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将門炎舞記 中巻  作者: 浮島太郎


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第八章 坂東に立つ風 【4.怨火、ここに断たる】

【4.怨火、ここに断たる】


「源護……この期に及んで我を騙し討たんと図るとは。」

野本での勝利を得た将門は、凍てつく風を切り裂きながら馬を返し、石田の館へ向かった。

「――怨火の根、断つべし。」

その声は冬の風のように静かで、しかし揺るぎなかった。


石田の館に着くと、一族郎党はすでに逃げ散り、館は真冬の空気にさらされ、もぬけの殻となっていた。

だが、燃え始めた梁の下に、ただ一人、黒い影が揺れていた。

――平国香であった。

「……来たか、小次郎……いや、将門よ。」

薄暗い梁の下、炎に照らされた国香は、冬の闇のような眼で将門を睨みつけた。


「叔父上、何故このようなことに……」

将門は馬上から、館の奥に向かって静かに言った。

国香は笑った。

それは怨と嫉妬と屈辱が混じり合った、人の形をした闇の笑いであった。

「我は、汝にも、父にも、弟にも……認められなんだ。」

梁が崩れ、火の粉が舞う。

冬の冷気と炎の熱が入り混じり、空気が歪む。

「汝さえいなければ……!」

火焔が国香の背後で爆ぜた。

焔が梁を舐め、火勢はいよいよ増していく。


耐え難い熱風の中で、国香の脳裏には遠い日の記憶が次々と甦った。

――我が父は、何故、我を顧みてくれなかったのだ。

――兄弟の中で、何故、この我だけが疎まれるのだ。

――同じ母から生まれながら、良兼は贔屓され、良将は褒められる……何故じゃ。


黒煙が館全体を覆い、冬空へ黒い塊となって昇っていく。

――良将が死に、我は一門の棟梁として、最初は将門に継がせるつもりでいた。

――だが、欲に眩んだ……いや、父上が居た下総が恋しかっただけかも知れぬ。

――それの何が悪いのだ!


炎が爆ぜ、人の胴より太い梁が轟音とともに崩れ落ちる。

――将門は、我をあの眼で蔑んだ。

――良兼は、長兄である我を見下した。

――忠平卿は将門を愛顧したという……我と将門、何が違うと言うのだ!


火焔が国香の背後で轟音を立てた。

――誰も、この我を一門の長者として認めない……何故だ!

――序列では、我が桓武平氏の棟梁だ。我以外には認めぬ。

――我こそが、高望王の皇統を継ぐべき嫡子ではないか!


梁が崩れ、火の粉が舞い、火焔が国香の身体を包み、視界が赤く染まる。

その瞬間、国香の胸に、ふと奇妙な静けさが訪れた。


……我は一体、何を求めたのか。

……父に認められたかったのか。

……弟に追いつきたかったのか。

……若き甥に勝ちたかったのか。

(いや……我は、ただ“生きた証”が欲しかったのかも知れぬ。)


国香の姿は、燃え盛る火焔の中に沈んだ。

(……最後の最後に、何かを求めて生きる虚しさに、ようやく気づいたのか。)

国香の意識は、火焔の揺らめきの中に静かに溶けていった。

国香は、火焔の中で再び将門の姿を見つけ、何か叫んだ。

――しかし最早、その言葉を聞くことは無かった。



将門は目を閉じた。

(……これが、血縁の果てか。)

紅蓮の火が冬の夜空を赤く染め、石田館は黒煙と轟音とともに崩れ落ちた。

梁が倒れ、柱が折れ、瓦が砕け、炎が爆ぜ、すべてを呑み込んだ。


やがて火は静まり、白い冬の煙だけが空へ昇った。

そこには、もう誰の声も、誰の影もなかった。

怨火は、ここに断たれたのだ。

怨火は深く潜んでいた。

血の底で燻り、やがて理を呑み、炎となって立ち上がった。

そして炎がすべてを呑み尽くしたあと、ただ、焼け落ちた館の跡に、冬の風だけが通り過ぎていった。



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