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将門炎舞記 中巻  作者: 浮島太郎


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第八章 坂東に立つ風 【3.風、怨火を裂く】

【3.風、怨火を裂く】


将門軍は、ついに石田へ到達した。

凍てつく空気の中、馬の嘶きと蹄の音が鋭く響く。

館の前には、将門軍が整然と並んだ。

黒漆の鎧は冬の弱い陽光を弾き、槍先は白い光を返して一斉に輝いた。

馬の吐息は白く、革紐がそのたびに微かに震える。


将門は馬上から源護を見下ろした。

その眼には、若さの熱と、坂東を背負う者の覚悟が宿っていた。

「――源護殿。」

将門の声は静かだったが、冬の谷に響く雷鳴のようであった。

「大国玉との争い、もはや理ではなく怨に堕ちた。このままでは、我らも皆、坂東の地とともに死することとなろう。」


源護は震える声で答えた。

「し、しかし……堰は我らのもの……山の理を守らねば……」

将門は首を振った。

「堰を守る理のために、其方の血を流し、其方の民を失うことが“義”か。」

その一言に、源護は言葉を失った。


将門は続けた。

「源護殿、我が調停する。一時争いを止め、民のために語ろうではないか。」

その声は、冬の風が怨火を吹き払うようであった。

源護は、その威圧と気迫に押され、ただ頷くしかなかった。


だが、この場での対面は、嵐の前の静けさにすぎなかった。

源護の三人の息子は、すでに別の意図を胸に秘めていたのである。



谷筋を渡る冬風は冷たく湿り、どこか血の匂いを含んでいるようでもあった。

将門は調停の成功を信じ、豊田・石井館へ向けて凱旋の途に就いた。

馬に水を与え、凍える空気の中で息を整えながらゆっくりと進む。


やがて、常陸と下総の国境にある野本の細道へ差しかかった。

道は狭く、両側には冬枯れの雑木林が迫り、昼なお暗い。

馬蹄が凍った落ち葉を踏む音が、妙に大きく響いた。

将門は馬上で、ふと風の流れが変わったのを感じた。

(……風が止んだ。)


その瞬間――

林の奥から、怒号が裂けた。

「者ども出でよ! 将門を疾く討て!」

矢が雨のように降り注ぎ、槍を構えた源氏の郎党たちが、左右の林から一斉に飛び出してきた。

源護の三人の息子、扶・隆・繁が率いる伏兵である。

――そして、その背後には国香の影があった。


伏兵の中に紛れた国香は、木陰から将門を睨みつけていた。

(将門よ、此処で死ぬがよい。汝さえ居なければ……)

その眼は、冬の闇よりも濃い怨念で濁っていた。

長兄・源扶が叫ぶ。

「狙え、将門を討て!我ら源氏が受けた屈辱を晴らすのだ!」

その声は、国香の怨念に煽られた炎のようであった。



将門軍の前衛が一瞬、陣形を乱した。

馬が嘶き、兵が槍を構え直す。

矢が黒漆の鎧に弾かれ、冬木立に突き刺さり、

凍った地面に落ちては震えた。


将門は馬上で太刀を抜き、声を張り上げた。

「怯むな! 我に矢は通じぬ、後に続け!」

その声は、冬の谷を震わせる雷鳴のようであった。


将門は馬を躍らせ、源扶の隊へ突進した。

栗毛の名馬が凍った地を蹴り、黒漆の大鎧が冬陽を弾く。

星兜の鍬形が閃き、その姿はまるで疾風の影のようであった。

降り注ぐ矢は、不思議と将門に掠りもしない。


源扶が槍を突き出す。

将門は太刀で槍を弾き飛ばし、馬の勢いのまま扶の肩口を斬り裂いた。

「ぐあっ……!」

扶は落馬し、雪混じりの地に転がった。


弟の隆と繁が叫び、兄を守ろうと将門へ突進する。

だが、将門軍の精鋭騎馬が左右から挟み込み、源氏の兵を押し潰した。

馬蹄が凍土を叩き、槍が閃き、血が白い地面に吸い込まれる。

谷は瞬く間に敵の血で染まり、至る所に黒ずんだ血溜りが広がった。


国香は木陰からその光景を見つめ、歯噛みした。

――なぜだ。なぜ奴は倒れぬ。

将門の太刀は怨火を断つ風のように冴え、源氏の兵は次々と倒れていく。


源隆が倒れ、

源繁が膝をついた。

国香は、己の策が崩れゆくのを悟った。

――まだ終われぬ。石田へ戻らねば……

国香は、敗走する兵に紛れ、冬の影のように姿を消した。



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