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村人ですが、勇者が開始五分で死んだので世界を救うことになりました  作者: 藤崎聖子


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3/12

第3話 勇者より村人が指名手配される

 魔王セレナは、焼き芋を半分に割った。


「毒は?」


「入ってません」


「なぜだ」


「食べ物だからです」


「敵へ出す食べ物だぞ」


「食べるなら客です」


「私が村を滅ぼすと言ったら?」


「食べ終わってからにしてください」


 セレナは焼き芋を食べた。


 村人百二十一人。


 捕虜七百三人。


 逃げ遅れた第三軍団の兵士二百人。


 全員が魔王の口元を見ていた。


「うまい」


 緊張が少しだけほどけた。


「塩があればもっといいです」


 ニールが言った。


「それは聞いた」


 セレナは二口目を食べた。


「では、村人。名を聞こう」


「ニール・アルバートです」


「勇者を殺したのはお前か」


「投石機です」


 バルドが咳払いした。


「《冥界絶滅暗黒竜王砲》です」


「投石機です」


「陛下の前だぞ」


「魔王陛下」


 ニールはセレナを見た。


「投石機ですよね」


「投石機だ」


 バルドが裏切られた顔をした。


 セレナは指先を動かした。


 金色の聖剣が地面から浮く。


 剣先がニールの喉へ向いた。


「勇者が死に、お前は奇妙な光を受けた」


「見てたんですか」


「水晶中継でな」


「世界中に?」


「勇者の初陣だ。視聴率は高かった」


「鍋のところから?」


「鍋のところからだ」


 ニールは目を閉じた。


「もう村から出られない」


「二十八日後に世界が滅びる。安心しろ」


「安心できる要素がありません」


 聖剣がニールの周りを回る。


「この剣を持て」


「嫌です」


「なぜだ」


「重い。刃がこぼれている。何より、前の持ち主が開始五分で死んだ」


「縁起が悪いな」


「魔王もそう思います?」


「かなり」


 聖剣が地面へ落ちた。


 またニールの足に当たった。


「痛い!」


「剣がお前を選んでいる」


「落とした方向の問題です」


 セレナが笑った。


 初めて、魔王が十七歳ほどの少女に見えた。


「世界修正権限。それがお前の力か」


 ニールは答えなかった。


「黙っても無駄だ。空に文字が出ていた」


「あれ、俺にしか見えないんじゃ?」


「全員に見えていたぞ」


 村人たちがうなずいた。


「暴言を記録されたところも?」


 全員がうなずいた。


「世界を救っても村には戻れない」


 ニールは二度目の絶望を味わった。


 セレナは残った焼き芋を食べきった。


「その権限は人間が持つものではない」


「魔族が持つものですか」


「違う」


「神?」


「神にもない」


「では誰が」


「世界そのものだ」


 風が止まった。


「世界は生きている。傷つき、衰え、死ぬ。お前の権限は、世界が自分を治すためのものだ」


「詳しいんですね」


「私は魔王だ」


「答えになってません」


「魔王は設定に詳しい」


「そういうものですか」


「そういうものだ」


 セレナは黒竜の馬車を振り返った。


「乗れ」


「どこへ?」


「魔王城。権限を調べる」


「行きません」


 魔王軍全員が息を止めた。


「私の命令を断るのか」


「畑が水浸しです。村長の家も燃えました。捕虜もいます」


「世界が滅びるぞ」


「二十八日あります」


「畑を直すのか」


「先に」


「家も?」


「三回目なので、慣れました」


「わしは慣れてない!」


 セレナはニールを見つめた。


 大気の魔力が重くなる。


 村人が膝をつく。


 魔族も頭を下げる。


 ニールだけは立っていた。


 強いからではない。


 膝まで泥にはまり、曲げられなかった。


「ひざまずかぬか」


「抜けません」


「勇気ではないのか」


「泥です」


 セレナは額を押さえた。


「勇者より怖いな、お前は」


「どこがです」


「勇者は私を倒せば世界を救えると信じていた。お前は、私を倒してよいか考えている」


「倒せませんけど」


「だから怖い」


 魔王は馬車へ戻った。


「三日待つ」


「何をです」


「畑と家を直せ。その後、魔王城へ来い」


「交通費は?」


 セレナが止まった。


「世界を救うんだぞ」


「遠いですよね」


「飛竜を出す」


「食事は?」


「出す」


「日当は?」


「出す!」


「危険手当は?」


「お前は魔王城を何だと思っている!」


「危険な場所です」


「正しい!」


 交渉は成立した。


 魔王軍は撤収を始めた。


 捕虜も返すことになった。


 靴を一足ずつ返す。


 バルドは両足に靴を履き、深く息を吐いた。


 捕虜が去る前、村人は持ち物を返した。


 剣。


 槍。


 兜。


 財布。


 干し肉の包み。


 子どもが飾った草の輪。


 魔族の兵士は草の輪だけ捨てなかった。


