34.MONDE
◆MONDE◆
季節は、まるで誰かがページをめくるように、秋の黄金色から冬の灰色になった。
その間、スタジオ練習は途切れず続き、新しい曲が完成するたびに、遥の指先は固くなった。
MONDE結成時に使い始めたスタジオも、もう日常の風景になっていた。
そして春の淡い桜色へと移った頃、衣装が完成したと紫門から連絡がきた。
メンバー全員で紫門の家に向かった。
こじんまりとしたマンションの小さな部屋に入った。
「わぁ~! 綺麗!」
衣装を見るなり遥は声を上げた。
そこには丁寧に刺繍の施された5人の衣装が並んでいた。
「ありがとう。かなりこだわって作ったのよ」
紫門は愛おしそうに衣装たちを見つめた。
そして、各々に衣装を渡した。
ユキは衣装を受け取ると、その見事な出来栄えに目を細めた。
「ありがとうございます。本当にすごいな。ブーツやアクセサリーもある」
「ふふ、アクセサリーは、僕が作ったんだよ」
陣が哲央のブローチを指さして、にやっと笑ってみせた。
「え、これ陣が作ったの!? すげー!」
哲央が、それを手に取った。
クリスタルで出来たブローチは、蛍光灯の光を受けて月みたいに優しい光を返した。
「僕、ちょっとすごいでしょ!?」
「ちょっとじゃねーよ。これ、売り物みたいじゃん!」
陣は、哲央の言葉に頬を赤らめて俯いた。
(陣くん、照れてる。陣くんって器用だな)
「みんな着てみてね。おかしなところあったら直すから」
遥は、部屋の隅で受け取った衣装に、そっと触れた。
銀色の糸で施された月の刺繍は、硬くてしっかりと存在感を放っていた。
ゆっくりと袖を通す。
コートは少し重かった。
その重みで、背筋が自然と伸びる。
ブーツの紐を結び、立ち上がる。
鏡の前。
そこにいたのは、LUMINOUSの頃の自分じゃない。
群青の中に、銀の月が浮かぶ。
(……私、MONDEだ)
身体が少し熱くなった。
振り返ると、全員衣装に身を包んでいた。
ユキが口を開く。
「準備は整った。みんなに俺たちのMONDEを見せよう!」
MOON BOX。
MONDEとしての初ライブは、やはりここだ。
数組が出る対バンライブ。
遥はムンボの入り口に立った。
「また戻ってこれたな」
ユキはムンボの看板を見つめた。瞳には強い光が宿っている。
あの日の晃の声が頭をよぎる。
――女がいるのが無理なんだ。
一瞬、足がすくむ。
(……でも、今は)
遥は、周りを見回した。
ユキがいる。哲央が、陣が、NOがいる。
大丈夫、今の自分は、あの時の自分じゃない。
「うん。私、やる!」
ギターケースを持つ手に力が入る。
MONDEのメンバーは、フロアへ続く階段を降りた。
紫門がスタッフとして参加してくれた。
順番にメイクとヘアセットをしていく。
遥は、仕上げにリップを引いてもらい、鏡を見た。
どこか中性的な、でも凛とした自分がいた。
「すごい! 私じゃないみたい!」
「違うわよ。これも遥ちゃん。MONDEの遥でしょ?」
鏡越しに紫門はウインクしてみせた。
「そうだ。私はMONDEの遥」
はっきりと口に出し、立ち上がった。
ライブ前、みんなで円陣を組んだ。
NOが拳を前に突き出した。
「初ライブ。気合い入れてこう!」
みんなも次々に拳を出した。隣と拳がくっついて、円になる。
陣が笑った。
「てっつん、締めてよ」
「えっ! 俺!?」
哲央は困り顔で隣のユキを見た。
「任せた。リーダー」
拳で拳を突っつく。
「わかった。みんな揃ってるな?」
全員が頷く。
「揃ってる」
哲央は上を向いて息を吸った。
それから、前を向いて全員を見た。
「よし。鳴らそう。俺たちの世界!」
「おっし!!」
みんなで声を上げた。
円陣が解け、持ち場につく。
遥は、青いギターを肩に掛けた。
ストラップが、肩に食い込む。
その重さで群青のコートの裾が、ふわりと揺れる。
降りた幕の向こうから、わずかにざわめきが聞こえてくる。
遥は優しくギターのラピスに触れた。
準備はできた。
SEが止んだ。
ピックを持つ指に力が入る。
(始まる!)
幕が開いた。
フロアには、まばらな人。
でも、最前には、遥の友達のみこと数名。
ライトがNOを照らす。ラメを付けたピンクラベンダー色の髪に反射して、まばゆく光る。笑顔で一歩前へ出た。
「はじめましてー! 俺たちMONDEです! 今日は記念すべき、初ライブ!」
NOのMCに合わせて、楽器隊が音で盛り上げる。
「カッコイイ!」
フロア後ろにいた数名が、真ん中へ移動した。
(NOくんのMCだけで、何人か前に来た!)
「いっくぞー!」
NOの掛け声で、1曲目が始まった。
赤や黄色の照明が遥たちを照らす。
群青のコートに施された銀の刺繡がキラキラと瞬く。
最初の一音を弾いた瞬間、足元から振動が来た。
アンプから返ってくる自分の音。こんなに大きい。
軽快なメロディーと歌がフロアを包む。
哲央のハイハットが、ソーダの泡みたいに弾け、
バスドラが、床を通じて体に響く。
Luna Diveの時とは違う。
あの時は、隣にいるメンバーの顔を見る余裕もなかった。
でも今は見える。ユキの背中も、NOや陣の横顔も。
NOの動きに合わせて、遥、ユキ、陣も同じ動きでフロアを挑発する。
また、数人が前に動きだした。
間奏の合間にすかさずNOが、フロアに向かって手招きする。
「みんなー! 一緒に楽しもうぜ!」
陣は、ジャンプをしながら手を振っている。
「今なら最前、入れるよー!」
陽だまりの笑顔を振りまく。
「可愛いー!」
ロリータ服の女の子たちが、目からハートを出している。陣の前が埋まった。
(笑顔の暴力……)
2曲目は、一転してバラード『Lumiere』。
青と白のライトがステージを照らす。
この曲をイメージして作られた衣装が、光を浴びて輝きを増す。
ユキが一歩前に出る。ギターから優しいアルペジオが流れ出す。
白いライトに照らされたユキは、群青のコートをなびかせ王子様のようだ。
フロアにいる女の子たちが、胸の前で両手を合わせて、うっとりとユキを見ている。
二周目のユキのアルペジオで、遥のハーモニクスが一音。
キラッと光るように重なる。
遥とユキは互いに視線を合わせる。
ユキは“来たな”と言わんばかりに、口角を上げた。
そこからは、ユキが何度も弾いて見せてくれた音だ。
もう指が覚えている。
遥の目の前では、みこが笑顔でライブを観てくれている。
LUMINOUSの時みたいに、困った顔をしていない。
(ライブって楽しい!)
思わず笑顔が漏れた。
「――!」
ふと気づくと、みこの隣にいなかった女の子が一人、前に来ていた。
誰かに向けたわけではない笑顔が、今、誰かに届いた。
胸の奥が震えた。ドラムの音と共に鼓動が響く。
遥はしっかりと前を向いて、笑顔のまま音を鳴らし続けた。
3曲目、4曲目と続き、
最後のコードが鳴り止む。
――。
静寂の後、拍手が鳴った。
そして、歓声。
視界が少しだけ滲んだ。
(……届いたんだ)
幕が閉じた。




