第13話 魔王城の厨房が忙しい
食堂を開けるには、白い兵士を外へ出さなければならない。
外へ出すと、二号棟を襲う。
開けなければ、夕食が出ない。
魔王城にとっては同じくらい深刻だった。
「兵士を倒す」
セレナが言った。
「斬ると増えます」
「窓から雷を入れる」
「食堂が壊れます」
「世界と食堂、どちらが大事だ」
「さっきは施設のほうが高いと言いました」
「食堂は別だ」
「大事なんですね」
「一日三回使う」
食堂の中から料理長が叫ぶ。
「会議はあとにしろ! 煮込みが焦げる!」
「白い兵士は?」
「立っている!」
「襲ってきませんか」
「客席で待っている!」
札には食堂へ行けとしか書かなかった。
到着後の命令がない。
白い兵士は席について待っていた。
「料理を出せば、食べるかもしれません」
ニールが言った。
「敵へ食事を出すのか」
「セレナにも焼き芋を出しました」
「あれで客になったな」
「同じです」
「違う。私は味がわかる」
「あいつらにも舌があるかもしれません」
「顔がないぞ」
「食べ方を見ればわかります」
裏口を少し開けた。
ニールとセレナが入る。
百二十七体の白い兵士は、卓へ整然と座っていた。
全員、何もない正面を見ている。
料理長は大鍋を混ぜていた。
角が片方折れた大柄な魔族だ。
厨房には二十人が働いていた。
包丁を握る者。
火を管理する者。
皿を洗う者。
献立表へ苦情を書く者。
「最後は仕事ですか」
ニールが聞く。
「兵士代表だ」
小柄な魔族が答えた。
「今日の苦情は?」
「豆が三日連続」
「世界が滅びます」
「だから最後に違うものが食べたい」
「正しい気がします」
料理長が包丁をまな板へ刺した。
「豆は栄養がある!」
「味の話です!」
「塩を増やす!」
「昨日も同じでした!」
「胡椒も入れる!」
「採用!」
献立が決まった。
白い兵士が客席で待つ間も、厨房は止まらない。
明日の朝食用にパン生地をこねる。
昼の煮込みを冷ます。
傷んだ野菜を分ける。
「明日、世界があるかわからないのに?」
ミナが聞いた。
「なければ無駄だ」
料理長は生地を強く打った。
「あれば朝食が要る」
誰も反論しなかった。
世界を信じるとは、祈ることだけではない。
明日のパンを仕込むことでもある。
ミナは空いていた台へ立った。
「手伝う」
「パン屋か」
「娘」
「十分だ」
二人で生地をこねた。
白い兵士に囲まれながら。
ニールはその姿を見て、明日があるような気がした。
「遅い!」
「敵に囲まれてますよ」
「客席にいるなら客だ!」
「門番と同じことを言ってる」
「食堂では私が法律だ!」
豆の煮込みを器へ盛る。
白い兵士の前へ置く。
動かない。
「食べません」
「好き嫌いか」
「口がありません」
料理長が白い仮面を外そうとした。
兵士の手が動く。
料理長の手首をつかんだ。
「客が店員へ手を上げた!」
「今そこですか!」
セレナの鎖が兵士を縛る。
ほかの兵士は動かない。
命令されていないからだ。
「こいつら、目的以外のことをしない」
ニールは白い手形の来訪記録を見た。
一体ずつ、同じ形の印がある。
だが番号だけ違った。
一から百二十七。
「命令を受け取る順番があるかもしれません」
「どう調べる」
「一番を外へ出す」
番号一の兵士を裏口へ連れ出す。
残り百二十六体が一斉に立った。
「当たりです!」
「喜ぶな!」
兵士たちは一番を追って裏口へ殺到した。
ニールたちは走る。
「どこへ誘導する!」
「訓練場!」
「二号棟の隣だ!」
「では浴場!」
「今、入浴時間だ!」
「空いている場所は!」
「倉庫!」
「毛布があります!」
「燃えない!」
「燃やす気ですか!」
廊下の向こうから、魔族の子どもたちが来た。
城内託児所の帰りだ。
白い兵士の列とぶつかる。
「危ない!」
ニールは先頭の兵士を横へ引いた。
列全体が横へ曲がる。
子どもたちは壁際へ逃げた。
一人だけ動かなかった。
小さな角の少女が、白い兵士を見上げている。
「お人形?」
兵士の脚へ抱きついた。
列が止まった。
一番が動けないため、全体が止まる。
「離れろ!」
