第八章 坂東に立つ風 【5.焼け跡に立つ風】
【5.焼け跡に立つ風】
真冬の風は、まだ血の匂いをわずかに含んでいた。
筑波嶺から吹き下ろす強い風が、焼け落ちた館の跡を容赦なく吹き抜け、灰を巻き上げ、黒い木片をぱらぱらと崩れ落とした。
その風は冷たく鋭く、まるで怨念の残滓を削ぎ落とすかのようであった。
将門は馬上から、炭化した梁を見つめた。
黒く焦げた木片が、冬の風に吹かれて舞い散る。
「将門様……源護の郎党が、昨夜この村を荒らしていきました……」
村人の声は震えていた。
吐く息は白く、肩は寒さと恐怖で揺れている。
将門は静かに頷いた。
「……源護は、まだ近くに潜んでおる。」
野本の細道で源氏の兵を殲滅した将門軍は、源護の行方を追って、源護の隠れ家と目される村々を次々と捜索した。
抵抗する者があれば討ち、匿う村があれば焼き払った。
それは、将門の本意ではなかった。
(だが、怨火を断つためには、時に冷酷な風ともならねばならぬ。)
冬の風が、将門の頬を切るように吹きつけた。
筑波おろしは、戦場の匂いを遠くまで運び、村々の噂をさらに広げていった。
村人たちは怯え、遠巻きに将門軍を見つめていた。
若い母が子を抱きしめながら震えていた。
「野本で戦った敵兵は皆殺しだそうだ……」
「源護の三人の子は悉く討死したとか……」
「平国香殿は、館ごと焼かれたと聞く……」
「源氏を匿った村々を悉く焼いたらしい……」
民の声は、畏敬と恐怖が入り混じっていた。
平将門は、英雄であると同時に、“恐ろしい風”でもあった。
冬の風が吹くたびに、枯れた稲が揺れ、噂が揺れた。
「黒鎧の百騎を従えた鬼が来たらしい……」
「黒い大鎧、七尺を超える偉丈夫だった……」
「矢が雨のように降ったが、将門様には一本も当たらなかった。」
民の声は、筑波おろしに乗って広がり、やがて坂東全土を包み込んでいった。
英雄の名は、恐怖とともに語られ、恐怖の名は、英雄の輝きとともに語られた。
村々の道には、黒鎧の騎馬武者の蹄跡が残り、堰の争いで荒れた田畑には、ようやく静けさが戻りつつあった。
だが、その静けさの奥には、新しい時代の胎動が確かにあった。
坂東諸侯に、平将門の信望と脅威が轟き始めたのは、まさにこの頃である。
冬の風は、怨火の跡を吹き払いながら、坂東の地に新たな時代の匂いを運んでいた。




