36.対バン
◆対バン◆
影が伸び葉の色が赤く染まる。
LUMINOUSのライブから1年。
MONDEとしてのライブは、8回目を迎えた。
すっかりと慣れたMOON BOXでのライブ。
でも、今日はいつもと違った。今日は2マン。たった2バンドだけでの夜だ。
「陣―! 遥―!」
遥たちが楽屋に着くなり、先に来ていたハクが大げさに手を振りながら走ってきた。
「ハク!」
遥と陣が同時に声を上げ、三人でハグをする。
「今日は二人が嬉しい~」
ハクがうっすら涙を浮かべる。
陣がハクの頭を「よしよし」と撫でる。
それを見た哲央が、少し呆れた顔をした。
「数年ぶりに会ったみたいなのは、なんなんだ? お前ら、一昨日、3人で遊んだんだろう?」
「それはそれ、これはこれなの。てっつん」
「そーだよ。てっつん」
遥は哲央にぷくっとしてみせた。
哲央は、すかさず遥のほっぺたを指でつついた。
「ぶっ」
変な音を出しながら、ほっぺの風船はしぼんでいった。
「もう! てっつんってば!」
遥は、ぺしっと哲央の腕を叩いた。
「ごめん、ごめん。ぷぷぷ」
哲央は口を手で押え笑いを堪えながら謝った。
遥が哲央から顔を背けた先では、ユキはゼラとカナタと3人で話している。
「やっと対バンできて嬉しいな」
ユキはギターケースを置くと、笑顔を浮かべた。瞳の奥の煌めく光が宿っている。
「俺もだよ。今日を楽しみにしてた」
赤髪のゼラも、笑顔の奥に熱い炎が見えた。
二人は握手を交わした。
「ゼラね、とっても楽しみにしてたんだよ。ユキくんと、MONDEと対バンできるの」
長いプラチナブロンドの髪を耳にかけ、カナタは目尻を下げ微笑んだ。
(1年ぶりのGlass Crowとの対バン)
遥は、楽屋を見渡した。
哲央はいつの間にかNOと一緒に、Glass Crowのドラマーヒカルとボーカルのマシューと話している。
(MONDE全員、気合い入れて練習したんだ。負けない!)
遥は両手を握りしめ、一人静かに気合いを入れた。
紫門にメイクの魔法をかけてもらう。
「紫門ちゃんのメイク、本当にすごい」
鏡の前で遥は、顔を色々な方向に向けて自分を見る。
鏡に映る自分は、女の子から中性的な何かに見えた。
それだけで、少しだけ強くなれた気がした。
遥は、楽屋のモニターからフロアの様子を見た。程よく満員だ。友達同士で、楽しそうにお喋りをしている子たち。一人でじっと待っている子。色々な子たちがいる。
全員に共通しているのは、これから始まるライブへの期待に満ちた顔。
遥は立ち上がり、MONDEで円陣を組む。
哲央が言う。
「いいか。今日は特別なライブだ。でもいつも特別なライブだ」
哲央はみんなを見た。そして続ける、
「今日も鳴らそう。俺たちの世界!」
「おっし!」
遥は、ギターを持った。
MONDEのライブが始まる。
「今日は最初からぶっ飛ばしていくぞー!」
NOの掛け声に、フロアから空気を震わせるような歓声が上がる。
「スプラッシュ!!」
ギターの音が弾け、ベースとドラムの音が地面を揺らす。
(今日は楽しむ! MONDEのみんなと。ファンのみんなと!)
すでに背中に汗が伝うのを感じる。
照明が真夏の太陽みたいに遥を照らしている。
フロアでは飛び散る汗にタオルの花が咲く。
「みんなでジャーンプ!」
弾むような声で陣が煽る。
遥は負けないように、ギターを弾きながら高くジャンプした。
汗の粒が水しぶきみたいに飛び散るのが見えた。
指がずれて変な音が出たけど気にしない。
(今が最高ならいいんだから!)
