53.プライベート
遥がムッとして頬を膨らませたところで、哲央が口を開いた。
「リューノくんの加入が決まったし、親睦も兼ねて皆で飯でもどう?」
「わあ! いいね~!」
陣がすぐに頷いた。
「せっかくで悪いけど、俺はパス」
ギターを片付けながら、リューノは哲央の方を見るわけでもなく答えた。
「えー!」
残念そうな声を陣が出すとリューノは続けた。
「彼女がスタジオの入り口で待ってるんだ」
全員の視線がリューノに集まった。
「かの!」
遥は言いかけて、その先を喉の奥に飲み込んだ。
(そりゃーいるよねー)
「そうか。なら仕方ないな」
ささくれ立ったドラムスティックをケースにしまいながら、哲央は言った。
みんなでスタジオの外に出た。
「龍之介~」
一人の女性が手を軽く振りながら近づいて来た。腰まである長い髪が揺れる。
ミニスカートのスーツ姿ですらりと伸びた足にヒールのついたパンプスを履いている。
近くまで来ると、ふわりとした笑顔でリューノに微笑んだ。
「真理」
リューノも心なしか、真理と呼んだ女性に対して優しい目を向けているように見えた。
「バンド、どうなった?」
「入れてもらうことにした」
リューノは、そばにいた遥たちをチラッと見た。
真理と目が合った遥は、思わず深くお辞儀をした。
「あれ? MONDEって女の子いるの?」
リューノを覗き込むように真理は顔を近づけた。
(なんか……可愛い)
「ああ」
「ふーん、そうなんだぁ」
真理は、軽くリューノに触れてから、遥たちの方にやって来た。
「はじめまして。私、龍之介じゃなくてリューノの彼女の真理っていいます」
笑顔で軽く会釈をした。
揺れた髪から、ふわっと甘い匂いが香る。
(いい匂い)
「よろしく」
NOが一歩前に出た。
「リューノがお世話になります」
真理はNOに向かって、もう一度、頭を下げた。
(お、お母さんみたい……)
「こっちこそ、入ってもらえて良かった。いい刺激になりそうだ」
「真理、そろそろ行くぞ」
「はぁーい」
リューノは、こちらに軽く手を振ると真理と二人で夜の街に消えていった。
「なんかー、可愛い人だったな」
二人が消えた方を眺めながら、遥は感想を漏らした。
「彼女、いろいろと慣れてる感じだったな」
遥の独り言に反応するようにNOが言った。
「とってもお似合いだったね」
「うーん、でも紫門ちゃんが優勝でしょ」
陣が口を挟む。
「それぞれの好きな人が優勝でいいだろう」
ぼそりと哲央が言った。
「まー、そうだな」
NOが白い歯を見せて笑った。そして、続けた。
「リューノ帰ったし、みんなで飯は今度でいいよな」
「ああ、そうだな」
哲央が頷くとNOも夜の街へ消えていった。
「ねえ、僕たちはご飯食べようよ」
笑顔を浮かべた陣が遥と哲央の真ん中に入り、二人の腕に抱きついた。
「行くー!」
遥は抱きつかれていない方の腕を上げた。
「じゃあ、行くか」
「ファミレスに行こうー!」
陣は先頭を切って歩き出した。
「新メンバー決まって良かったな」
「うん。これで少し前に進めるね」
遥は哲央に笑ってみせた。
哲央も笑顔で頷いた。
ファミレスに着いて哲央が、順番待ちの紙に名前を書いた。
「すぐ入れそうだね。陣くん」
遥が隣の陣に話しかけると、ちょうど携帯電話を見ていた陣はとても嬉しそうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「あのね! 紫門ちゃんが今から会おうって! だから僕行ってくるよ!」
「えっ!」
「ご飯は二人で食べてね。ねっ、てっつん」
なぜか陣は哲央にウインクすると、急いで帰っていった。
「陣くん元気だねー」
「そ、そうだな」
しばらくして、二人は席に案内された。
「遥、何にする? 先に選びな」
哲央はメニューを開くと、遥の方へ向けた。
「てっつん、ありがとう」
「俺はとりあえずビール飲もうかな」
「でもなー……うーん……」
哲央は一人でぶつぶつ言っている。
遥はその様子をぽかんと眺めた。
「てっつん、どうした?」
「えっ! あっ! 俺やばい?」
大きく遥は頷いた。
「てっつん、いつも悩んでるの見ないから珍しい」
「はは、新しいメンバー入ったから緊張してんのかな」
頭を掻きながら哲央は目を泳がせた。
「え! 今ここにいないのに!?」
遥は目を見開いた。
「正直、男の俺から見てもかっこいいからさ」
「確かにかっこいいかもね。ドルチェのライブでも、ファンたくさんいたよ」
哲央は、少し前のめりになった。
「は、遥もああいうのがタイプか?」
「えー、わかんないよ。私、今、音楽に夢中だもん」
「あ、そうだよな。ピアノも始めたもんな」
哲央は納得したように頷いた。
「どうだ。少しピアノに慣れたか?」
「まだまだだよ。でもね、少しだけユキくんの音が見えた気がする」
遥はユキの音を想像して、ほほ笑んだ。
テーブルの上で、少しピアノを弾くマネをしてみせた。
「いいな。いつか遥の作った曲、叩きたいな」
テーブルに肩肘をつきながら、哲央は遥の指先を見つめた。
「うん。頑張るよ!」
二人はやっと料理の注文をした。




