表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
将門炎舞記 中巻  作者: 浮島太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/46

第七章 家門の重器 【3.水と山の怨】

【3.水と山の怨】(みずとやまのうらみ)


ある年の春、雪解け水が例年より多く、大国玉の田畑は水を欲していた。

真樹は、山裾の谷筋にある古い堰を修繕し、水を引こうとした。だが、その堰は、源護の祖父の代に築かれたものであった。堰は崩れかけ、水は山の奥へ逃げてゆく。

真樹は村人と共に修繕に取りかかろうとした。


その時、谷の向こうから馬の蹄音が響いた。

「大国玉の殿よ、その手を止められよ」

現れたのは、真壁郡石田の豪族・源護であった。

山風に揺れる松のように頑なな男で、その眼には山の民の誇りが宿っていた。

「その堰は、我ら真壁のもの。勝手に手を入れるは、領地を侵すに等しい。」

しかし、真樹もまた黙して退く男ではなかった。

「山の恩恵は、山だけが得るべきものではない。

――水は流れ、田を潤し、命を繋ぐ。

それを人の一族の利だけで縛るなど、大地のことわりに背く。」

真樹の声は静かであったが、その奥には、土地と人を守る者の揺るぎない意志があった。


源護の眉がぴくりと動いた。

この言葉が、源護の胸に火をつけた。

「理だと?堰は我らのものよ。山の流れを押さえるのは、山の民の務め。

欲しければ力で示してみよ。」

その言葉は、谷に響く雷のように重く落ちた。

真樹は黙して退かず、源護もまた一歩も譲らなかった。

この日を境に、両者の間には、深い溝が刻まれた。



初対立から数日。

谷筋の水路を巡る争いは、静かに、しかし確実に村々へ広がっていった。

夜ごとに、堰が壊され、田が荒らされ、牛馬が盗まれた。

「真壁の者どもが、また堰を塞ぎおった!」

「大国玉の若い衆が、山の木を勝手に伐った!」

互いの村人が睨み合い、田畑の境界で口論が絶えなかった。

真樹は、争いを避けるために何度も話し合いの席を設けたが、源護は頑として耳を貸さなかった。

「大国玉の殿よ。水は山のもの。山を押さえる我らが決めるのが道理よ」

その言葉には、代々の領地を守る執念が滲んでいた。

真樹は、村人を守るために太刀を抜くことも辞さなかったが、

同時に、争いを終わらせる道を探し続けた。

だが、

山と里の民の対立は、もはや小さな火ではなかった。

谷筋の風は、争いの匂いを運び、筑波山麓の村々に不穏な影を落とし始めていた。



ある夜。

大国玉の村で、堰を見張っていた若者が襲われた。

「真壁の奴らだ!」

「いや、大国玉が先に手を出したのだ!」

互いの村で怒号が飛び交い、

翌朝には、谷筋の道に血が落ちていた。

真樹は、倒れた若者の亡骸の前に膝をつき、静かに目を閉じた。

(……ここまで来てしまったか)

その背に、村人たちの怨嗟が重くのしかかる。

「殿、もう堪えられませぬ」

「真壁を討たねば、我らの田は守れませぬ」

真樹は、胸の奥に沈む重い石を抱えながら、ゆっくりと立ち上がった。


一方、真壁の源護もまた、自領の若者が傷つけられたと聞き、怒りに震えていた。

「大国玉を屈服させねば、真壁の未来はない」

その言葉は、もはや土地争いではなく、怨そのものだった。


こうして、筑波山麓の争いは、個人の意地や境界の曖昧さを超え、土地と一族の存亡を賭けた“怨の戦”へと変わっていった。


――そして、

この火種が、後に将門を巻き込む大きな戦へと繋がってゆくのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