50.召しませ、ドルチェ~!
スタジオ練習から2日後、遥と陣は新宿のライブハウスMAZEにやってきた。
すでに開場時間は過ぎているからか、地下に続く入口には誰もいなかった。
その代わりに、入口には大きなフラワースタンドが一つ立っていた。
赤と黒の大量の薔薇の中に、『リューノさん、お疲れ様でした』と『ビターな恋人たち一同より』と書かれたプラカードが付いていた。
(……ビターな恋人たち)
「花が出てる! ハクくんがおすすめなんでしょ? どんなバンドなのかな?」
遥は細い階段をゆっくりと降りた。
ここのライブハウスは、アーティストのポスターが規則正しく貼られていた。
階段の途中でポスターの中の人物と目があった。
「あ、ハク!」
遥と陣の声が被った。
思わず二人で「ふふっ」と笑った。
「めっちゃカッコ良く決めてるね」
陣がポスターのハクをつんつんした。
マシューを中心に、それぞれがポーズを決めたポスターが貼ってあった。
バンド名とライブの日程が載っている。
(ハクくんたちは、すごいな)
心がドクンと波打って揺れた。
遥は、そっとGlass Crowのポスターに触れた。
(友達だけど……)
「はるちゃん、こっちにはこの間観た、NEMOFiLAのポスターもあるよ」
陣の指さした方には、青い花に囲まれ、愁いを帯びた表情で手に青い花束を持つタンジンたちのポスターがあった。
「……みんなすごい」
ぽろりと本音が漏れた。
陣はポスターのタンジンから遥へ顔を向け、少し首を傾け微笑んだ。
「僕たちのポスターもいつか貼りたいね」
「うん」
「そのためには、今はメンバー探しだよ! ほら行こうー!」
二人は階段を降り、受付でチケット代を払うと、フロアに入っていった。
フロアに入ると、かなりの人で埋め尽くされていた。
遥と陣は、空いている場所にそっと入った。
「すごい! たくさんファンがいるんだね」
遥は辺りを見渡しながら、そっと陣に耳打ちした。
「うん。ワンマンだもんね。本当にたくさんいるねー」
「どんなバンドなのかな。ライブ観るの楽しみ」
「僕ね、なんか知ってる気がするんだ。今日のバンド『ドルチェ』って……」
陣は腕組みをして、少し考えているような顔をした。
「えっ、『ドルチェ』! それって、前に対バンしてるよ!」
遥の脳裏にユキのいた楽しかったライブの思い出が蘇る。
ムンボのスモークと汗の混ざった匂い。思わず右手がSplashのコードをなぞる。
(あの時、ファンと話してたバンドが確か、ドルチェ……)
「あ! そうだね! ファンの子たちと話してた!」
陣も思い出したように手を叩いた。
「やだよー! リューノさん、辞めちゃうなんて!」
「私も辛いよー」
「はー、今日で最後なんて信じられない……」
どこかから声が聞こえてきた。
遥と陣は、顔を見合わせた。
「リューノって人が辞めるんだね」
「ギター二人いたよね。確か」
こそこそと耳打ちをした。
(ちょっと、こんなにたくさんのファンが嘆いている人が、来てくれるかな……)
遥はライブを観る前から、心がすっと冷めていくのを感じた。
照明が落ちると、すっと幕が開いた。
ファンのボルテージが一気に上がる。
前方にファンが押し寄せる。
SEが鳴り、メンバーが一人ずつ登場した。
ドラム、ベース、下手ギター、どの声援も揃っていて大きい。
上手ギターが登場した。ゆっくりとした足取り。
切れ長の青い瞳。長い黒髪を一つにポニーテールにしている。
ステージの中央で腕を広げた。
青い瞳は、どこか遠くの一点を見ているようだった。
「リューノ!!」
「リューノ!!」
「好きー!」
割れんばかりの声援が、フロア中を揺らす。
(この人がリューノ)
遥は思わずショルダーバッグの肩紐を強く握った。
(ただ立っただけなのに、圧が……)
最後に茶髪のボーカルが登場した。
少したれ目の甘いマスクの男性だった。
「あめちゃ~ん!」
「可愛いぃ!!」
リューノと同じぐらいの声援があがる。
あめちゃんは、たれた目をますます垂らして微笑んだ。
「召しませー」
あめちゃんの言葉に続くように、「ドルチェ!」とフロアから声が上がる。
「僕らと甘~い時間を過ごそうね!」
ドラムのバスドラが鳴ると、アップテンポな曲が始まった。
ファンたちは右手を上げ、リズムに合わせて揺らしている。
遥と陣は、すかさず右手を上げると前の人に合わせて腕を揺らした。
遥の視線はリューノに注がれた。
リューノは相変わらず、どこか遠くを見ている。
指がしっかりと弦を押さえ、ピックが弦を正確に弾き、綺麗な音を響かせる。
(この人、音はしっかりみんなの方を向いてる気がする)
ライブはどんどん進んでいく。
ファンの髪が、左から右に綺麗に流れる。
(痛っ!)
遥は途中でテンポを間違えて、見事に隣の人の髪の毛を顔に浴びた。
(むー、|DOLL THEATERの曲なら合わせられるのに!)
リューノは、頭を激しく振り演奏している。ポニーテールが鞭のようにしなる。
(あんなに頭を振ってるのに手はブレてない!)
「はーい! ここまでノンストップだったけど、ちゃんとドルチェ味わえてる?」
「味わえてるぅ!!」
「それじゃ、ここでメンバー紹介ティータイム! いくよー!」
メンバー紹介が始まった。ドラムから順番に紹介されている。
その間、他のメンバーは紹介されているメンバーを見て、突っ込みなど入れていたが、リューノは一人フロアに背中を向けて水を飲んだり、ギターを確認したりしていた。
(仲、悪いのかな……)
「さてさて、お次は今日の主役、リューノだね」
あめちゃんがリューノの近くにいくと、さすがにリューノも前を向いてマイクの前に立った。
「ビター担当、リューノです」
淡々とした声で、それだけ告げた。
「……ふっ」
笑いそうになるのを遥は下を向いてこらえた。
(び、ビター担当……)
「リューノ、今日でやめちゃうじゃん~」
あめちゃんの声を合図に、
「辞めないで!!」
「やだよー!」
ファンたちから悲鳴が上がった。
「ほら、みんな悲しんでるよ。あめちゃんもえんえんだよ~」
あめちゃんは、泣く真似をしてみせた。
「はい、今日で辞めます。すみません」
また、どこか遠くを見つめていた。
「もう本当にリューノはビターなんだから」
あめちゃんは、軽くリューノの背中を叩くと、自分の自己紹介に移った。
(なんか、この人に声をかけていいものか……)
遥は、最後までライブを見届けた。