「持って帰るんですか」


 ニールが聞く。


「戦利品だ」


「捕まった側ですよ」


「では捕虜品だ」


「言葉を作らないでください」


 角の兵士は兜の内側へ輪をしまった。


「娘が同じ年だ」


 それだけ言った。


 魔王軍にも家族がいる。


 給料日を待つ者がいる。


 休暇に帰る場所がある。


 ニールにとって、その事実は魔法より奇妙だった。


 昨日まで魔族とは、夜の森にいる怖いものだった。


 今日は、便所へ並び、固いパンへ文句を言い、子どもに角を触られる者たちだ。


 知ったからといって、襲撃が許されるわけではない。


 だが倒せば終わる相手でもなくなった。


「文明へ戻った気分だ」


「昨日まで村を焼こうとしてましたよね」


「仕事だった」


「今日は?」


「休みだ」


「魔王軍にも休みが?」


「月八日」


 近くの王国騎士が驚いた。


「王国騎士団は月二日だぞ」


 バルドが肩へ手を置いた。


「転職するか?」


「募集は?」


「常時」


「おい」


 騎士隊長が部下を引き戻した。


 魔王軍の隊列が北へ去る。


 ニールはようやく畑へ戻った。


 水に浸かった土を鍬で起こす。


 ミナも隣で泥をさらった。


「本当に魔王城へ行くの?」


「行く」


「怖くない?」


「怖い」


「顔に出ないわね」


「村長の家を三回直すほうが怖い」


「それは逃げられないものね」


 村の掲示板に紙が貼られた。


 王都から飛んできた伝書鳥が運んだものだ。


『王国緊急指名手配』


 大きな文字の下に、似顔絵が二枚ある。


 一枚は魔王セレナ。


 懸賞金、金貨一万枚。


 もう一枚はニール。


 懸賞金、金貨一万二千枚。


「俺のほうが高い」


「人気者ね」


「嬉しくない」


 罪状も書いてある。


『勇者殺害の疑い』


『魔王軍との共謀』


『禁制権能の所持』


『王国の許可なく世界を救済した疑い』


 ニールは最後の一行を読み返した。


「許可が必要なのか」


 村長がうなずいた。


「役所は何でも許可がいる」


「世界が滅びるまで二十八日ですよ」


「緊急申請なら審査は二週間だ」


「間に合う」


「不備がなければな」


「何が必要です」


「勇者の署名」


 全員が聖剣を見た。


 勇者はもういない。


 金色の剣だけが、地面で鈍く光っている。


 ニールは指名手配書を外した。


「王都へ行く」


「魔王城じゃなかったの?」


「先に許可を取る」


「王国に捕まるわよ」


「捕まったら役所へ近くなる」


「前向きなのか後ろ向きなのかわからない」


 半透明の板が現れた。


『新たな世界滅亡要因を確認』


『王国による緊急代理人の処刑』


『予定日――五日後』


 ニールは黙った。


 ミナが板をのぞき込む。


「王都へ行く?」


「行く」


「処刑されるわよ」


「行かなくても指名手配だ」


「どうするの?」


「処刑される原因を変える」


「原因は?」


「これから調べる」


 遠くで鐘が鳴った。


 王国騎士団が村を包囲し始めていた。


 騎士団より先に、賞金稼ぎが三人来た。


 指名手配書が貼られて一時間だった。


「仕事が速い」


 ニールは感心した。


「感心してる場合?」


 ミナが鍋の蓋を盾にした。


 一人目は弓使い。


 二人目は双剣使い。


 三人目は帳簿を持った男だった。


「最後の人は?」


「会計係だ」


 弓使いが答える。


「賞金から経費を引く」


「三人で?」


「矢代、宿代、食費、治療費」


「治療費を先に入れるんですか」


「危険な仕事だ」


「まだ怪我してません」


「見込み計上だ」


 会計係が帳簿を開いた。


「お前の懸賞金は金貨一万二千。税が二割。組合手数料が一割。情報提供料が――」


「手取りはいくらです」


「三人で七千二百」


「俺を捕まえたら世界が滅びます」


「それでも支払いは?」


 会計係が指名手配書の裏を見る。


「世界滅亡時の免責条項はない」


「報酬を受け取る王国もなくなります」


 三人は話し合った。


 弓使いが手を挙げる。


「質問だ。世界を救う確率は?」


「わかりません」


「低いな」


「でも俺を捕まえれば、五日後に処刑されます」


「世界滅亡は?」


「ほぼ確実です」


 会計係が計算する。


「期待値が合わん」


「賞金稼ぎが期待値で帰るの?」


 ミナが聞いた。


「命も資産だ」


 三人は武器を収めた。


「世界を救ったら、賞金の一割をくれ」


「なぜ俺が」


「捕まえなかった報酬だ」


「払えません」


「では、村で昼食を」


「それなら」


 賞金稼ぎは焼き芋を食べて帰った。


 後日、三人は世界救済軍の会計班へ入る。


 七百二十一班の経費を、一枚の銅貨まで記録した。


 世界を救っても、帳簿は合わなければならないらしい。


 仕事が速い。


 世界を救う許可は二週間かかるのに、村人を捕まえるのは半日だった。


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