第21話 ジャガイモが伝説になる
翌朝、魔力水路は芋で詰まった。
「詰まりを直したら、別のもので詰まりました!」
魔族の土木班が叫んだ。
「育ちすぎです!」
ニールも叫び返した。
「どうする!」
「掘って食べます!」
「世界救済は!」
「食べながら考えます!」
地下には、人の頭ほど大きな芋が連なっている。
魔力を吸い、青く光っていた。
一本の根に百個。
世界中で同じことが起きている。
七百二十一の閉塞地点が、今度はジャガイモ畑になった。
「成功か?」
アデルが聞く。
「半分です」
「残りは?」
「魔力を吸った芋から、魔力を外へ出す必要があります」
「食べれば?」
「十二万人が浮きます」
「三センチなら問題ない」
「着地するまで仕事になりません」
セレナは地下へ降りられなくなっていた。
体から黒い光が漏れている。
近づくだけで石が浮く。
角の亀裂は根元まで広がった。
「あと何時間です」
「半日」
「空の数字は一日です」
「私が先に壊れる」
魔王が壊れれば、三秒後に世界が滅びる。
ニールは板を開いた。
『魔王セレナ魔力飽和』
『発生まで、十一時間』
『修正しますか』
残り一回。
使えば十一時間をやり直せる。
だが世界安定率が危険域へ入る。
「使わない」
表示を閉じた。
「今回は早いな」
セレナが言う。
「もう決めました」
「私が死ぬぞ」
「死なせません」
「権限なしで?」
「はい」
「勇者らしいな」
「村人です」
《天秤》の番号一が、畑の端に立っていた。
魔族の少女からもらった花輪を、腕へかけている。
「道を開いてください」
ニールが言う。
『拒否』
「芋が世界の魔力を吸いました」
『確認した』
「次世界を汚染せずに送る方法を考えます」
『不可能』
「調べましたか」
『前例がない』
「またそれですか」
ニールは青い芋を一つ渡した。
「持ってください」
『不要』
「花輪も不要でした」
番号一は芋を持った。
青い光が白い腕へ移る。
仮面の奥で、何かが動いた。
『魔力情報を解析』
『世界崩壊成分、九十二パーセント』
「残り八パーセントは?」
『生命情報』
ジャガイモが吸ったのは魔力だけではない。
土。
水。
育てた者の手。
その土地で生きた生命の情報を含んでいる。
「次世界へ必要なのは、それでは?」
『次世界は無生命状態から開始する』
「命を運ぶ予定だったでしょう」
『〇・〇〇三パーセントを移送する』
「この芋なら、もっと運べる」
『植物個体のみ』
「畑があれば、人はあとから生きられます」
番号一は芋を見た。
『仮説を検証する』
白い手で芋を割る。
内部の魔力を抽出する。
小さな白い穴が開いた。
切断した道を戻したわけではない。検証のため、指一本ほどの仮接続を開いただけだ。
向こう側に、灰色の大地が見える。
新世界。
風も草もない。
番号一が芋の欠片を投げ入れた。
灰色の土へ落ちる。
一秒。
二秒。
芽が出た。
緑の葉が開く。
穴の向こうで、最初の風が吹いた。
『生命活動を確認』
番号一の声がわずかに変わった。
『次世界の安定率、上昇』
「人が渡れる道を開けますか」
『条件がある』
「何です」
『現世界の魔力を一度に送れば、次世界が崩壊する』
「少しずつなら」
『道を維持する者が必要』
「あなたが」
『我々は世界停止に最適化されている。接続維持は管理補助体の機能だ』
ミナが前へ出た。
「私がやる」
「危険は?」
ニールが聞く。
『現世界と次世界の両方へ接続する。個体記憶の消失確率、九十七パーセント』
「だめだ」
「ほかに方法はない」
「探す」
「十一時間よ」
「ある」
「ニール」
「記憶が消えたら、ミナじゃなくなる」
ミナは少し考えた。
「新しく覚えればいい」
「簡単に言うな」
「あなたが言ったのよ。失った記憶を埋めるんじゃなく、新しい記憶を作るって」
「俺は言ってない」
「世界の記憶で聞いた」
「誰の言葉だ」
「まだ生まれてない人」
「未来まで混ざってるのか」
「少しだけ」
ニールは否定したかった。
だが時間がない。
セレナの体から魔力があふれる。
空がさらに割れる。
世界中で大地が揺れている。
「道を開いて」
ミナが番号一へ言った。
白い兵士が両手を広げる。
空に巨大な穴が開いた。
灰色の新世界が見える。
世界中のジャガイモが青く光った。
魔力水路を通じて、一つにつながる。
ミナの紋章が開く。
光の橋が、二つの世界を結んだ。
「始めるわ」
青い魔力が空へ上がる。
新世界へ流れ込む。
灰色の大地に、緑の点が増えていく。
ジャガイモの芽だ。
一つ。
百。
一万。
地平線まで広がる。
人間も魔族も空を見た。
世界を救う聖剣ではない。
土の中で育った芋だった。
料理長が泣いている。
「なぜあなたが」
「品種名を考えている!」
「今ですか」
「《天地救済青輝聖芋》!」
ニールは首を振った。
「ジャガイモでいいです」
「伝説になるんだぞ!」
「食べ物です」
後世、その芋には百を超える名前がついた。
救世の聖芋。
青天の実。
二界を結ぶ根。
魔王の涙。
勇者芋。
村人たちは全部まとめて、ジャガイモと呼んだ。
魔力転送は進む。
セレナの角の亀裂が止まった。
『魔王セレナ魔力飽和』
『発生確率、九十八パーセントから四十一パーセントへ低下』
まだ高い。
道が細すぎる。
ミナの顔から血の気が引く。
「記憶が、落ちていく」
「止めろ!」
「止めたら世界が」
「ほかの方法を探す!」
「あと六時間!」
ニールはミナの手をつかんだ。
彼女の目に、知らない色が混じり始めている。
「俺が誰かわかるか」
「ニール」
「村は」
「ルート村」
「パン屋は」
「私の家」
「俺が七歳で食べたものは」
ミナは少し笑った。
「蜂蜜、一瓶」
「まだ覚えてる」
「それは最後まで残りそう」
「消していい」
「世界が忘れない」
光が強くなる。
空の数字は『1』。
残り一日。
ジャガイモは伝説になった。
だが世界は、まだ救われていなかった。
---




