第11話 勇者、また死ぬ
白い兵士は斬ると増える。
殴ると減った。
「騎士団、剣を捨てろ!」
グレンが命じた。
神殿へ駆けつけた白耀騎士団は剣を置いた。
盾で殴った。
王国最強の騎士団が、集団で敵を殴る。
見栄えは悪い。
効果はあった。
白い兵士が砂へ変わる。
「卑怯だぞ!」
レオンが叫んだ。
「敵は黙っている!」
「私が代わりに言った!」
「言わなくていい!」
レオンは聖剣を鞘へ入れたまま振り回した。
白い兵士を殴る。
鞘が外れた。
刃が敵を斬った。
二体に増えた。
「事故だ!」
「勇者を後ろへ下げろ!」
グレンが叫ぶ。
「なぜ私が!」
「敵より増やしている!」
騎士二人がレオンを抱え、後方へ運んだ。
「離せ! 私は役に立つ!」
「今は敵側で!」
神殿の庭は混戦になった。
戦える者だけが神殿を守ったわけではない。
神官見習いは、負傷者の名前を書いた。
食堂の老女は、湯を沸かした。
庭師は、白い兵士が滑るよう落ち葉を集めた。
避難していた子どもたちは、盾を運んだ。
「危ないから地下へ!」
ニールが叫ぶ。
「地下は本でいっぱい!」
「では壁際へ!」
「壁がさっき壊れた!」
「安全な場所は!」
「ない!」
子どもが元気に答えた。
「元気に言うな!」
神殿長が子どもを一人ずつ抱え、倒れた鐘楼の裏へ運ぶ。
金の法衣は泥だらけだ。
「神殿長も戦えるのでは?」
「戦える!」
「では前へ!」
「この子たちを置いてか!」
「ではそこに!」
「命令するな!」
老女が大鍋を持ってきた。
白い兵士へ湯をかける。
湯気で仮面が曇った。
兵士同士がぶつかる。
「熱湯では?」
「ぬるいよ!」
「なぜ」
「負傷者へ飲ませる湯だ!」
「敵に使っていいんですか」
「終わったら沸かし直す!」
戦争の勝敗を決めるような魔法ではない。
ぬるい湯。
濡れた落ち葉。
名前を書く紙。
それでも一つずつが、誰かを生かした。
ニールは板を開く。
『世界樹神殿陥落――発生確率、七十一パーセント』
誰かが動くたび、数字が下がる。
英雄一人の一撃ではない。
名も残らない手が、未来を変えている。
魔王軍も到着する。
魔族と人間が並んで戦った。
昨日まで敵だった兵士たちだ。
「右を頼む!」
「休憩までなら!」
「戦闘中だぞ!」
「規則です!」
「では五分で片づける!」
「協力します!」
白い兵士は強い。
だが考えない。
倒れた仲間を避けない。同じ場所へ集まり、同じ動きを繰り返す。
ニールは神殿の庭を見た。
石畳。
世界樹の落ち葉。
水場。
鐘楼。
「落ち葉を集めてください!」
神官が振り返る。
「今、掃除を?」
「濡らして道へ敷きます!」
落ち葉へ水をかける。
庭の中央へ帯状に敷く。
白い兵士が踏む。
滑った。
「また滑らせるのか」
セレナが呆れる。
「効きます」
「同じ手を使うな」
「農作業も毎年同じです」
「敵が学習したら?」
「学習してません」
白い兵士は次々に転ぶ。
騎士と魔族が盾で殴る。
数が減っていく。
だが白い仮面の男だけは動かなかった。
落ち葉の道を歩く。
滑らない。
セレナが雷を放つ。
男の前で消える。
グレンの大剣が振り下ろされる。
受け止められた。
片手で。
『不完全な生命は、同じ失敗を繰り返す』
白い男はグレンを投げた。
石壁へ衝突する。
「団長!」
騎士たちが駆け寄る。
男はニールへ向かう。
『権限を返還せよ』
「嫌です」
『世界は救えない』
「知っています」
『ならば、なぜ持つ』
「救えないから考えてるんです」
『無意味だ』
「意味があるかは、最後に決めます」
白い男の手が伸びた。
間へレオンが入った。
聖剣で受ける。
「勇者は私だ!」
『死亡個体に権限はない』
「死んでない!」
『二度死亡している』
「一度目は早とちりだ!」
『一度目、鍋による気絶』
「ほら見ろ!」
『二度目、投石による死亡』
「それだけだ!」
「一度死んでます!」
ニールが叫んだ。
レオンは白い男を押し返した。
「村人。お前は嫌いだ」
「知ってます」
「弱い。地味だ。私を死者扱いする」
「事実です」
「だが」
聖剣が強く光った。
「今はお前が必要だ!」
白い男の腕を弾く。
「世界を救う方法を考えろ! 戦うのは勇者の仕事だ!」
レオンは初めて、ニールを勇者と呼ばなかった。
白い男と剣を交える。
速すぎて見えない。
光と白い影が庭を走る。
ニールは板を開いた。
『世界樹神殿陥落――発生確率、八十二パーセント』
下がっている。
やり直さなくても未来は変わる。
「鐘楼を倒してください!」
ニールは叫んだ。
