44.休息2
遥と陣が楽屋の扉をノックすると中から扉が開いた。
髪の中央が少し黒くなったホワイトシルバーの頭がひょっこりと現れた。
「陣! 遥!」
「ハク―!」
遥と陣は同時に叫んだ。
三人はハイタッチを交わし、ぎゅっと抱き合った。
「お前ら相当だな!」
三人の様子を見ていたマシューが、驚いたような呆れたような声を漏らした。
「楽しそうでいいじゃない」
カナタが聖母の微笑みでハクたちを見守っている。
「パス出してくれて、ありがとうございます」
ハグが終わると遥は、ハク以外のGlass Crowのメンバーに向かってお辞儀をした。
陣もつられるように頭を下げた。
「今日はしっかりとライブを観て、勉強したいです!」
「ああ、しっかり見て。俺たち、すげーから」
赤髪のゼラが、髪と同じように赤いギターを磨きながら言った。
(ギターを大事にするところ、ユキくんと一緒だ)
「はい! しっかり見ます!」
「僕もしっかり見るよ! だ・け・ど、その前に差し入れ持ってきたよ~!」
陣は自分のリュックサックから、紙袋を出した。
「おっ! なにを持ってきてくれたの?」
ハクが目を輝かせて紙袋を見つめている。
「スノーボールクッキーだよ。今食べても、持って帰ってもいいように個別包装してきたよ」
陣は紙袋から、丁寧にラッピングされたクッキーを取り出した。
「おっ! 美味そう」
今まで一番奥で黙って譜面を見ていたヒカルが身を乗り出した。
「食べて、食べて。美味しいよ」
陣はラッピングされたスノーボールを渡した。
ヒカルは受け取るとバリバリとラッピングを開けて、雪のような塊一つつまみ、ポンと口の中に入れた。
――もぐもぐ。
「んぐっ!」
ヒカルの目が大きく見開かれた。
続けてもう一つ、口にほおばる。
「なんだこれ。うめー」
あっという間に、全部食べ切った。
陣はその様子を、頬を緩ませながら終始見ていた。
「でしょー? 僕の手作りだよん」
陣は遥たちにもクッキーの包みを配った。
遥もさっそく一つ食べてみた。
サクッとしているのに、その後すぐにほろっと溶け出す。優しい甘さが口の中に広がった。
「美味しい!」
「僕、調理師免許持ってるからね」
「陣くん、すごいなぁ」
「ふふ、実家がケーキ屋だから、CANVASLAYの頃は調理の専門学校行ってたんだよ」
「そうなんだ!」
(みんな凄いな……少しだけ羨ましい)
遥は、少し視線を下げた。
それと同時にハクが時計を指さした。
「そろそろNEMOFiLAが始まるよ」
「NEMOFiLA?」
遥は首を傾げた。
「今日の対バン。最近、一緒になること多いんだ」
ハクは、スノーボールクッキーをほおばりながら答えた。
「世界観がすごくて、演奏も上手いから観ておくといいかもね」
カナタが遥と陣の顔を交互に見ながら言った。
**NEMOFiLA&Glass Crow**
遥と陣は楽屋を後にして、フロアの二階にある関係者席に行った。
ここからだと、フロア前方とステージを見下ろすことができた。
「関係者席って、なんだか少し緊張しちゃう」
遥は、もじもじと肩を揺らした。
「わかる。ムンボは関係者席ないもんね」
SEが消え、フロアの明かりが落ちた。
一瞬の静寂。
二人は話すのを止めてステージに視線を向けた。
静かに幕が開いた。
青と白のライトが静かにメンバーたちを照らす。
メンバー四人とも俯いている。
フロアからメンバーを呼ぶいくつもの声が響く。
ライトが交差して揺れる、バスドラが一音。
蕾から花が開くように、メンバーが顔をゆっくり上げた。
儚げな視線をフロアに向ける。
――ッツ!
遥の背筋が震えた。
同期演奏でピアノの旋律が流れ、腰まで伸びた銀色の髪に一筋青のメッシュのギタリストがギターの音を重ねる。白の世界に青が溶け合う。
鴬色の髪の男性が奏でるベースと深い青色の短髪のドラマーのドラムの音で輪郭が浮かび上がる。
最後に中央に可憐に立つ茶髪の青年が、ギターを弾きながら歌い出した。
儚げだった瞳が歌った途端に、光を灯しはっきりと前を捉え、小さめな体からは想像できない凛とした声が響く。
ギターを弾くたびに、わずかに左を見る。そのたびに、長い髪が流れて、ネモフィラの花が遅れて揺れる。その動きさえ、計算されたように美しかった。
♪――いる いらない
♪――いる いらない
遥はいつの間にか吸い寄せられるように、体が前のめりになっていた。
息を吸うのも忘れて目も耳も、感覚すべてが、NEMOFiLAに釘付けになった。
♪――私は まだ 美しい?
首を傾げると茶色い長い髪が揺れる。髪に付けたネモフィラが一つ。ステージに落ちた。
(――きれい……)
歌い終わると、一言。
「……NEMOFiLAです」
それだけ言って、すぐ次の曲に入った。
青、紫、白、緑、美しいネモフィラが咲き乱れるような音だった。
気づいた時には、NEMOFiLAのライブが終わっていた。
(なにこれ、なにこれ……)
足の先から頭のてっぺんまで、ぶるっと震えた。頭の中で先ほどのNEMOFiLAの音とビジュアルが蘇る。
「ちょ、ちょっと、陣くん! やばいよ! やばいよ!」
上手く言葉にならなかった。しきりに幕の下りたステージを指差しながら同じ言葉を発した。
「カナタくんの言ったとおり、世界観が完成されてたね。演奏も上手かったね~」
陣も目を輝かせている。
「お友達になれるといいね。はるちゃん」
陣はにっこりした。
(???)
