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将門炎舞記 中巻  作者: 浮島太郎


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第七章 家門の重器 【4.境火の兆】

【4.境火の兆】(さかいびのきざし)


雪解け水が春の陽を受けて白く光り、その音は、どこか落ち着かぬ調子を帯びていた。

その日、大国玉の村では、平真樹の命で堰の修繕が行われていた。

「これで水が田にも戻りましょう」

「急げ、日没までには仕上げるぞ」

村人たちの顔には、長い渇きから解放される安堵が浮かんでいた。


だが、その安堵を裂くように、谷の向こうから怒号が響いた。

「大国玉の者どもよ、今すぐにその手を止めよ!」

山風を切って現れたのは、真壁石田の若者たち十余名、手には槍、腰には太刀や山刀。

その先頭に立つのは、源護の長男・源扶みなもとのたすくであった。

「その堰は我ら源氏のもの。勝手に手を入れるは、山の理を乱す行いよ!」

村人たちがざわめく。


真樹は一歩前に出た。

「――扶殿、

水は田を潤し、命を繋ぐもの。山の理も大地の理も共に守らねば地脈が歪む。」

源扶は鼻で笑った。

「理など知らぬ。山の流れは山の民が決める。それが古来の掟よ!」

その言葉は、谷に響く雷のように重く落ちた。


真樹は静かに首を振った。

「ならば、せめて話し合いの場を――」

言い終える前に、源扶は怒号を上げた。

「話し合いは終いだ! 山の理を乱す者は、討つ!」

その瞬間、源扶の郎党、石田の若者たちが一斉に駆け出した。


大国玉の村人たちは、鍬や鋤を手に応戦した。

「来るぞ!」

「守れ、堰を守れ!」

谷筋の狭い道で、両者は激しくぶつかった。


槍が鍬を弾き、山刀が鋤の柄を裂く。

土煙が舞い、水しぶきが飛び散る。

平真樹は太刀を抜き、源扶の前に立ちはだかった。

「扶殿、退け。これ以上は、双方に血が流れる」

源扶は歯を剥いた。

「血が流れねば、大国玉はわからぬか!」

郎党の槍が突き出される。

真樹は身を翻し、槍の柄を打ち払った。金属がぶつかる甲高い音が、谷に響き渡る。

真樹は、源扶の目に宿る“怨”の色を見て悟った。

(もう、理では止まらぬ)



戦いは短かったが、激しかった。

やがて、石田の若者の一人が倒れた。肩口に深い傷を負い、血が谷の水に流れ落ちていく。

「扶さま! 退きましょう!」

「これ以上は、危のうございます!」

石田館の者たちは、倒れた仲間を抱えて退いた。

源扶は悔しさに震え、真樹を睨みつけた。

「覚えておれ、大国玉の殿……この血、必ず返す!」

その声は、谷にこだまし、山の影を震わせた。


源扶の一行が去った後、谷には静寂が戻った。

だが、その静けさは、決して平穏ではなかった。

真樹は、倒れた若者の血が流れた水面を見つめ、深く息を吐いた。

(……これで、争いは“怨”へ変わった)


――水は流れ続ける。

だがその流れは、もはや清らかなだけではない。

谷筋の水音は、新たな戦の予兆を含んでいた。



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