第15話 勇者が勇者をやめる
レオンは、勇者をやめる申請書を書いた。
書類は七枚あった。
「多い!」
「王国の制度だ」
グレンが答える。
「死亡届は一枚だったぞ!」
「死ぬのは簡単だからな」
「勇者をやめるより?」
「役所では」
魔王城の会議室で、人間側と魔族側の代表が集まっていた。
王国から国王、財務大臣、神殿長。
魔王軍からセレナ、バルド、ザリア、料理長。
ルート村からニール、ミナ、村長。
グレンとオルドもいる。
人数が多い。
椅子が足りない。
料理長が座っている。
「なぜ料理長が代表なんだ」
国王が聞いた。
「食料供給部門です」
「重要だな」
誰も反対しなかった。
会議の目的は二つ。
世界崩壊の真相を共有する。
《天秤》と交渉する方法を決める。
だが開始三分で、レオンが申請書を破った。
「書けるか!」
「どこが難しい」
「退職理由の欄が小さい!」
「一身上の都合でいい」
「十七年の人生だぞ!」
「一行で書け」
「書けるか!」
ニールが新しい紙を渡した。
「裏まで使ってください」
「公式書類だぞ」
「余白があります」
「村人は余白を恐れないのか」
「畑と同じです。空いていれば使います」
レオンは紙の裏へ書き始めた。
会議が始まる。
ミナが世界の仕組みを説明した。
魔王を倒せば三秒で滅びる。
倒さなくても二十日後に滅びる。
余剰魔力を次世界へ流せば、現世界は延命できる可能性がある。
国王は手を挙げた。
「質問だ」
「どうぞ」
「次世界は、我が王国の領土か」
「違います」
「では魔力を送るのに関税は?」
「世界が滅びます」
「だから先に決める」
セレナが机を叩いた。
「魔力は魔王領の資源だ」
「世界から集めたものだろう!」
「私の体にある!」
「所有と保管は違う!」
「世界滅亡まで二十日です!」
ニールが止めた。
「領有権は、二十一日目に話してください!」
両者は黙った。
財務大臣が手を挙げる。
「輸送費は誰が出す」
「魔力を送るだけです」
「設備費は?」
「まだ道もありません」
「見積もりが出せん」
「だから方法を決めます!」
会議は進まない。
人間と魔族は、千年以上敵だった。
同じ卓へ座っただけでも奇跡だ。
だが奇跡は議事録を書かない。
村長が手を挙げた。
「腹が減った」
「まだ午前です」
「難しい話は腹が減る」
料理長が立った。
「休憩にする」
「会議中だぞ」
「食堂では私が法律だ」
「ここは会議室だ」
「今日から出張所だ」
料理長は豆の煮込みを配った。
国王も魔王も同じ器だ。
レオンだけ食べなかった。
申請書を書いている。
「冷めるぞ」
グレンが言った。
「終わるまで食べん」
「何を書いている」
「私が勇者になるまでだ」
「退職理由だぞ」
「必要だ」
レオンはペンを止めなかった。
幼いころ、剣を初めて握った日。
痛くても泣くなと言われた日。
友人と遊ぶ時間がなかったこと。
勇者ならできて当然だと言われ続けたこと。
魔王を倒せば、全部に意味が生まれると思ったこと。
誰にも見せるつもりのない文字だった。
グレンは隣で黙っていた。
やがてレオンが書き終える。
最後の一行だけ、声に出した。
「魔王を倒せば世界が滅びるため、勇者を辞する」
「短いな」
グレンが言った。
「裏に長く書いた」
「役所は裏を読まん」
「ではなぜ書かせた!」
「お前が書きたかったからだ」
レオンは口を閉じた。
申請書を国王へ渡す。
国王は署名した。
「本当にやめるのか」
「魔王を倒す勇者は」
「別の仕事なら?」
「何がある」
国王は考えた。
「世界を救う」
「同じでは?」
ニールが聞いた。
「魔王を倒さずにだ」
「職名は?」
「元勇者」
「死んだみたいだ!」
「二度ほど」
「陛下まで!」
笑いが起きた。
レオンは怒った。
だが少しだけ笑っていた。
申請が受理される。
国王は、レオンの死亡証明の訂正欄にも王印を押した。
本人の署名より、王印のほうが強かった。
レオンは役所の上でも生き返った。
聖剣から金色の光が消えた。
ただの古い剣になる。
レオンは剣を持ち上げた。
重さは同じだった。
握り慣れた柄。
何千回も振った刃。
光だけがない。
「何か聞こえる?」
ミナが聞いた。
