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村人ですが、勇者が開始五分で死んだので世界を救うことになりました  作者: 藤崎聖子


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第22話 世界を救わないという選択

 魔力転送開始から六時間。


 ミナは、パンの作り方を忘れた。


「小麦粉に水を入れて……その次は?」


「塩と酵母」


 ニールが答える。


「酵母って何だっけ」


「パンを膨らませるものだ」


「どうして膨らむの?」


「俺に聞くな。作ってたのはミナだ」


「そうだった」


 ミナは笑った。


 笑い方はまだ同じだった。


 ニールは記憶帳を作った。


 ミナが覚えていることを書く。


 ルート村。


 パン屋。


 父と母。


 投石が得意。


 ニールは七歳で蜂蜜を一瓶食べた。


「それは消せ」


「大事な記憶よ」


「パンの作り方より?」


「今は」


 転送路は細い。


 青い魔力が空へ流れているが、セレナへ集まる量のほうが多い。


 飽和まで五時間。


 世界崩壊まで十八時間。


 魔王が先に壊れる。


「道を広げられませんか」


 ニールが番号一へ聞く。


『管理補助体の出力限界』


「《天秤》が手伝えば」


『我々に接続維持機能はない』


「作れませんか」


『時間不足』


「何をするにも時間不足ですね」


『世界の寿命は十分にあった』


「俺たちには短い」


『生命は常にそう主張する』


「正しいでしょう」


『判定不能』


 番号一は花輪を腕にかけたままだ。


 花はしおれていた。


 魔族の少女が新しい花を持ってくる。


「交換する?」


『不要』


「古いの、枯れてるよ」


『記録がある』


「新しいのにも作れるよ」


 番号一は古い花輪を外さない。


 少女はその上へ新しい花を差した。


『重量増加』


「きれい?」


『判定不能』


「じゃあ、また考えてね」


 少女は去った。


 番号一は腕の花を見た。


『検討項目が増加した』


「生きると、そうなります」


 ニールが言った。


『非効率』


「かなり」


 半透明の板が現れた。


『魔王セレナ魔力飽和』


『修正可能』


『原因候補――世界管理機構《天秤》による接続遮断』


『原因を変更しますか』


 最後の一回を使えば、《天秤》が接続を遮断しなかった時間へ戻れる。


 世界崩壊まで二十日に戻る。


 余裕が生まれる。


 ミナの記憶も戻る。


 セレナの飽和も止まる。


「使って」


 ミナが言った。


「でも次は戻せない」


「今のままでも五時間」


「使えば世界安定率が危険域へ入る」


「二十日あれば、別の方法を探せる」


「同じことをしても失敗します」


「違うことをする」


「何を?」


 ミナは答えられなかった。


 ニールにも答えはない。


 やり直せば時間は増える。


 だが今まで積み上げたものが消える。


 レオンが勇者をやめたこと。


 アデルが剣を納めたこと。


 人間と魔族が同じ軍へ入ったこと。


 番号一が花輪を作ったこと。


 新世界へ、最初の芽が出たこと。


 全部をもう一度、同じように起こせる保証はない。


 権限が直すのは結果だけではない。


 原因を変えれば、その原因から生まれた人の選択まで消える。


「使いません」


 ニールは表示を閉じた。


「ニール!」


 ミナが声を上げる。


「このままではセレナが死ぬ!」


「死なせません」


「方法がない!」


「探します」


「五時間しかない!」


「五時間あります」


「言い換えただけ!」


「そうです」


「村人のくせに!」


「村人です」


 ミナはニールの胸を叩いた。


「私の記憶が戻るのよ!」


「今のミナが消えます」


「同じ私よ!」


「違います」


「何が!」


「今、世界をつないでるミナは、この時間にしかいない」


 ミナの手が止まる。


「失ったものを戻すために、今あるものを消したくない」


「私が全部忘れても?」


「また教えます」


「パンの作り方も?」


「俺は知らない」


「役に立たない」


「一緒に習います」


「投石も?」


「それは忘れてもいい」


「最初に教える」


「なぜだ」


 ミナは泣きながら笑った。


 世界修正権限の表示が、もう一度現れる。


『修正しますか』


 ニールは『いいえ』を選んだ。


『最終確認』


『この選択により、現在世界が滅亡する可能性は八十九パーセントです』


「確認しました」


『選択を確定しますか』


「確定します」


『世界修正権限を保持しますか』


 使わない力を持ち続ければ、また誘惑される。


