35.交差する光
◆交差する光◆
楽屋のドアが閉まる。
――。
「……届いてた」
低い楽屋の天井を見ながら噛みしめるように、ユキは呟いた。
白いギターを抱える腕が小刻みに震えている。
(ユキくん……)
「ああ、俺たちの音、誰かに届いてたな!」
震えるユキの背中に、NOがそっと手を置いた。
「そうだな。でも、この感動の続きは居酒屋でやろうぜ。俺、腹減った」
哲央の提案に、みんなは笑顔で頷いた。
MONDEメンバーと紫門を含めた6名で居酒屋での打ち上げ。
「MONDE、初ライブお疲れ様!」
哲央がビールを掲げる。
「お疲れ様―!」
哲央に続いて、全員がグラスを掲げ、グラスを優しくぶつけ合う。
カチ―ン。
哲央とNOは、一気にビールを飲み干した。
「うめー!」
口を手で拭いながら、哲央は遥が手に持つカルピスサワーを見た。
「酒、大丈夫か?」
「甘いから、多分大丈夫そう」
カルピスサワーを口に運ぶ。カルピスの甘さと遅れてお酒の重さが喉を抜けていく。
ほんの少しの量なのに、体が火照る。
「そっか。でも無理すんなよ」
「ありがとう。でも、せっかく二十歳になったし飲んでみる」
「僕も飲むよー!」
ビールをグイっと飲んで見せた。
「ゴホッ」
苦悶の表情を浮かべて、陣はむせた。
「もう! 陣くんは先週やっと二十歳になったばかりなんだから、無理しちゃダメよ」
紫門は心配そうな顔で、陣の背中をさすった。
「ごめん……」
陣は、苦笑いを浮かべた。
「僕、少し無理しちゃったみたい」
恥ずかしそうに、頭を掻いた。
そんな陣に紫門は、そっと囁いた。
「今日のライブでの陣くん、とてもカッコよかったわ」
陣はビールのせいなのか頬が赤くなった。
(陣くんと紫門ちゃん、なんかとっても仲いいな)
遥はまた一口、カルピスサワーを飲んだ。
「私、ライブとっても楽しかった!」
「俺も、楽しかった。自分もメンバーも、なによりフロアの人たちが楽しんでくれてるのが分かって、それが嬉しかった」
ユキは満足そうにビールを飲む。
「今日のライブで、もっと、もっと曲を作りたいって思ったし、ライブをやりたいって思った」
遥は頷く。
(ユキくんは、本当にすごいな)
「手ごたえを感じたよな。メンバーで同じ動きをした時、お客さんも同じ動きをしてくれたな。ああいうの、もっと増やしたい」
NOがたった今運ばれてきた新しいビールジョッキを手にした。
(同じ動き……。あっ!)
「いいと思う! みんなで出来る振りをやったら、いいんじゃない?」
遥は思い切って提案してみた。
カルピスサワーを持つ手に力が入る。
「振りか! いいね! 俺考えてみる」
NOは、二杯目のビールを飲み干した。
「NO、任せた! ライブも精力的にやっていこう」
力のこもった声でユキは言った。
――ブブブブ
遥の折りたたみ携帯電話が鳴る。
メールマークが光る。
(みこからだ!)
『遥、とてもかっこ良かったよ 衣装似合ってた! 私、MONDEのファンになった!! NOさん♡』
『来てくれてありがとう! みこの笑顔がしっかり見れたよ!』
『そういえば遥は、ユキさんに誕生日プレゼントあげたの?』
メールを見るなり、遥は急に携帯電話を見えないように隠した。
チラっとユキに目をやる。
『感謝の気持ちを伝えたいけど、なんか恥ずかしくてあげてない……』
『そっかー。でも感謝の気持ちなら誕生日でなくても、いつかあげたらいいと思うよ』
『ありがとう! うん。いつかね』
***
2回目以降のライブから、NOが考えた振りをメンバーみんなで取り入れた。
振りをしながら演奏するのは大変だったけど、みんな夢中だった。
数回のライブを経験した。
蝉の声が聞こえ始める頃になるとMONDEにファンが付き始めた。
7月初旬。今日は5回目のライブ。
遥たちがMOON BOXに到着すると、真昼の太陽が照り付ける中、他のバンドが機材を下ろしていた。
「あのー、すみません」
「リューノくーん」
その中をファンと思われる女の子たちが、茶髪の男性と黒い長髪の男性に恥ずかしそうに近づいて話しかけている。
(わっ! これが入り待ちってやつ!?)
