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MONDE ー光を鳴らす物語ー  作者: ぽちな
第二部 音の礫ー第一章 休息
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42.四人のMONDE

結局、来週のライブでMONDE(モンド)は、しばらく活動休止になった。

反論したかったけど、できなかった。



家に帰ると狭い部屋で一人、布団の上に横になった。

薄い壁の向こうから車が走る音が聞こえる。

天井の木目をじっと見つめていたが、MDプレイヤーに手を伸ばしイヤホンを耳に差した。

ユキの音が遥の中に入ってくる。


(早く曲を作らなくちゃ。ユキくんが、ユキくんの音が消えちゃう……!)


がばっと起きて、右手を庇うようにゆっくりと左手でギターを取り出した。


指に弦が触れる。


――!!


「ひゃっ!」


思わずはるかは飛び上がった。弦に少し触れただけで、ズキンと指先から重い痛みが広がる。呼吸が荒くなる。


「うっ、痛いよー」


遥は右手を押さえ、床を転がった。悶えながら、痛みが引くのを待つ。

じわじわと、刺すような痛みは痺れへと変わっていく。頭の中が真っ白になった。


(やばい……本当にギターが弾けなくなるかも)


その事実に気づいた瞬間、焦りが一気に押し寄せた。

痛みと一緒に、涙が滲む。


それでも、ユキの音を聴くのを止めることはできなかった。



次の日、遥は会社を休んで病院に行った。

消毒液の匂いがやたらと鼻につく診察室で治療を受けた。


「数日はギターを弾くのは控えてね」


医者にそう言われ、遥は力なく頷いた。



そして、ギターに触れぬままライブの日を迎えた。


MOON BOX(ムーンボックス)までの道に生える木々の葉も落ち、木枯らしが吹く。

厚いコートに身を包みギターを背負った遥は、ムンボの鉄の扉の前に立った。

治ったばかりの指先で、鉄の扉にそっと触れる。


「わ! 冷たい」


扉は、氷のように冷えていた。


(また演者として、来れるよね……?)


遥は扉を開き、たばことスモークの匂いのする階段を降りた。



他の出演バンドに挨拶をしながら楽屋に行くと、MONDEのメンバーはすでに来ていた。


「あ! はるちゃーん! 指大丈夫?」


遥の顔を見るなり、じんが駆け寄ってきた。


「ギリギリ治ったみたい」


腫れと傷のなくなった指先を見せると、陣はほっとしたように笑った。


「良かったね。僕、ずっと心配だった」


「そうなのよ。陣くん、ずっと遥ちゃんのこと、心配してたわよ」


メイク道具を抱えた紫門しもんが陣の後ろからやって来た。


「本当に治って良かった! でも無理しちゃだめよ」


ふんわりとした笑顔を浮かべて遥の頭を優しく撫でた。


「二人ともありがとう」



遥はギターケースを下ろすと、チラッと哲央てつおNO(ノウ)を見た。

二人は遥を気にすることなく、それぞれが準備をしている。


小さく息を吸った。足取りが重い。


「てっつん……NOくん……」


震える手を握りしめ、二人を見つめる。


「迷惑かけて、ごめんなさい!」


勢いよく頭を下げた。


「指、治ってよかったな」


哲央が穏やかな声で言う。


「今日で一旦休止だけど、誰も辞めるなんて言ってない」


NOは腕を組み、真剣な顔を遥に向けた。


「一人で暴走するな。スタジオリハできないまま、今日を迎えることになっただろう」


あまりの正論に遥は、何度も頭を下げることしかできなかった。


「ごめんなさい……」


「まあ、NO、もうそのぐらいでいいだろう」


哲央が止めに入ってくれた。


「ごめんなさい」


「謝ってばかりいるけど、俺の言いたいことは、みんなに迷惑かけるなと自分を大事にしろってこと」


「うん」


「哲央や陣、俺だってユキの音は届けたい」


哲央と陣も頷いて遥の方を見た。

NOは、一瞬目を伏せ声のトーンを落として続けた。


「でもな、俺たちはもう四人なんだ」


心の中にすーっと冷たいものが落ちた。現実を突きつける言葉に遥は耳を塞ぎたかった。


「……うん」


(みんなも辛いんだよね……)


「NO! ライブ前なんだし、もう終わりー」


陣がつかつかとやってきて、遥の腕を引くと反対側のヘアメイク台の前に連れてきて、椅子に座らせた。


「はい。紫門ちゃんお願い」


「まかせて! 遥ちゃん、男装スタートよ」


そうして紫門の手によって遥は『MONDEの遥』になった。


MONDEの出番が来た。

楽屋では、出番前に恒例の円陣。

みんなで腕を伸ばし拳を出して、くっつける。


(一つ足りない拳……)