 失敗するたび、戻りたくなる。


 ニールは権限を見た。


 勇者の死から始まった。


 村を二度救った。


 人を助けた。


 世界も傷つけた。


「返します」


 板が静かになった。


『返還先を指定してください』


「世界へ」


『世界は返還を拒否しています』


「自分の力でしょう」


『世界は、終わりを望んでいます』


「では、捨てます」


『権限は破棄できません』


「畑へ埋めます」


『比喩ですか』


「実際に」


 ニールは板をつかんだ。


 触れないはずの光が、手の中で固くなる。


 薄い石板へ変わった。


 鍬で穴を掘る。


 ジャガイモ畑の中央。


 石板を置く。


 土をかぶせる。


「世界を直す力を、畑に埋めたのか」


 グレンが呆れる。


「土に返しました」


「芽が出たらどうする」


「育てます」


「食べるのか」


「様子を見ます」


 空から、巨大な表示が消えた。


 世界滅亡までの数字も消えた。


 誰にも残り時間が見えなくなる。


 ミナだけが声を聞いた。


「世界が怒ってる」


「何と?」


「勝手にしろ、って」


「そうします」


 世界を救わない。


 過去へ戻さない。


 今ある世界を、今いる者たちで次へつなぐ。


 ニールは全班へ新しい命令を送った。


 送る前に、仲間へ権限を捨てると話した。


 最初に反対したのはレオンだった。


「切り札を捨てる馬鹿がいるか!」


「使うと世界が壊れます」


「持っているだけならいい!」


「使いたくなります」


「我慢しろ!」


「レオンが剣を持って我慢できます?」


「できる!」


「白い兵士を二回斬りました」


「確認だ!」


「では俺も確認します」


「何をだ!」


「捨てて困るか」


「捨てたら確認できない!」


 グレンは賛成した。


「持たぬほうがいい」


「団長!」


「力は、使う理由を自分で作る」


「大剣を持っているでしょう」


「だから毎日、使わぬ訓練をしている」


「初耳だ!」


 セレナは反対も賛成もしなかった。


「お前が決めろ」


「無責任では?」


「権限を持つのはお前だ。私が捨てろと言えば、命令になる」


「魔王命令で捨てたくはないですね」


「だから黙る」


 アデルは最後まで反対した。


「王国が管理する」


「もっと嫌です」


「なぜだ!」


「無許可救済で処刑しようとしました」


「制度の問題だ」


「今、その制度へ渡せと?」


「改善する!」


「何日で?」


「審議に半年」


「世界が先に滅びます」


 料理長は賛成した。


「埋めろ」


「理由は?」


「畑へ埋めれば、何か食えるものになる」


「そこですか」


「食えない力は信用しない」


 村長も賛成。


「わしの土地以外へ埋めろ」


「もう家の予定地へ穴を掘りました」


「なぜ毎回わしの土地なんだ!」


「魔力水路の真上です」


「水路を曲げろ!」


「世界規模です!」


 番号一は判断を保留した。


『前例がない』


「だから捨てます」


『前例がない行為の結果は予測不能』


「予測できる結果は、世界滅亡です」


『合理性を一部確認』


 最後にミナが反対した。


 自分の記憶を戻せるから。


 ニールは全員の意見を聞いた。


 それでも決めるのは自分だった。


 相談とは、責任を分けることではない。


 一人では見えないものを借りたうえで、自分が引き受けることだった。


『修正権限は破棄した』


『失敗しても戻れない』


『だから失敗した場所を隠すな』


『助けを求めろ』


 すぐ返事が来た。


「第三十二班、洞窟崩落! 人手が足りない!」


「第百八班、種芋が腐った!」


「第二百班、魔獣が芋を食べて浮いている!」


「第六百班、場所を間違えた!」


 報告が一気に増えた。


 今までは、失敗すれば責任を問われると思い、隠していた。


 戻れないとわかった瞬間、全員が声を上げた。


「近い班が助けてください!」


 ニールは地図へ印をつける。


 人員を動かす。


 種芋を分ける。


 浮いた魔獣は、着地まで待つ。


 番号一が報告を聞いていた。


『失敗数が増加した』


「見えるようになっただけです」


『成功率は低下する』


「助け合えば上がります」


『前例がない』


「作ります」


 番号一は花輪へ触れた。


『《天秤》へ提案を送信する』


「何を?」


『接続維持機能の分担』


「できないのでは?」


『前例がないだけだ』


 ニールは少し笑った。


 白い兵士も学んでいる。


 世界を救わないと決めたとき、世界を生かす者が一人増えた。


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