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村人ですが、勇者が開始五分で死んだので世界を救うことになりました  作者: 藤崎聖子


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第20話 世界で最後の畑

 ルート村の地下には、水路が三層あった。


 一番上は、村人が使う水路。


 二番目は、古代の排水路。


 三番目は、世界の魔力水路。


「どれです」


 ニールが聞いた。


 大賢者オルドは穴をのぞいた。


「一番下だ」


「見えません」


「大賢者には見える」


「眠ってますよね」


 オルドは穴の縁で目を閉じていた。


「精神を集中している」


「いびきが聞こえます」


「呼吸法だ」


 ミナが石を一つ落とした。


 音が返るまで長い。


「深さ、四十メートル」


「わかるのか」


「世界の記憶にある」


「石を落とす必要は?」


「やってみたかった」


「少し安心した」


「なぜ?」


「ミナのままだから」


 ミナは笑った。


 穴を広げる。


 人間の大工が支柱を入れる。


 魔族の土魔法使いが壁を固める。


 レオンが岩を持ち上げる。


 牛が荷車を引く。


 火竜グラノスが掘り出した土を焼き固め、煉瓦にする。


「私の仕事だけ地味では?」


 レオンが巨岩を抱えたまま言った。


「一番目立ってます」


「技名をつけてもいいか」


「岩運びに?」


「《天崩岩塊運搬撃》」


「運搬で終わってください」


「撃は?」


「置くとき静かに」


 レオンは岩をそっと置いた。


「勇者をやめてから、扱いが悪い!」


「前からです」


 魔力水路へ到達したのは昼だった。


 地下深くに、青い光の川が流れている。


 水ではない。


 触れれば指が透けるほど濃い魔力だ。


 流れは細い。


 七百二十一地点のうち、まだ大半が詰まっている。


「各班の状況は?」


 ミナが目を閉じる。


 世界中の声を聞く。


「百八十地点が開通。二百二十地点で作業中。残りは到着していない」


「遅い」


 セレナの額に汗が浮かんでいた。


 集まり続ける魔力を、体内で抑えている。


 黒い角には亀裂が入っていた。


「休んでください」


「休めば漏れる」


「交代は?」


「魔王は一人だ」


「求人を出せば」


「職種が違う!」


「冗談です」


「今するな」


 空の数字は『2』。


 だが周囲では、時間より早く異変が進んでいた。


 畑の麦が黄色くなる。


 季節ではない。


 葉から水分が抜け、立ったまま枯れていく。


 木々の葉も落ちる。


 井戸の水位が下がる。


 世界が、自分を保つ力を失っている。


「作物を収穫しろ!」


 ニールは地上へ上がった。


 まだ食べられるものを先に取る。


 村人が鎌を持つ。


 魔族の兵士も加わる。


 青い麦まで刈る。


 実が小さくても粉にはなる。


 豆。


 蕪。


 南瓜。


 保存できるものを集める。


 夕方までに、世界中から同じ報告が届いた。


 作物が枯れている。


 王都の庭園。


 砂漠の灌漑畑。


 魔王領の茸畑。


 海洋国の海藻まで白くなった。


『世界全域の植物活動、停止まで六時間』


 板に表示が出る。


「六時間後に全部枯れる?」


 村長の声が震えた。


「全部ではありません」


 ニールは畑の端を見た。


 黒い土から、濃い緑の葉が出ている。


 ジャガイモだ。


 ほかの作物が枯れる中、そこだけ生きていた。


「なぜだ」


 グレンが葉へ触れる。


「地下作物だから?」


 ミナが首を振る。


「違う。魔力水路の真上に植わってる」


 ジャガイモの根が、地中の魔力を吸っていた。


 ニールは一株掘る。


 芋が十個。


 表面には淡い青い光が走っている。


 セレナが一つ持ち上げた。


「魔力を蓄えている」


「食べられますか」


「食べた者が爆発するかもしれん」


 全員がレオンを見た。


「なぜ私を見る!」


「丈夫なので」


「元勇者だぞ!」


「今も丈夫です」


「褒めても食べん!」


 料理長が芋を奪った。


「私が焼く」


「食べるのは?」


「レオンだ」


「結局私か!」


 火竜の炎で焼いた。


 皮が焦げる。


 割ると、青白い湯気が出た。


 料理長が匂いを嗅ぐ。


「芋だ」


「見ればわかります」


「塩を」


「今回はあります」


 レオンが一口食べた。


 全員が離れた。


「離れすぎだ!」


「どうです」


「うまい」


「体は?」