遥はなぜだかドキドキした。衣装の入ったカバンを持つ手に力が入る。
「人気あるバンドなんだな」
哲央は遠慮なく、話しかけられたメンバーと女の子たちを見つめた。
(好きなメンバーと話したい気持ち、私、わかるけど……。なんだか、あの長髪の人、疲れた顔してる)
遥は複雑な気持ちで楽屋へ入った。
その気持ちは、衣装に着替えメイクが終わる頃には、すっかり忘れてしまった。
本番前の楽屋で円陣を組む。
そこから拳を前に突き出して隣同士でくっつけ、拳の円陣を作る。
リーダーの哲央が声を出す。
「今日も鳴らそう。俺たちの世界!」
その声で、メンバーたちも気合いを入れる。
「おっし!」
これがMONDEのライブ直前の定番だ。
ライブが始まる前は、やっぱり緊張する。
だから、遥はライブ前は何回か深呼吸をして息を整える。
そして、最後に一口、水を飲む。
そうすると、水と一緒に緊張が流れていく気がした。
(ふぅー)
ペットボトルの蓋を強く締めた。
(よしっ! 私は大丈夫!)
一音、音を出してから自分の位置についた。
幕が上がる。
「ヴォーー!」
「NO―! NO―!」
「ユキー!」
ヴィジュアル系特有のどすの効いた歓声が上がる。
フロアのファンが期待を込めた瞳で遥たちを見上げる。
(あの瞳、知ってる。DOLL THEATERを見ている私だ。)
幕が上がるたびに、人が増えていく。
そのたびに、誰かに自分たちの音が届いていると実感できた。
衣装にもだいぶ慣れた。周りを見回す余裕も、少し出てきた。
(音が届くって、楽しい! 一生懸命に弾く!)
今日も遥は、ひたすらに指を動かし音をフロアへ届ける。
照明が少し落ちる。
NOがマイクをスタンドから外して握る。
「次、ラストー!」
フロアのファンに向かって、NOが呼びかける。
すぐさま声援が上がる。
「うおー!!」
NOがタオルを頭上に掲げる。
「最後はこれ」
遥、ユキ、陣も笑顔でタオルを掲げる。
哲央はタオルを首にかけ、ドラムで煽る。
「わぁーー!」
「ヴォー!」
叫び声と共に、ファンも手にタオルを持つ。
哲央のドラムから始まる。
真夏の太陽のような赤と黄色のライトが、ステージを照らす。
「スプラッーシュ!」
NOが背中を仰け反らせながら叫ぶ。
それを合図に、弦楽器隊は演奏しながらステージすれすれまで前に出る。
Splashのメロディーに身体を震わせた、期待に満ちた眼差しのファンたちが見える。フロアから遥たちメンバーに向かって、何本も腕が伸びる。
――♪弾けたソーダみたいに 胸の奥が騒ぎ出す
理由なんていらない ただ 走り出したいんだ
隣で弾く陣と顔を見合わせ笑い合う。陽だまりの笑顔にべったりと前髪が張り付いている。照明の光を浴びて、輝く汗が滴り落ちる。
遥の顔からも汗が滴る。衣装の中も汗でびっしょりだ。でも、そんなの今は全く気にならない。
「みんなー、いくよー!」
陣がタオルを掲げる。
――♪Splash!
メンバーもファンもみんなでジャンプ!
「飛び散れ 衝動 止められない この鼓動
手を上げて 声を上げて 今をもっと鳴らせ」
NOの声がフロアを駆け抜ける。
ファンのみんなが笑顔を弾けさせ、タオルを掲げて振り回す。
汗の飛沫がライトに光る。
(本当に止まれない!)
ドラムの振動がまるで自分の鼓動みたいに、遥の体中を駆け抜けていく。
ギターソロでステージ中央に行く。同じく中央に来たユキと目が合う。
頷くことさえいらない。
ユキは流れる高音、遥は、少し荒いリフ。背中合わせでギターを鳴らす。
――♪Splash!
もう一回、全員でジャンプ!
遥はまた下手の自分の場所に戻る。
(ああ、私、今生きてる!)
――♪止まらない この瞬間を
一緒に行こう もっと遠くへ
ステージとフロアが一つになった。
飛び散る汗とタオルが空を切る音が、夏に溶けていった。