「何も」
「今までは?」
「神の声がした」
「何と言ってたの」
「進め。戦え。勝て。魔王を倒せ」
「今は静か?」
「静かすぎる」
レオンは剣を鞘へ戻した。
会議室の外へ出る。
ニールも追った。
「一人にしてください」
「グレンに頼まれてます」
「いつまでだ!」
「期限を聞いてません」
「役に立たない契約だな!」
二人は魔王城の中庭へ出た。
魔族の兵士が訓練している。
剣を振る。
盾を構える。
転んだ者を笑う。
教官に怒られる。
勇者をやめても、世界は何も変わらないように見えた。
「私は、明日から何をすればいい」
レオンが呟いた。
「朝起きます」
「その次だ」
「食事」
「もっと先だ!」
「昼食」
「一日を献立で埋めるな!」
「俺は毎日そうです」
「村人だからだ」
「今、役職で決めつけましたね」
レオンは言葉に詰まった。
「仕事がなければ、探せばいいです」
「十七年、勇者しかしていない」
「何ができます」
「剣。戦術。乗馬。礼法。古代語。魔獣の知識」
「かなりあります」
「世界を救う以外に、何の役に立つ」
「馬の世話」
「そこを拾うのか!」
「村は人手不足です」
「元勇者へ馬小屋を掃除しろと?」
「嫌なら畑」
「もっと地味になった!」
「毎日やれば慣れます」
レオンは訓練場を見た。
魔族の少年兵が木剣を落とした。
教官が拾う前に、レオンが取った。
「握りが逆だ」
「勇者に教わりたくない」
少年が言う。
「元だ」
「では誰だ」
レオンは答えられなかった。
木剣を返す。
「レオンだ」
「それだけ?」
「今は」
少年は木剣を受け取った。
正しい向きで握る。
「教えろ、レオン」
「呼び捨てか!」
「元勇者だろ」
「礼儀は別だ!」
レオンは少年の足を直した。
翌日から何をするかは、まだわからない。
だが次の一時間は決まった。
人生は、それで続くこともある。
「弱くなった?」
ミナが聞く。
レオンは剣を振った。
風圧で会議室の窓が割れた。
「変わらん!」
「弁償してください」
セレナが言った。
「元勇者割引は?」
「ない」
「福利厚生がいいのでは?」
「職員だけだ」
会議を再開する。
白い兵士の一体は、城の外に残っていた。
番号一。
魔族の少女に頼まれ、花輪を作っている。
指が不器用で、輪にならない。
ニールは窓からその姿を見た。
「あいつを呼びます」
「交渉に応じるか」
セレナが聞く。
「応じさせます」
「どうやって」
「仕事を頼みます」
「世界を終わらせる敵だぞ」
「今は花輪を作ってます」
ニールは外へ出た。
白い兵士の隣へ座る。
「茎を交互に重ねるんです」
『目的を提示せよ』
「花輪を完成させます」
『世界停止との関連性がない』
「女の子が待ってます」
白い兵士は少女を見た。
『待機を確認』
「だから急ぎます」
二人で花を編む。
十分後、形になった。
少女が頭へ載せて笑う。
白い兵士は動かなかった。
『記録にない結果を確認』
「何がです」
『対象個体の幸福度が上昇した』
「よかったですね」
『必要性が理解できない』
「必要だからするんじゃありません。喜ぶからしたんです」
『非合理』
「人間も魔族も、だいたいそうです」
白い兵士は花輪を見た。
『交渉内容を提示せよ』
「次世界への道を開いてください。生命ではなく、余った魔力を送ります」
『拒否』
「理由は?」
『次世界の汚染につながる』
「魔力を受け取れる場所は?」
『存在しない』
「作れば?」
『前例がない』
「花輪も前例がなかったでしょう」
白い兵士は沈黙した。
『検討する』
交渉の入口が開いた。
そのとき、王国から緊急の伝書鳥が飛んできた。
国王が紙を読む。
顔色を変えた。
「人間諸国が軍を集めている」
「どこへ?」
「魔王城だ」
「なぜ今」
「勇者が魔王に屈した、という噂が流れた」
レオンが立ち上がる。
「屈してない!」
「勇者をやめたばかりです」
「それとこれとは違う!」
世界を救う話し合いが始まった日に、人間は魔王を倒す軍を出した。
到着まで三日。
もしセレナが死ねば、三秒で世界が終わる。
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