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村人ですが、勇者が開始五分で死んだので世界を救うことになりました  作者: 藤崎聖子


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第18話 世界滅亡まで三日

 聖征王アデルは、スープの器を踏まなかった。


 剣を振る直前、避けた。


「食べ物は粗末にしないんですね」


 ニールが言った。


「戦場でも作法はある」


「では食べてからにしませんか」


「黙れ!」


 アデルの剣が走る。


 レオンが受けた。


 衝撃で天幕が裂けた。


 支柱が飛ぶ。


 布が落ちる。


 二人は青空の下で向かい合った。


「構えが崩れている!」


 アデルが踏み込む。


「二度死んだので!」


 レオンが返す。


「一度だ!」


 ニールが訂正した。


「今そこはいい!」


 剣と剣がぶつかる。


 レオンの古い剣にひびが入った。


 勇者の加護はない。


 聖剣でもない。


 アデルは百戦無敗の王だ。


 勝負は見えていた。


「止めます」


 グレンが大剣を抜く。


「待ってください」


 ニールは周囲を見た。


 兵士たちは食事をしながら決闘を見ている。


 十二万人の前だ。


 ここで力ずくでアデルを倒せば、彼を支持する兵が動く。


 連合軍は割れる。


 戦争になる。


「レオン!」


 ニールが叫ぶ。


「負けてください!」


「応援が下手すぎる!」


「勝ったら、あなたが次の総司令官になります!」


「何?」


「十二万人の面倒を見たいですか!」


 レオンの剣が止まった。


 アデルの柄が腹へ入る。


 レオンが吹き飛ぶ。


「嫌だ!」


 地面を転がりながら答えた。


「なら負けてください!」


「父上に負けるのも嫌だ!」


「面倒ですね!」


 レオンは立ち上がる。


 折れかけた剣を構えた。


「父上。私が勝っても、あなたは正しさを変えない」


「正しいものは変わらん」


「だから、勝たない」


 剣を捨てた。


「負けもしない」


「武器を取れ」


「嫌です」


「戦え」


「それも嫌です」


「逃げるのか!」


「選んでいる!」


 アデルの剣先が、レオンの胸へ止まった。


「私はあなたが作った勇者ではない。魔王を倒さない。あなたとも戦わない。それでも世界を救う」


「剣を持たずに何ができる」


「村人へ聞いてください」


「俺へ渡さないでください」


 ニールは困った。


 レオンが笑った。


 十二万人の兵士からも笑いが起きた。


 アデルは剣を握っている。


 だが斬れない。


 無抵抗の息子を斬れば、正義ではなくなる。


「卑怯者め」


「父上に似ました」


「私は卑怯ではない!」


「食べ物を避けて斬るところが」


 アデルは足元の器を見た。


 冷めている。


 剣を鞘へ戻した。


 器を拾う。


 一口飲んだ。


「冷たい」


「だから言いました」


 ニールが答える。


「温めろ」


「撤退しますか」


「温めてから考える」


「食堂では料理長が法律です」


「ここに料理長はいない」


 背後から大声がした。


「呼んだか!」


 魔王城の料理長が、飛竜から降りた。


 大鍋まで持っている。


「なぜ来たんです」


「十二万人分の味が気になった!」


「そこですか」


「食堂は世界だ!」


「広げすぎです」


 料理長は火を起こし、スープを温め直した。


 アデルは二杯目を食べた。


 夕方、連合軍へ撤退命令が出た。


 レオンは地面に捨てた古い剣を拾い、鞘へ戻した。だが、もう抜かなかった。


 理由は補給不足。


 魔王の無害化ではない。


 各国の王へ、真相を認めさせるには時間がかかる。だから軍事上の理由で帰す。


「言葉は何でもいい。帰ればいいです」


 ニールが言う。


 アデルは不満そうだった。


「魔王を倒さないとは書けん」


