51.接触
ドルチェのライブは、ファンの涙に包まれて終わった。
リューノの音は、最後まで前をしっかり向いているように感じられた。
「みんな、最後までありがとう……」
それでも最後の挨拶をするリューノの瞳はどこか遠くを見つめていて、ファンに向けられてはいなかった。
ライブ後、人のまばらになった会場に遥と陣は立っていた。
「はるちゃん、楽屋突入しちゃう?」
思わず持っていた紙コップが落ちそうになったのを、遥は寸前で止めた。
「えっ、なに言ってるの!? 関係者でもないのに!」
「対バンしたことあるって言えば、なんとかならないかな?」
スタッフの方をチラチラ見ながら、陣は少し笑ってみせた。
「無理! 無理! 迷惑だよ」
遥は必死に首を横に振った。
「やっぱり、ダメかぁ~」
舌をペロッと出して、頭を掻いた。
「はるちゃん、お腹減ったし、ご飯食べながら作戦会議しようよ」
「うん。私もお腹減った。行こう」
二人は、ライブハウスにほど近い料理屋に入った。
席に通されて椅子に座ると、遥は対面に座る陣の方へ、ぐいっと身を乗り出した。
「ドルチェ……ううん、リューノさん。ギター上手かったね! だけど……」
「だけど?」
メニューを見ていた陣は、視線を遥に向けた。
「あんなにファンいるし、MONDEに来てくれないよね……きっと」
メニュー越しの陣と目があった。陣はメニューを置いた。
「なんでファンが多いと来てくれないの?」
「だって、私……女だし……」
最後の方は、聞こえないぐらいの声になっていた。
「それは本人に聞いてみなくちゃ、わからないよ」
「そう、だけどさ……」
(陣くんは、前向きだな。すごい)
「問題は、どうやって連絡するかだね」
腕を組んで片方の手を顎に当てて考えている。
「陣くんって本当に尊敬する!」
「えっ!? 急にどうしたの? でも嬉しいな」
「だって本当のことだもん。ご飯頼もう! 私フライドポテトにする!」
運ばれてきた料理を口にしながら、二人は連絡する方法を考えた。
遥は、閃いたようにポテトをつまんだ手をかかげた。
「あ、ドルチェ宛に手紙書くのは、どうかな? 届けてくれるかも」
コーラを飲みながら、陣は首を傾げた。
「まあね、でも、それだと遅くなりそうだよ」
「だね……ハクくんなら、連絡先知ってるかな?」
「僕、聞いてみるよ」
陣は携帯電話からメールを打った。
食事が終わってもハクからの返事はなかった。
「うーん、今忙しいのかな。連絡ないね」
陣は携帯電話のメール画面を確認して、首を振った。
「仕方ないよ。そうだ! ムンボの掲示板にメンバー募集貼ってみようかな」
「うん! それいいね! このままムンボに行こうか!」
「行く!」
遥と陣はムンボへ向かうことにした。
店を出て新宿へ向かう道を二人は歩いた。
交差点を赤信号で待っている時、前方をぼんやりと見つめていた遥の瞳の端に見覚えのあるシルエットが映った。
(……!)
「じ、陣くん、あれ!」
そう言い残して、信号が青になった瞬間、遥は走った。
とにかく走った。
「あ、あの!」
目的の人物の腕に触れた。
その人が振り向いた。背中に黒いギターケースを背負い、一つに結わいた黒く長い髪がなびく。
「はぁ、はぁ……あの、リューノさん」
遥は息を切らせた。走ったせいか、緊張か足が震える。
リューノは、怪訝そうな顔をしている。
「えっと、私、ファンじゃないです!」
声を絞り出した。
それに対して、リューノはさらに顔をしかめた。
(あ、変なこと言っちゃった!)
慌てて両手と首を振った。
「あ! 違くて、うんと、MONDEに入りませんか!?」
遥はリューノを真っ直ぐに見上げた。
「はるちゃーん! 追いついた~」
陣が息を切らせながら、遥の元にやってきた。
「ふう~。早くておどろいちゃったよ」
陣の額から汗一つが落ちるのが見えた。
「ごめん。リューノさんが見えて、つい」
遥は陣を見てから、リューノに視線を移した。
「わっ! リューノくんだ!」
大きく口を開けて驚いた表情を浮かべた陣は、リューノの目の前に行くと、今度はいつものようににっこりとほほ笑んだ。
「僕たち、MONDEってバンドやってて、今、ギターを探してるんだ。ドルチェとは、前にムンボで対バンもしてるよ」
リューノは陣と遥の顔を交互に見た。
「……MONDE、ああ、そういえば対バンしたかな」
リューノは一瞬、黒い瞳で空を仰ぎ見てから、なんとなく頷いてみせた。
(あれ、ステージでは青い瞳だったのに……コンタクト外したんだ)
「僕たちGlass Crowのハクから、リューノくんのことを聞いて、今日のライブを見に来たんだ」
「もし、次のバンドとか決まってなかったら、一度一緒に音を合わせてみませんか?」
陣はメモ帳に何かを書き、それをリューノの手に押し付けた。
「これ、僕の連絡先。もしやる気になってくれたら連絡して」
「あの、あの新宿のMHってスタジオで、毎週金曜の21時から練習してます!」
リューノは、渡された紙をズボンのポケットに入れると、半分呆れたような顔をして去っていった。
リューノが見えなくなると遥は、大きくため息をついた。
「陣くーん、絶対に変な奴だと思われたよー!」
「そうかな? それよりムンボどうする?」
陣の質問に遥は小さく首を振った。
「今日はもう無理。疲れた……」




