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将門炎舞記 中巻  作者: 浮島太郎


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第八章 坂東に立つ風 【2.怨火の胎動】

【2.怨火の胎動】


その頃、真壁郡・石田の館では、源護の親子が慌ただしく一族郎党を集めていた。

外は真冬の風が唸り、庭の池には薄氷が張り、竹林は凍てついた音を立てて揺れている。

「平将門が――百の騎馬軍勢を率いて、此の石田館に向かっている」

その報せが届いた瞬間、源護の一族郎党は蒼白になった。

源護自身も、胸の奥に冷たいものが走るのを感じた。


「な、何だと……将門が軍馬を整えて此処へ向かっているだと。」

「はっ……大国玉を助勢し、我らと調停するためとのこと。

……その供なる者、百を超える騎馬武者とか。」

家臣が震える声で答えた。

吐く息は白く、肩は小刻みに震えている。


源護の顔色が変わった。

将門の武威を侮っていた。

だが、その名はすでに坂東に響き始めている。

冬の冷気よりも鋭い恐怖が、源護の胸を刺した。

(あの若造が……百騎の軍馬だと?この真冬に、百騎を率いて来るというのか……。)


家臣たちは口々に叫んだ。

「騎馬百騎……!」

「迎え撃つなど、とても……!」

「いや、兵を集めて迎え撃つべきか……!」

「将門殿に弁明を……!」

その声は、凍てつく館の空気に吸い込まれるように震えていた。


その時、館の奥から、

ゆっくりと一人の男が姿を現した。

――平国香。

将門の叔父にして、妻の実家である石田館に滞在していた男である。

黒ずんだ直垂に、鋭い眼光。

冬の光を受けて、その影は異様に長く伸びていた。

その顔には、血縁の情よりも深い嫉妬と怨念が刻まれていた。


「岳父殿――将門は調停などのために来るのではない。」

国香は、静かに、しかし毒を含んだ声で言った。

「奴は、坂東を我が物にするつもりよ。このままでは此処も呑まれるぞ。」

源護は息を呑んだ。

「……では、どうすればよい。」

国香は口元に薄い笑みを浮かべた。

その笑みは、冬の闇よりも冷たかった。


「簡単なことよ。待ち伏せして誅殺してしまえば、何の憂いも無くなる。

――野本が良いであろう。あそこは道が狭く、林が深い。冬は霜で地が締まり、馬も足を取られぬ。」

その言葉に、源護の三人の子――たすくたかししげるが身を乗り出した。

「叔父上、我らに合力して頂けますか。」

国香は頷いた。

「勿論だ。将門は我が桓武平氏一門の恥。此処で討つのが坂東のためよ。」

その眼には、血を断ち切るほどの怨念が宿っていた。


源護は、国香の言葉に呑まれて言った。

「よし……汝らで野本に兵を集めよ。将門を必ずや討て。」

「おう!」

三兄弟は勢いよく立ち上がり、

凍てつく外気の中へ飛び出していった。

国香はその背を見送りながら、

低く呟いた。

「将門よ……汝の命運は、此処で尽きるのだ。」

その声は、冬の館の闇に沈み、まるで霜柱が砕けるような冷たさを帯びていた。



三兄弟が去ると、国香はふと遠い目をした。

……忘れ去りたい過去の記憶、しかし決して消えぬ情念が甦る。

国香の胸には、血縁への憎悪という炎が、静かに、しかし確かに燃えていた。

その炎は赤ではなく、冬の空気のように蒼く冷たい。


父・高望王の相続の折、上総国は二男・良兼が、下総国は三男・良将が継いだ。

しかし父は、長兄である国香には荒廃した常陸の一部を与えただけだった。

――その悔しさは、国香の胸に今も焼き付いている。

良兼は父に可愛がられ、良将は若くして才を示し愛された。

――我は疎まれた。

父上の生前のみならず、その死後までも。


良将が早世したとき、国香の胸に一瞬、黒い喜びがよぎった。

岳父・源護らと共謀し、隣接する下総の利権を手に入れた。

――これで下総が、我が物となった!

だが、その期待は裏切られた。

帰郷した将門に、執拗に追及され、咎められた。

「叔父上、それは道理に合わぬことだ。」

あの時の将門の眼――

あの左眼だけは忘れられぬ。

――我の心を見透かし、侮蔑した眼だ。


さらに悪いことに、一度は手にした下総の利権すべてを失った。

京の忠平卿の力添えによって、将門が良将の正式な相続人とされたのだ。

――まさか、卿の助成など取り付けて、手にした財と利を召し上げるとは……

京で忠平卿の愛顧を受けて帰郷した将門を、国香は心の底から憎んだ。

――この我が欲したものすべてを奴は得ている。

何故だ……。


当初は何も咎めなかった良兼でさえ、兄である国香を見下すようになった。

「早々に貞盛に家督を譲り、悠々自適に過ごされたら良いのではないか。

兄上は、卿に逆らってまで利が欲しい、というわけでもあるまい。

欲深にも程というものがあろう。」


――甥に咎められ、弟にまで侮られ、……我は一体、何なのだ。

嫉妬と憎悪が、平国香という男をここまで駆り立てた。

この怨念が「言霊」となり、甥たちに密業を唆し、やがて自滅を招く愚行へと誘ったのである。


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