「書かなくていいです」


「真実を隠すのか」


「あなたが言うんですか」


「正しい撤退理由が必要だ」


「帰る兵士に必要なのは、道と食料です」


 十二万の軍は七つに分かれ、故郷へ向かった。


 撤退最初の夜、元の戦場には人が残った。


 壊れた荷車。


 捨てられた武器。


 食べ終えた器。


 負傷して動けない兵士。


 人間も魔族も、片づけ班として残った。


「世界が十六日後に滅びるのに、皿を洗うのか」


 砂漠兵が聞いた。


「十六日間使います」


 料理長が答える。


「割れた皿も?」


「端を削れば小皿になる」


「何に使う」


「薬草を置く」


「何でも使うな」


「食堂では私が法律だ」


「ここは戦場だ」


「出張所だ!」


 料理長は最後まで譲らなかった。


 ニールは野営地を回った。


 帰る者へ食料を配る。


 残る者へ仕事を渡す。


 故郷へ手紙を書く者もいた。


『戦わず帰る。臆病と呼ばれてもよい』


『魔王はまだ生きている。私も生きている』


『畑の水路を直しておいてくれ』


『子どもへ、土産はないと伝えてくれ』


 伝書鳥が足りない。


 一羽へ手紙を十通結んだ。


「重くないか」


「飛べる?」


 鳥は動かなかった。


 五通に減らす。


 飛ばない。


 三通。


 ようやく空へ上がった。


「鳥にも限界がある」


 アデルが言った。


「勇者にも。魔王にも。世界にも」


 ニールは答えた。


「王にもか」


「かなり」


「お前は遠慮がないな」


「村長へも同じです」


「王と村長を並べるな」


「人数が違うだけです」


 アデルは焚き火へ薪を入れた。


「私は正しい王だった」


「自分で言いますか」


「他国もそう認めた」


「間違わなかった?」


「間違いを認めなかった」


「違いますね」


「今日、知った」


 アデルは帰っていく軍を見た。


「息子を勇者にした。世界を救うと信じた。間違いだったなら、十七年をどうすればいい」


「変えられません」


「慰める気はないのか」


「次の一日を変えます」


「十六日しかない」


「十六日あります」


 アデルは苦く笑った。


「言い換えただけだ」


「よく言われます」


 夜空には、まだ『16』がある。


 野営地の火は一つずつ消えた。


 最後の火だけは、朝食用に残した。


 世界の寿命が十六日しかなくても、朝は来る。


 水路は開けた。


 パン工房は窯の修理を終えた。


 荷車も順番に直した。


 世界は、また一つ危機を越えた。


 その夜。


 空の数字が、一気に変わった。


『16』


 十五。


 十四。


 数字が高速で減る。


「何が起きてる」


 ニールが板を開く。


 表示が赤い。


『世界寿命の急減を確認』


『魔力循環停止地点、七百二十一か所』


『世界崩壊開始まで――三日』


「十六日では?」


『予測外の魔力閉塞が発生』


 ミナが空を見上げる。


「《天秤》が道を閉じた」


「なぜ」


「私たちが権限を返さなかったから。次世界を守るため、現世界との接続を全部切った」


 余った魔力が逃げ場を失った。


 セレナへ集まる速度が上がる。


 魔王が耐えられるのは三日。


 遠くの山が光った。


 噴火した。


 地面が揺れる。


 川が逆流する。


 空に黒い亀裂が走った。


 世界崩壊は、予定を待たずに始まった。


「魔王城へ戻ります」


 ニールは言った。


 アデルが馬へ乗る。


「私も行く」


「魔王を倒しに?」


「違う」


 聖征王は少しだけ言いにくそうにした。


「話を、最後まで聞く」


「最初から聞いてください」


「王には時間がかかる」


「世界にはありません」


 空の数字が『3』で止まる。


 三日。


 世界を救うには短い。


 種が芽を出すには、十分な時間だった。


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