「何ともない」


 レオンの髪が光った。


 体が地面から三センチ浮いた。


「浮いてます」


「何?」


「少し」


「下ろせ!」


「自分で」


「方法がわからん!」


 五分後、元へ戻った。


 害はない。


 魔力が多いだけだ。


「この芋なら、世界の魔力を吸える」


 ニールは畑を見る。


「でも株が足りない」


 ルート村にあるのは、百二十株。


 世界中の魔力を受け止めるには少なすぎる。


 ミナが世界の記憶を探る。


「ジャガイモは地下で茎がつながる。魔力水路へ直接植えれば、流れに沿って根を広げるかも」


「二日で?」


「普通は無理」


「普通でなければ?」


 セレナが青い芋を見る。


「魔力を与えれば、成長は早められる」


「世界を壊している魔力で、世界を支える作物を育てる」


 グレンが笑う。


「村人らしい」


「村人です」


 種芋を切り分ける。


 一つの芋から、芽のある部分を四つ。


 切り口へ灰をつける。


 腐らないように乾かす時間はない。


 火竜の弱い炎で表面だけ焼いた。


 魔力水路へ運ぶ。


 七百二十一班へ、伝書鳥と通信魔法で指示を送る。


『閉塞を開いたら、種芋を植えろ』


『土がなければ、泥を運べ』


『水を少量。魔力を直接当てすぎるな』


 各地から返事が来る。


「戦争より難しい!」


「芋の向きはどちらだ!」


「芽が上です!」


「芽はどれだ!」


「出っ張ってるところです!」


「全部出っ張っている!」


「写真を送ってください!」


 世界救済軍は、世界規模の農作業を始めた。


 夜。


 最初の芽が出た。


 魔力水路の壁から、緑の蔓が伸びる。


 一メートル。


 十メートル。


 光の流れに沿って、地下へ広がる。


 世界中の植え付け地点からも芽が出た。


 枯れた大地の下で、ジャガイモだけが育つ。


『植物活動停止まで、三時間』


 地上の畑は、ほぼ全滅した。


 ルート村の畑も、ジャガイモを残して枯れた。


 世界で最後の畑だった。


 各地から、最後の収穫報告が届いた。


 砂漠国。


「棗が三百籠! 半分は乾燥済み!」


 海洋国。


「塩漬け魚、二千樽!」


 山岳国。


「麦は全滅! 山羊は無事!」


 森国。


「月影茸、七株!」


「食べるな!」


 森王の声が通信石から響いた。


「誰に言っている」


 バルドが聞く。


「あなたよ!」


「ここはルート村だぞ!」


「信用してない!」


「正しい判断です」


 ニールが言った。


 魔王領からは、豆が届いた。


 料理長が備蓄庫を全部開けた。


「冬の分では?」


「冬が来れば、また育てる!」


「畑が枯れてます」


「だから芋を育てている!」


 王都の貴族倉庫から、小麦が運ばれた。


 国王が徴発した。


 貴族は反対した。


「家宝だぞ!」


「小麦が?」


「祖父の代から継ぎ足している!」


「煮込みではありません」


「百年前の収穫だ!」


「食べられません!」


 袋を開けると、ほとんど粉だった。


 虫が食べていた。


「家宝が」


「虫には役立ちました」


「慰めるな!」


 食べられるものを選び、種にする分と食料にする分へ分ける。


 種を全部食べれば、明日はない。


 食べずに残しすぎれば、今日を越せない。


 ニールは一袋ずつ決めた。


「お前が決めるのか」


 アデルが聞く。


「各地の農家と相談します」


「時間がない」


「だから一人で決めません」


「相談に時間がかかる」


「間違えたとき、一人では直せません」


 通信石を並べる。


 砂漠の農家。


 海辺の漁師。


 山の牧人。


 魔王領の茸農家。


 皆が数字を出した。


 一日に食べる量。


 種として残す量。


 腐るまでの日数。


 王や将軍では知らない数字だった。


 世界最後の食料計画は、玉座ではなく畑と船と山羊小屋から作られた。


「種は三割」


 ニールが結論を出す。


「多くないか」


 アデルが聞く。


「未来の人の取り分です」


「まだ生まれていない」


「だから自分で取れません」


 アデルは黙った。


 正義とは、今いる者を守ることだと信じてきた。


 まだいない者へ食料を残す考えは、彼の正義に入っていなかった。


「三割だ」


 聖征王は自分から袋へ印をつけた。


 未来の取り分を守る、最初の印だった。


 ニールは土へ手を置く。


 下で根が動いている。


「まだ生きてる」


 世界の鼓動のようだった。


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