リーダーの哲央がいつもより大きな声で言った。


「正直、今日が正念場だ。光を消すな! 鳴らそう俺たちの世界!」


「おっし!」


四人は気合いを入れた。

ステージに向かう直前、哲央がすっと遥の側にやってきた。


「今日はさ、俺がユキの音をきちんと守るから、遥は自分を信じて前向いて演奏しろよ」


哲央は親指を立てて見せると、そのままドラムの方へ走っていった。


(てっつん、ありがとう)


「ちょっと僕、緊張しちゃうかも。今日、上手にいるよ!」


陣はいつもの下手中央の一歩後ろの位置から、今日はユキのいた上手に移動している。


(陣くんはユキくんの場所を守ってくれてる)


遥は目を閉じて深く息を吸い込んだ。

ステージの上は、スモークと熱を持った機材の匂いが混ざっていた。

閉じられた幕の向こう、フロアからはファンの子たちの期待に満ちた声が漏れ聞こえてくる。


(もうじき幕が開く)


指先がわずかに震えて弦を揺らした。鈍い音が鳴る。


その瞬間SEが止まり幕が開いた。

歓声が爆発する。


「ヴォ―! NO―!」

「きゃー! 陣くーん!」


赤、黄、白のライトが幾重にも重なって遥たちを照らす。


「あれ? ユキくんは?」

「なんで陣くんがこっちに?」


フロアからは、すぐにどよめきが上がった。


困惑するフロアのファンを見て遥の鼓動がドクンと鳴った。

僅かにギターの入りが遅れた。

体に重いものがのしかかる。


「いくぞー!! お前らー!」


遥のそんな気分を振り払うように、NOがフロアを突き抜ける。


「今日は特別、こっちから行くよー!」


陣はぴょんと飛び跳ねて、笑顔で盛り上げる。


一気に空気が変わる。


ちらりと左後ろの哲央を見ると、器用にドラムを叩きながらMDを操作していた。


(みんな、すごい)


ドラムの振動とフロアからの振動が、足元からも空気からも伝わってくる。


(そうだ。今はステージなんだ。前を向かないと!)


遥は静かに自分自身に頷くと、真っ直ぐ前を向いた。


「遥さーん!」


遥を呼ぶ声援が聞こえる。

その声に答えるように、一音、一音、ギターを鳴らしながら前へ出た。



四曲目が終わった。

熱気に包まれたフロアには、ほのかに湯気が立ち上っている。

メンバーもファンも、髪の毛がべっとりと顔にくっついて、そこから汗を滴らせていた。


メンバーを呼ぶ声が会場中に響き渡るなか、NOがマイクを握る。


「ラスト一曲の前に、少し話をさせてください」


さっきまでの煽るようなNOの声のトーンは違いに、何かを察したフロアのファンたちは一斉に静かになった。


遥も自然と背筋が伸びる。


「えっと、見ての通り、今日ここにユキはいません」


NOは右手でマイクを持ち、左手を今陣の立っている方へ向けた。


左手に導かれるように会場中の視線が一気に陣へ向いた。

陣はばつが悪そうな笑顔を浮かべた。


NOは再び前を向いて両手でマイクを握った。

近くにいた遥は、NOが息を呑み込むのが分かった。


「……一ヶ月ほど前、ユキは事故で亡くなりました」


静かにNOの声がフロアに落ちた。


「いやだー!!」

「えっ、うそでしょ!」

「ユキくん!」


誰かの叫び声を皮切りに、たくさんの悲痛な叫びが上がった。


「俺たちも突然のことに心の持っていきようがありません」


――……。


「それに伴い、MONDEは活動休止に入ります」


「やだやだやだー!」

「いやだー!」


嵐のような悲痛な叫びが所々から上がった。


「でも、安心して」


NOは会場中を見渡した。


「俺たちは必ず戻ってくる。MONDEは、ユキの光を消さないから!」


力強いNOの叫びに会場から拍手が上がった。


遥も何か言いたかったが、飲み込んだ。


(……消さない)


「では、最後の曲です。Lumiere(ルミエール)


照明が青に染まる。

哲央がMDのボタンを押した。

ユキのアルペジオが流れ始める。

すすり泣く声が聞こえる。


(音が……)


NOがゆっくりと歌う。


――薄暗い空を貫いて 現れた光 


ファンのみんなは、ただ静かに聴いてくれた。


「小さな輝きでもいい 重なれば星になる 迷いも不安も抱えたまま それでも歩き出せばいい」


NOはまるで自分に言い聞かせるみたいに歌っていた。時折、声がかすかに震えて滲んでいた。


(そうだ。不安だけど歩くしかない)


「闇を照らすのは 完璧な強さじゃない 鳴らせルミエール 始まりの光よ」


(ああ……)


自然と涙が溢れ出した。弦を押さえる指が震える。


(もう無理はしない。でも鳴らすよ)


最後の音を鳴らした。

みんなの顔が霞んで見えた。


「ありがとうございました。絶対に戻ってくる! MONDEでした!」


NOの言葉と共に全員が一礼した。

叫び声と拍手が、幕が閉じた後も響き続けた。


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