「ん? お友達?」
「むふふ。楽しみにしててね」
陣は、含み笑いをしながらピースサインを作った。
(???)
フロアの照明が落ちた。いよいよGlass Crowが登場する。
幕が上がると、ステージには割れんばかりの声援を受ける、自信に満ちたメンバーがいた。
(……)
遥は奥歯をぐっと噛んだ。
ハクがライトに照らされて、ホワイトシルバーの髪と共に全身が輝いて見えた。
ヒカルがバスドラを鳴らした。地面から振動が身体に伝わり、それにハクのルート音が空気を震わせる。
ゼラのリードがフロアに広がり、カナタのギターがその隙間を埋めるように鳴り響いた。
そして、マシューが歌声を乗せると、フロアのボルテージが最高潮に高まった。
荒れ狂う竜巻の渦にファンも遥も飲み込まれていく。
鼓動は早鐘のように打ち響き、彼らを観ていたいのに足が震えて立っているのがやっとだ。
(やっぱりすごい!)
遥は関係者席から、いつの間にかファンと同じように腕を振り上げていた。
ライブ終演後、遥と陣は再び楽屋に足を運んだ。
二人が楽屋の扉を開くより先に扉は開き、NEMOFiLAのメンバーたちが楽器を持ち中から出てきた。
遥はライブでのNEMOFiLAが頭を掠め、身体が震えるのを感じた。
通り過ぎていくメンバーに、軽く頭を下げるのが精一杯だった。
(これじゃ、単なるファンみたい)
息を吸った。手をぎゅっと握って、遥は振り返った。
「NEMOFiLA、心が震えました!」
メンバーたちに向かって叫んだ。
メンバーたちは全員足を止め、遥の方を向いた。
「ありがとう」
ベースを弾いていた鶯色の髪の青年が、穏やかに微笑んだ。
他のメンバーも、それに続いてお礼を言った。
歌を歌っていた茶髪で小柄な青年だけは、軽く会釈をしただけだった。
「本当に会場にネモフィラの花が咲いたみたいだった」
陣が笑顔ですっと入ってきた。
そして彼らの前に行くと、鞄から先ほどGlass Crowたちにも渡していた、ラッピングされたスノーボールクッキーを配り始めた。
「お近づきのしるしに、これどうぞ」
容赦なくポンポンと渡した。
「え? あ、ありがとう」
「ふふ、僕たちもね、バンドやってるんだ。いつか対バンできるといいね」
陣はにっこりと微笑み茶髪の青年の前で止まった。
遥は、彼が一歩後ずさるのを見た。目は完全に泳いでいた。
「歌、とっても上手かったね。僕、聞き惚れちゃったよ」
「あ……とう」
わずかに口が動いた。
「ねえねえ、名前なんていうの? 僕は陣だよ」
茶髪の青年がビクッと震えた。他のメンバーも驚いた顔をした。
「……じ……ん」
「なんとびっくり! 本名は仁っていうんだ。NEMOFiLAとしてはタンジン」
見かねたような顔で、銀髪の青年がタンジンと呼ばれた青年を指さした。
陣は、キラキラした目でタンジンを見つめた。
「ちなみに俺はスイ」
スイは自分を指さした後、鶯色の髪の青年をシグレ、短髪の青年をヨルだと教えてくれた。
そして、また視線は遥に集中した。
「……MONDEの遥です! よろしくお願いします」
大きな声で自己紹介をすると、思い切り頭を下げた。
「MONDEって、ああ……」
シグレはなにかを思い出したように、口を開きかけたがすぐにバツが悪そうな顔になった。
(……知ってるんだ)
遥は、視線を落としかけたが、息を吸い込むと前を向いた。
「MONDEは、絶対戻ってきます!」
叫ぶように宣言した。
「僕たち戻ってくるから、楽しみに待っててね!」
陣はにっこりと笑った。
(陣くん、ありがとう)
「……」
タンジンは、遥と陣を上目遣いで、じっと見つめてから「……うん」と頷いて、帰っていった。
「ありゃりゃ。帰っちゃった」
陣は肩を落とした。
NEMOFiLAを見送ってから楽屋に二人は入った。
「お前ら、しっかり宣言してたな」
衣装を脱いでいる最中だったマシューが、ほくそ笑んだ。
「ううっ、思わず言っちゃいました」
遥は、マシューの汗が滲む筋肉質な上半身から視線を外した。
「まあ、いいんじゃないの?」
「でもなかなか作曲が難しくて……」
遥は溜息を漏らした。
「作曲だって、ゼラ、カナタどうよ?」
マシューはタオルで汗を拭きながら、二人に目を向けた。
カナタはマシューからの視線をパスするように、目尻を下げてゼラを見た。
「ん~。まあ、好きなように作ればいいんじゃね?」
スノーボールクッキーを頬張りながら、ゼラはなんでもなさそうに言った。
「……」
困った顔を隠すように、遥は口角を上げた。
「ゼラは、ギターとピアノで曲を作ってくるよ」
私服に着替え終わったハクが付け足した。
「ピアノ? ゼラさん、ピアノ弾けるんですか?」
遥は目を見開きゼラを見た。
「ああ。小さい頃からやってたんだ。今となっては親に感謝だな」
「ピアノ……」
遥は、小さく呟いた。
(ああ……)
ビクッと身体が動いた。
遥の中で、小さな光が生まれた。