セレナが叫ぶ。
少女は驚いて泣いた。
白い兵士が少女を見下ろす。
腕を上げた。
ニールが前へ出る。
だが兵士の手は、少女の頭へ触れただけだった。
白い指が、涙を拭う。
『泣く必要はない』
初めて声を出した。
『苦痛は、まもなく終了する』
「どういう意味だ」
ニールが聞く。
『二十一日後、この世界は停止する』
「滅ぼすのはお前たちか」
『否定』
「では誰が」
『寿命』
「止める方法は」
『存在しない』
「世界修正権限は?」
『延命処置。使用するほど苦痛が増す』
少女は兵士の手を握った。
「痛いの?」
『我々に痛覚はない』
「世界が」
ミナが言った。
「世界が痛いのね」
兵士の仮面がミナへ向く。
『管理補助体。使命を実行せよ』
「使命は何」
『世界修正権限を回収し、現世界を停止する。残存生命を次世界へ移送する』
「全員を?」
『可能な範囲で』
「何人」
『総生命数の〇・〇〇三パーセント』
食堂の鍋を叩く音が、遠くから聞こえた。
誰も笑わなかった。
「ほとんど死ぬ」
ニールが言う。
『生命はいずれ死ぬ』
「今日でなくていい」
『世界は今日まで生きた。十分だ』
「十分かどうかを、お前が決めるな」
『世界自身の決定だ』
ミナの顔が青くなる。
「嘘よ」
『お前は声を聞いた』
「私は――」
ミナは頭を押さえた。
記憶が押し寄せている。
世界が終わりたいと願った記憶。
何度も修正され、引き延ばされた痛み。
ニールはミナの肩を支えた。
「世界が終わりたくても、ここにいる人は生きたい」
『一部の生命の希望は、全体の苦痛より優先されない』
「畑が病気になったら、全部焼くのか」
『比較は不適切』
「病気の株を抜く。水を変える。土を休ませる。できることを全部やってから決める」
『時間がない』
「二十一日ある」
『短い』
「作物なら芽が出る」
白い兵士は黙った。
少女がまだ手を握っている。
「お腹、空いてない?」
『空腹はない』
「ごはんあるよ」
『不要』
「豆、おいしいよ」
少女は自分の器から豆を一つ、白い兵士の手へ置いた。
豆は転がった。
白い指が受け止める。
『物質を確認』
「食べるの」
『摂取機能がない』
「じゃあ持ってて」
『目的は』
「私があげたから」
『目的になっていない』
「いらない?」
白い兵士は豆を見た。
捨てればいい。
命令にない物体だ。
任務へ不要。
それでも捨てなかった。
『保留する』
「何を?」
『必要性の判定』
少女は笑った。
「保留なら、あとで考えるの?」
『そうなる』
「じゃあ、あとがあるね」
白い兵士は動きを止めた。
世界を停止すれば、「あと」はない。
その矛盾を、初めて認識した。
白い仮面には表情がない。
だがニールには、兵士が戸惑っているように見えた。
命令の外で一粒の豆を持つ。
小さな選択だった。
世界を終わらせる機構にとって、最初の失敗でもあった。
そして失敗は、いつも悪いものではなかった。
白い兵士は食堂の方角を見た。
『確認する』
列が食堂へ戻り始めた。
「食べられないだろ」
セレナが呟く。
「でも確認はするみたいです」
白い兵士たちは再び席についた。
料理長が仮面の口元へ細い穴を開けた。
「食堂では私が法律だ」
匙で豆を流し込む。
兵士は動かない。
「どうだ」
『味覚情報を取得』
「うまいか」
『判定不能』
「もう一口だ」
料理長は諦めなかった。
百二十七体へ、一口ずつ食べさせる。
その間に、ニールたちは二号棟へ記録を運んだ。
世界を救う方法は、まだない。
だが敵の正体は見えた。
世界管理機構《天秤》。世界を終わらせ、わずかな生命を次へ運ぶ者たち。
食堂から白い兵士が出てきた。
一番の兵士がニールへ言う。
『味覚情報を共有した』
「結果は?」
『判定保留』
「まずかったのか」
料理長が包丁を持って出てきた。
『撤退する』
白い兵士たちは正門から帰った。
受付で退出時刻まで記入した。
料理長が追いかける。
「判定してから帰れ!」
魔王城の厨房は、世界滅亡より忙しかった。
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