「また建物を壊すのか!」
神殿長が怒鳴る。
「白い兵士の退路を塞ぎます!」
「鐘楼は金貨十万枚だぞ!」
「魔王城より安い!」
「比較するな!」
グレンが立ち上がる。
大剣を鐘楼の根元へ叩き込む。
セレナが風魔法を放つ。
鐘楼が傾く。
白い兵士の後方へ倒れた。
石と鐘が、世界樹へ通じる門を塞ぐ。
逃げ場を失った兵士を、騎士と魔族が囲む。
一体ずつ殴る。
「地味だな!」
レオンが叫んだ。
「でも効いてます!」
「もっと光れ!」
「無理です!」
白い男がレオンの胸を貫いた。
時間が止まったように見えた。
白い腕が背中まで抜けている。
レオンの聖剣が落ちる。
「勇者!」
グレンが駆ける。
白い男は腕を抜いた。
レオンが倒れた。
血が石畳へ広がる。
今度は鍋でも、投石でもない。
誰が見ても致命傷だった。
半透明の板が赤く染まる。
『勇者レオンの死亡を確認』
『世界滅亡へ接続する失敗です』
『修正しますか』
残り一回。
使えばレオンを救える。
次の失敗は戻せない。
「使うな」
レオンが言った。
まだ息があった。
「でも死にます」
「一回死んでいる」
「認めるんですか」
「お前の中では、かなり死んでいるんだろう」
レオンは笑った。
「二回になっても、あまり変わらん」
「変わります!」
「世界を救え、村人」
目を閉じた。
板の文字が点滅する。
『修正しますか』
ニールは拳を握った。
「しない」
表示が消えた。
白い男が迫る。
セレナが防ぐ。
グレンがレオンを抱き上げる。
「治癒術師!」
「死亡しています!」
「治せ!」
「死者蘇生は専門外です!」
「腰痛しか治せないのか!」
「それは魔王城の医師です!」
ミナの額が光った。
眠ったまま、手を伸ばす。
世界樹の根がレオンの体を包んだ。
光が流れ込む。
傷が閉じる。
心臓が動いた。
レオンが息を吸う。
「死んでない!」
復活したレオンは、そのあと三時間吐いた。
世界樹の魔力を一度に受けた反動だ。
「勇者らしくない」
本人は寝台の上で嘆いた。
「死ぬよりましだ」
グレンが桶を替える。
「死んでない!」
「今はな」
「師まで私を死者扱いする!」
「二度目は見た」
「一度目は?」
「報告で」
「なら一度だ!」
グレンは新しい水を運んだ。
濡らした布で、レオンの額を拭く。
「子どものころ以来だ」
「何が」
「お前の看病」
「病気はしなかった」
「隠していた」
「勇者だから」
「知っていた」
「では、なぜ止めなかった」
グレンの手が止まる。
「強くするのが、私の役目だと思った」
「正しい」
「生かすのが先だった」
「生きている」
「二度運がよかった」
「一度だ!」
「そこは譲らんな」
「勇者の名誉だ!」
グレンは笑わなかった。
「すまなかった」
レオンの声が止まる。
「何がだ」
「お前が立つたび、もっと立てと言った。痛いと言わないから、痛くないと思った」
「今さらだ」
「今しか言えん」
「私は勇者だ」
「今は患者だ」
「弱そうだ!」
「弱っている」
「事実で殴るな!」
レオンは顔を背けた。
「謝るなら、次は止めろ」
「何を」
「私が死にそうになったら」
「止めた」
「もっと早くだ!」
「わかった」
「命令だからな」
「元気になったら取り消すな」
「考える」
グレンはようやく笑った。
師弟は仲直りしたわけではない。
十七年分の間違いは、一度の謝罪では消えない。
ただ次に止める約束をした。
戻せない関係を直すには、それで十分な始まりだった。
第一声だった。
ニールは膝から崩れた。
「ほらまた!」
「何がだ!」
「死んでたでしょう!」
「今は生きている!」
「俺の中では二回死にました!」
「数えるな!」
世界樹の根が白い男へ伸びた。
体を貫く。
仮面が割れた。
中には顔がない。
ただ、空があった。
『管理補助体の覚醒を確認』
『撤退する』
白い男と残った兵士が光へ変わる。
神殿から消えた。
戦いは終わった。
ミナが目を開ける。
「ニール」
「わかるか」
「ええ」
「記憶は?」
ミナは世界樹を見上げた。
「全部、思い出した」
空の数字が二十二へ変わる。
レオンが起き上がろうとした。
グレンが押さえる。
「休め」
「私は死んでない!」
「二度死んだ」
「団長まで!」
「俺の中ではかなり」
「その言い方を広めるな!」
笑いが起きた。
壊れた神殿で。
世界が滅びかけている最中に。
それでも、誰かが生きて戻ったとき、人は笑えた。
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