が刺さっていた。
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