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MONDE ー光を鳴らす物語ー  作者: ぽちな
第一部 始まりの光ー第五章 世界
34/45

32.夜明けの光

◆夜明けの光◆


MONDE(モンド)結成の熱が、まだスタジオの中に残っていた。

ユキがギターに手を伸ばした。


「曲、少し閃いた」


誰に言うでもなく呟いて、静かに弦に触れた。


アルペジオが鳴る。

低い音から順に、光が上へ昇るみたいに。透明で、やわらかくて、でもどこか確かな音。


スタジオの空気が変わった。


(……静かなのに、明るい)


遥は息を止めていた。止めていることにも気づかなかった。


ポロン……ポロン……。


最後の音が消えたあと、誰も動かなかった。

拍手は、自然に起きた。誰が最初だったかはわからない。


「……夜明けみたいな曲」


自分の口から出た言葉に、遥自身が少し驚いた。

でも、それ以外の言葉が見つからなかった。


「なあ、もう一回弾いてくれ」


哲央の声は低かったが、急いでいた。

言い終わる前に、もうスティックを握っている。

陣もベースを構えた。目を細めて、口元だけで笑っている。


ユキがもう一度、アルペジオを鳴らす。


ポロン。ポロン。


哲央のハイハットが、そっと寄り添うように刻み始めた。

陣のルート音が、下から音を支える。


遥はユキの目の前に立ち、少し遅れながら同じ音をなぞった。

ユキの指が軽やかに動くのを見て、必死に追いかける。

まだ、これが遥の精一杯だった。


ユキが顔を上げた。

遥と目が合って、笑った。

その笑顔があまりにやわらかくて、遥も自然に笑っていた。


(楽しい。ユキくんも、こんなに笑ってる)


健太は、演奏には加わらなかった。

ノートとペンを出して、目を瞑っている。

唇が小さく動いていた。メロディーを口ずさんでいるのか、言葉を探しているのか、遥にはわからなかった。


曲が終わる前に、ペンが走り出した。

殴り書き。止まらない。

曲が終わっても、健太はしばらくペンを動かし続けていた。


みんなで、健太のノートを覗き込んだ。


「始まりの光」「世界」「照らして」「重なれば」――


殴り書きの文字がびっしりと詰まっていた。断片だけでも、健太がユキの音から何を受け取ったかは伝わってくる。


ユキは嬉しそうに、健太の背中を軽く叩いた。


「健太、すごいな。たった二回聴いただけで」


「メロディーが、すっと入ってきたんだ」


健太はノートに目を落としたまま言った。


「遥が言った『夜明けみたい』っていうのも良かった。あれで方向が決まった」


(……私の言葉が?)


遥は心の中がふわっとして、少しくすぐったかった。思わず左指で、弦を撫でた。


「とは言え、今すぐ整えるのは難しいな」


健太はノートをじっと見つめる。


「方向性としては、夜明け、光、世界。……ここから組み立てる」


「歌詞は健太に任せるよ。俺は、もっと曲を作る」


ユキの目が、さっきとは違う光を帯びていた。

演奏の時のやわらかさではなく、もっと奥の方にある、強い何か。


健太は頷いて、口の端を上げた。


「ああ、任せてくれ」


その声には、静かな熱があった。


遥はギターを抱えたまま、少し大きな声を出した。


「あのっ!」


四人の視線が集まる。


「MONDEでは、コンセプトをしっかり決めたい。LUMINOUSでは……微妙だったから」


ユキがギターを一音だけ鳴らした。少し遠くを見ている。


「そうだね。あの頃は、俺は音が鳴らせればそれでいいと思ってた。……先を考えてなかった」


「MONDEは世界って意味だから……」


哲央が腕組みをしたまま、ぽつりと言った。

陣がふわりと口を開いた。


「CANVASLAYは、"何も描かれていない場所に音を置く"だったけど」

懐かしむような、でも振り返りすぎない声。


「私、みんなと音を合わせてみて、最高に楽しかった」


「うん! 僕も思った!」


陣が大きく頷く。その横で、哲央が腕組みを解いた。


「パズルがはまったような感じだった」


哲央がそう言うのを聞いて、遥は少し驚いた。

哲央なりの、最大限の肯定だと思った。


「俺ら、一人でも欠けてちゃダメなんだ」


健太はノートを閉じて、真っ直ぐ前を見た。


沈黙が落ちた。

エアコンの低い音だけが、スタジオに響いている。


「……音で、生きたいな」


遥の口から、するりと出た。

言ってから、心臓が跳ねた。

そんな大きなことを言うつもりはなかった。でも、嘘じゃなかった。


ユキが遥を見た。

健太が遥を見た。

哲央も、陣も。

誰も笑わなかった。


「コンセプトは」


ユキが静かに口を開いた。


「自分たちの世界を、音で鳴らす。それがMONDE」


その言葉が落ちた瞬間、スタジオの空気が少しだけ変わった気がした。

さっきまでと同じ場所なのに、もう違う場所にいるような。

遥はギターを抱え直した。

左手の指先に、さっきの弦の感触がまだ残っていた。


「俺、MONDEでは衣装にも統一感を出したいと思っているんだ。ステージに立った瞬間にMONDEってわかるような」


(ユキくん、そこまで考えてるなんて)


遥は、LUMINOUSでの中途半端だった自分の衣装を思い出した。瞬の安全ピンの十字架、晃の深紅のシャツ、辞めた二人が一番ちゃんとした衣装だった。


「LUMINOUSでは、各自に任せたからな。CANVASLAYは、揃えてたよな?」


初ライブを思い出したのか苦笑いしながら、哲央は健太と陣に問いかけた。


「うん。僕たちはキャンバスの白と優しい曲調をイメージして、それを紫門ちゃんが作ってくれたんだよ」


陣はミシンをかける真似をした。それから何かを思い出したようにパンッと手を叩くと、にんまりと笑った。


「紫門ちゃんだ! 紫門ちゃんに衣装作りを頼もうよ!」


「え! あの衣装、紫門ちゃんの手作りだったの!? 素敵!」


遥は両手を握りしめ、身を乗り出した。

陣はまるで自分のことのように嬉しそうに、大きく頷いた。


「ふふ、すごいでしょう! 紫門ちゃんなら、きっとMONDEのコンセプトに合う衣装を作ってくれるよ」


「でも5人分だ。ちゃんとお金は払おうな」


健太は真面目な顔でみんなに言った。

遥は、その時、陣の瞼が少し動いたような気がした。


「もちろんだ。みんなそれでいい?」


ユキは、みんなに確認した。

全員、すぐに頷いた。


(世界……、夜明けの光……、どうやって縫うのかな)


「僕、連絡してみる」


すぐさま陣は、携帯電話を出してメールを打った。

遥は興味深げに陣の手元を見つめた。


「返事来た。いいって~」


(はやっ! 帰りに携帯電話見てみよう)


遥は心に誓った。


ふと視線を上げる。


スタジオの蛍光灯が、さっきより少し明るく見えた。


(私、ステージでどんな姿になるんだろう)


遥は、ギターケースを閉じた。




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