第14話 魔王を倒したら世界が滅びる
翌朝、二号棟の水晶施設へ移った。
そこは一号棟より狭かった。
七歩遠いだけではない。
椅子が一つ少ない。
村長が座った。
「なぜあなたが」
「年長者だ」
大賢者オルドが立っている。
「千歳です」
「見た目はわしより元気だ」
オルドは壁にもたれて寝た。
「反論してください」
「寝てます」
世界樹書庫から持ち帰った記録を、水晶へ映す。
歴代の修正。
勇者と魔王。
世界の寿命。
膨大な情報が光の文字になり、部屋中を回った。
ミナは中央に立った。
「私を接続して」
「危険だ」
ニールが止める。
「記憶を取り戻しただけでは、世界の声を全部読めない。仕組みへ直接つながる必要がある」
「また眠ったら?」
「起こして」
「起きなかったら?」
「パンの匂いを嗅がせて」
「効くのか」
「朝は効く」
セレナが水晶柱へ魔力を流した。
ミナの額の紋章が開く。
光の線が、水晶と世界樹の記録を結んだ。
映像が現れる。
まだ人間も魔族もいない時代。
世界は、魔力を大地へ流していた。
魔力は生命を生み、生命が使った魔力は空へ戻る。
だが循環は少しずつ乱れた。
大地へ沈む魔力が増えすぎた。
火山が噴き、海が沸いた。
世界は二つの器を作った。
一つは、余った魔力を集める器。
魔王。
一つは、集めた魔力を削る刃。
勇者。
「私たちは道具か」
セレナが呟いた。
「最初は」
ミナの声が重なる。
少女の声。
風の音。
地鳴り。
いくつもの声が一つになっていた。
「でも長い時間の中で、人として生まれるようになった。感情を持ち、家族を持ち、暮らしを持った」
映像が進む。
初代魔王は、魔力を集めすぎて怪物になった。
初代勇者が倒した。
溜め込まれた魔力が解放され、世界を巡った。
循環は戻った。
だが百年後、また乱れた。
新しい魔王。
新しい勇者。
同じ戦い。
同じ延命。
「繰り返すうち、周期が短くなった」
ミナが言う。
「千年。五百年。百年。三十年。そして今は、前回から十七年」
「私が生まれた年だ」
セレナの赤い瞳が揺れた。
「私は、生まれたときから魔王だった」
「レオンもです」
ミナは続ける。
「同じ日に生まれた。魔王と勇者は対になる」
扉が開いた。
レオンが立っている。
グレンに支えられていた。
「誰が入れた」
セレナが聞く。
「正門から来た」
「またか」
「受付もした!」
「白い兵士より偉いと思うな」
レオンは鍋を外していた。
白銀の髪が見える。
初めて本当に勇者らしかった。
「続けろ」
ミナは映像を進めた。
現在。
セレナの体には、世界中から魔力が集まり続けている。
量は歴代魔王の十倍。
倒せば解放される。
だが受け止める世界の器が弱っている。
大地が裂ける。
海が蒸発する。
空が燃える。
『魔王セレナ死亡時』
『世界滅亡まで、三秒』
全員が表示を見た。
「三秒」
ニールが言う。
「倒したあと、何もできません」
レオンは聖剣を握った。
「では、倒さなければ」
『魔力飽和により、二十日後に世界崩壊』
「結局、滅びる」
「はい」
「私が魔王を倒しても」
「三秒後です」
「倒さなくても」
「二十日後です」
レオンは黙った。
セレナが腕を組む。
「今なら倒しやすいぞ。私は施設へ魔力を流している」
「挑発するな」
「勇者の使命だろう」
「黙れ」
「正義はどうした」
「黙れ!」
聖剣の光が部屋を満たした。
グレンが剣へ手をかける。
ニールは二人の間へ立った。
「どいてください」
レオンが言う。
「嫌です」
「斬るぞ」
「世界が滅びます」
「わかっている!」
「では剣を下ろしてください」
「わかっているから、下ろせない!」
レオンの手が震えていた。
「私はこの日のために生きた。剣を学び、魔法を学び、痛みに耐えた。魔王を倒せば世界を救えると教えられた」
「嘘だった」
ニールは言った。
「違う」
「結果が違います」
「それでも、私の全部だ!」
ニールは聖剣へ手を伸ばした。
刃ではなく、柄の近くをつかむ。
「俺は畑で、種を間違えたことがあります」
「何の話だ」
「一年育てた。毎日、水をやった。雑草を抜いた。収穫の日に、食べられない実だとわかった」
「一緒にするな」
「一緒です」
「勇者の人生だぞ!」
「俺の一年も人生です」
レオンがニールをにらんだ。
「どうした」
「抜きました」
「全部?」
「全部。畑を耕して、次の種をまいた」
「簡単に言うな」
「簡単じゃありません。だから今も覚えてます」
聖剣の光が弱くなる。
「間違えた時間は戻らない。でも次に何をするかは選べます」
「私に勇者をやめろと?」
「魔王を倒す仕事は、やめてください」
「では何をする」
「一緒に考えます」
「村人と?」
「魔王もいます」
「もっと嫌だ」
セレナが鼻で笑った。
「私もだ」
「気が合うじゃないですか」
「合ってない!」
二人の声が重なった。
レオンは剣を下ろした。
完全には納得していない。
それでも斬らなかった。
世界は三秒後に滅びなかった。
『魔王死亡による世界滅亡――回避』
板に文字が出る。
「権限を使っていないのに」
ニールが言う。
「原因を変えたから」
ミナが答えた。
「レオンが剣を下ろした。それだけで未来は変わった」
世界修正権限を使わなくても、世界は修正できる。
ニールは初めて、その意味を理解した。
問題は残っている。
二十日後、魔力飽和で世界が壊れる。
「余った魔力を、別の場所へ流せないか」
ニールが聞く。
「世界の外なら」
ミナが答える。
「外?」
「次の世界」
白い兵士たちが行こうとしている場所。
世界管理機構《天秤》が持つ、新世界への道。
「向こうへ魔力だけ送る」
「理論上は」
「道を開けるのは誰だ」
「《天秤》」
オルドが目を覚ました。
「つまり敵へ頼むのか」
「起きてたんですか」
「今起きた」
「話は聞いてました?」
「だいたい忘れた」
世界を救うには、世界を終わらせようとする敵の協力が必要だった。
セレナが施設の扉を見る。
「頼んで聞く相手ではない」
「では交渉材料を探します」
「何を差し出す」
ニールは食堂の方角を見た。
「豆の煮込みから始めます」
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