全力で6曲を弾き続けた。
「次、ラストー!」
NOがマイクを両手で持ち、腹の底から声を出す。
「えーー!」
「やだー!」
歓声が上がる。
「みんな疲れたよな? 最後はしっとりいくぞ」
NOがフロアを隅々まで見渡す。
「Lumiere 始まりの光、聴いてください」
ユキが静かに言う。
照明が落ち、一筋光が当たる。
ユキの表情がふっと柔らかくなる。
――ポロン。
アルペジオで始まるユキのソロ。
――ポロン、ポロン。
遥は、静かに耳を澄ました。
そして遥のギター、陣のベース、哲央のドラムが加わる。
最後にNOの歌声が乗り、MONDEが完成する。
「薄暗い空を貫いて 現れた光
今は弱くても やがて広がり
すべてを覆い尽くすだろう……」
さっきまで飛び跳ねていたファンたちが、今は息を潜めてステージを見つめていた。
遥はゆっくりと弦を撫でる。
(鳴らせ Lumiere 始まりの光よ)
マイクが拾わない距離で、遥はそっと口ずさみながらユキを見た。
(ユキくんの音、私の光だ。)
そう思いながら音を重ねる。
最後のコードが響く。
音が消えた。
――。
フロアの奥から、拍手が一つ。
二つ、三つ。広がって、フロアを包んだまま幕は閉じた。
幕が閉じたのを確認して、遥は隣の陣と目を合わせた。
二人してにっこり笑う。
楽屋へ戻ると、流れる汗もそのままに、メイクが半分以上取れたユキが遥にハグしてきた。
「俺ら最高だった!」
ユキの汗の匂いと共に濡れた衣装が肌に纏わりつく。
ライブは終わったはずなのに、まだ体の中で音が鳴っている。
「うん! 最高だった!」
いつしか全員でハグをしていた。
私服に着替えた遥たちは、Glass Crowのライブを全員でフロア後方から見学した。
(初めて観た時は、ただただ飲み込まれた……)
SEが消え照明が落ちた。
ざわついていたフロアが、ゆっくりと静かになる。
幕が上がった。
照明は落ちたまま。
Glass Crowは誰も動かない。
フロアからも、音が消えた。
遥は思わず息を止めた。
――。
沈黙が音より重く空気を満たした。
隣で見ていたユキの息を呑む音が聞こえた。
――その瞬間、
マシューが祈りのようなシャウトをした。
ひとすじ照明が彼を照らす。
遅れてヒカルのドラムが炸裂した。
ゼラのギターが空気を切り裂き、ハクのベースがたたみ掛けてきた。
まるでフロアのファンを煽っているかのように、色とりどりの照明が激しく交差し辺りを照らす。
静かだったフロアから、堰を切ったように歓声が溢れ出す。
フロア前方にファンが集まる。
(音が全然違う!)
遥は目が離せない。空気から音が伝わって体が痺れる。
そんな中、遥が一番目を惹いたのは下手ギターだ。
カナタは、他のメンバーのような派手さはない。
でも、メンバーの動き、ファンの視線の流れ、全てを見ている。
(カナタさん、すごい)
遥の頭の中で、なにかが引っかかった。まだ言葉にはならないまま、ぼんやりと輪郭だけが浮かぶ。
(彼らの凄さが、前よりギターやベースが弾けるようになったからよりわかる。でも……)
遥は隣のユキを見た。ちょうどユキも遥を見た。
お互いの目が合う。
二人は笑顔で頷いた。
(大丈夫。私たち、ちゃんと前に進んでる)
遥は少しでもGlass Crowの音を吸収しようと、食い入るように演奏を見つめた。
ライブの熱を身体に残したまま、遥たちは打ち上げの席についた。
揚げ物と煙草とアルコールの匂いが混ざり合い、遥も陣も飲んでないのにほろ酔い気分になっていた。
「ハク、やっぱりすごい!!」
遥と陣は、ハクを取り囲む。
「えっ、えー。俺、すごくないよー」
首を横に振り、思い切り否定する。
「あんなに畳みかけるようなベース、弾くんだもん」
陣がハクの真似をする。
「うん、うん。ハク、すごーい!」
遥はしきりに頷いた。
そこにカナタとマシューがビールを片手にやってきた。
「お疲れ様」
カナタが目尻を下げて笑う。
(カナタさんのこの笑顔、好き。心がほころぶ)
「お疲れ。うちのハクがいつもありがと」
ビールを飲みながらマシューはハクの肩に腕を回した。
ハクは苦笑している。
「普通にみんなで仲が良いだけだよ。ね、はるちゃん」
陣はあっけらかんと言った。
「はい、そうです」
遥はいつの間にか背筋を伸ばして正座になっていた。
それを見たカナタが、クスっと笑った。
「マシューは背が高いし、彫りが深いから怖そうに見えるけど、楽しい奴だよ」
「あっ、別に怖いとか……」
遥はカナタとマシューを交互に見た。手に汗が滲む。
「ああ、そうなんだ。俺、人相悪いから、すぐ怖がられるんだ」
マシューは溜息を漏らす。
「えっ、あ、マシューさん、カッコいいと思います! 私は知らないですけど」
正座して真面目に言う遥を見て、みんなが一気に笑った。
「あははっ! 知らんのかい! 俺、振られたのかな」
「はるちゃん、良い言葉のパンチだね」
陣は遥に親指を立てた。遥は、少し首を傾げた。
少し離れた席で、ユキとゼラが向かい合って座っている。
テーブルの上には紙ナプキン。
そこにゼラが何かを書き、ユキがそれを見ていた。
「……その進行、面白いな」
ユキが言う。
ゼラは小さく笑った。
「でも、MONDEには合わない」
「だろうな」
ユキも笑う。
少しの沈黙。
「でも、お前の曲、好きだよ」
ユキが言うと、ゼラは少しだけ目を細めた。
「俺もだ」
それだけ言って、ゼラはビールを一口飲んだ。
遥はその様子を黙って見ていた。
(……あの二人)
きっと、もう分かっている。
言葉にしなくても、
音で勝負する相手だって。
その日、打ち上げで遅く家に帰った遥は、泥のように眠りについた。




