39.失われた光
◆失われた光◆
――ドン! ドンッ!
「――ちゃん!」
ドン! ドン! ドンッ!
「はるちゃん! はるちゃん!」
どのぐらい経っただろう。
物音と自分を呼ぶ声で、遥の意識は戻ってきた。
玄関の扉を開けた。
そこには、声の主である陣と哲央、そしてNOが立っていた。
(……アレ?)
みんなひどく心配そうな顔で遥を見ている。
遥はきょろきょろと辺りを見回す。
(いない……なんで?)
「……ユキくんは?」
遥は首を傾げ、陣に聞いた。
「……はるちゃん」
陣が遥をぎゅっと抱きしめた。
「はるちゃん! はるちゃん!」
陣の温もりが遥の冷たい体を少しだけ温めた。
「……ねえ、……じ……ん、くん」
陣はさらに遥を抱きしめた。温もりが遥の体を伝わっていく。
「うっ、うっ……ユキくんが、信じないよー!」
陣の腕の中で思い切り叫んだ。
「まず部屋の中、入ろう」
NOは心配そうな顔で言った。
陣は遥を支えながら部屋に入った。
「……」
遥はじっとうずくまっている。
哲央は、すっと遥の隣に腰を下ろした。
「今日はさ、俺たちここにいるから」
「……」
「はるちゃん……」
陣も遥の隣に座った。
NOは、近くに腰を下ろした。
しばらく誰もなにも話さなかった。
――カチ、カチ、カチ
時計の針の音だけが、部屋の中に響く。
夜が深まった頃、NOがゆっくりと口を開いた。
「……ユキの家の人から、渡したいものがあるって言われた」
遥は一瞬、肩を震わせた。
「近いうちにユキの家に取りにきてほしいって」
(嫌だ……、嘘だ、嘘だ……)
うずくまったまま、皮膚に爪が食い込むほど両手を強く握りしめた。
なにも考えられなかった。考えたくなかった。
今は、座り込むことしかできなかった。
それ以上、誰もなにも言うでもなく、陣、哲央、NOは、ただそこに一緒にいてくれた。
カーテンから漏れる光で目が覚めた。
遥の上には毛布が掛けられていた。
むくっと起き上がる。
布団でないところで寝ていたので、背中が痛かった。
「はるちゃん。おはよう」
陣が、眉毛を八の字にして遥を見つめた。
よく見ると、哲央とNOも部屋にいる。
そして、陣と同じ顔で遥を見ている。
昨日のことを思い出す。
「あっ、わ、たし……」
少し咽て、遥は喉を押さえた。
口の中がひどく乾いていて、上手く声が出なかった。
「お水、持ってくるね」
陣は、コップに水道水を入れると遥に渡してくれた。
貰った水を一口飲んだ。
喉を伝って、胃に流れるのを感じた。
遥はコップを握りしめながら、誰にともなく聞いた。
「……本当……なの?」
陣は、目を伏せた。
代わりに哲央が短く答えた。
「ああ」
――。
「あー、あーっ、うっ、うっー……」
涙が出てきた。とめどなく、ただとめどなく流れた。
「うっ、うっ、……」
遥からコップを離すと、陣は昨日と同じように遥を抱きしめた。
「な……ん、でー、うっ、うっ」
「辛いね。はるちゃん。僕も、辛くて、悲しいよ……」
陣も遥を抱きしめながら、震えて泣いていた。
「うっ、悲しいよ……。嫌だよ……うっ、うっ」
遥も陣を抱きしめた。二人はしばらく泣いた。
しばらくして、やっと落ちついてきた。
二人は抱き合うのを止め、ティッシュで涙を拭いたり、鼻をかんだりした。
「……ユキくんの家、行く……」
遥は、ぽつりと言った。
「ああ、みんなで行こう」
哲央が言うと、みんなも頷いた。
遥は膝を抱えて溜息をついた。
「こんなに辛いのに、お腹は空くんだね……」
「きっと、それが生きてるってことなんだよ」
NOが静かに言った。
軽く朝食を済ませると、みんなでユキの家に向かった。
ユキのアパートに着くと、どことなくユキに似た雰囲気の中年女性が迎えてくれた。
「来てくれて、ありがとう」
そう言った女性は、酷く疲れていて目の下が窪んでいた。
「この度は……」
遥たちは、お悔やみの言葉を言うと部屋の中に上がった。
玄関を入った瞬間、鼻を掠めた。
「あっ!」
遥は思わず声を上げた。
(ユキくんの匂い!)
部屋に入るとユキの香りが生々しいほどに感じられた。
(ユキくん、いる……)
「あまりに……急だったから」
女性は途切れ途切れに話し出した。
「葬儀が……終わってからの……連絡になってしまって……」
「いえ、知らせてくれて、ありがとうございます……」
NOが丁寧に返事をして頭を下げた。
「あの子……、一人暮らしだったから、」
ユキの母親は、部屋を見渡し、壁に立てかけられた白いギターに目を止めた。
「最近は、全然話さなかったけど……、音楽が……大好きだったのね」
「……ユキくんの……作る音楽は、どれも眩しくて……」
遥もユキの白いギターを見た。また、涙が頬を伝う。
「私にとって……最高の光……でし……た」
ユキの母親は、涙が頬を伝う前にハンカチで目元を押さえた。
「あの子のことを教えてくれて……、そう言ってくれて、ありがとう」
ユキの母親も遥も、ユキのことを思い出して泣きながら微笑んだ。
「……全部は家に持って帰れないから、もしよかったら何か持って帰ってほしいの」
「ありがとう……ございます」
遥はハンカチで涙を拭いた。
遥たちは、部屋の中をゆっくりと見渡した。
机。
アンプ。
譜面の束。
どれも、昨日まで使われていたみたいにそのままだった。
(ユキくん……)
机の上にノートが置かれていた。
表紙には『イメージノート』と書かれている。
遥はノートを手に取ると、ページの隙間から透明のケースが転がり落ちた。
慌てて、ケースを拾った。
指先が震えているのが、わかった。
――!
中には、白いラベルのMDが1枚入っていた。
マジックで走り書きされた文字。
遥は思わず息を呑んだ。
「新曲」
MDを持つ遥の手が震えた。




