31.それを、世界という
◆それを、世界という◆
スタジオの中に入ると、みんなすぐに準備をした。
遥は、ギターケースからギターを出すとアンプに繋いだ。
――ギュイーン
音を確認する。
(頑張れ私! あれからもっと練習したんだ)
「事前に決めていた、お互いのバンドの曲を演奏してみよう。まずはCANVASLAYの曲から」
ユキが伝えると、みんな頷いた。
1曲目。
CANVASLAY「キャンバスの隣で」
(――! これって!)
音を鳴らし始めて少しして、演奏しながらお互いに顔を見合わせる。
イベントLuna Diveの時に、聴いた曲と全然違う。
あの時は、もっとふわっとした印象だった。
なのに今は、腹に響く哲央のドラムの音、ユキのはっきりとした磨かれたギターのメロディ。
そして、裏でぎこちない音が響く……。
(私の音で、曲が……)
遥は唇を噛みしめながら、それでも手を動かした。
なんとか最後まで弾き終えて、遥は謝ろうと口を開きかけた。
「……あっ、ごめ」
「はるちゃん、すごいね! ギターに変わったばかりなのにさ!」
隣でベースを弾いていた陣が、感心したように言った。
遥の胸がきゅっと熱くなった。
「陣くん、ありがとう」
陣は、笑顔にピースで返事をした。
ユキは、二人のキリのいいところで、
「次は、LUMINOUSの曲。哲央カウントよろしく」
哲央は頷いて、カウントを取った。
2曲目。
LUMINOUS「Luna Dive」
健太が歌い、陣がベースで音を支えた。
一音目で、空気が変わった。
(陣くんのベース、Luna Diveを上手に表現してる! 健太くんの声なら月まで飛んでいけそう)
ユキのギターの音が、いつもよりはっきりと自己主張をしていた。遥はユキを見ると、まるで新しい遊び場を発見した子供みたいだった。目を輝かせ、身体も自然とリズムを刻んでいる。
(ユキくんが楽しそう!)
哲央のドラムも陣と良い絡み方をして、音の切れが増している。
遥も負けじと瞬のパートを演奏した。
(この音、好き!)
演奏が終わった。
――……。
誰も言葉を発しなかった。
何も鳴っていないのに、スタジオの中に音の余韻が残っていた。
それは、遥の鼓動が激しく波打っている音なのかもしれない。
「ふふふっ」
陣が堪えきれずに笑った。
「……今の、好きだ」
ユキは、はっきりと笑っていた。
「新しい色を見つけた」
健太は、手ごたえを感じているようだった。
「……悪くない」
哲央は静かに頷いた。
(ここに、いたい)
遥は祈るようにぎゅっとギターを抱きしめた。
最初にはっきりと言葉にしたのは、ユキだった。
「俺はこのメンバーで、バンドをやりたい」
ユキは一人ずつにゆっくりと、熱のこもった眼差しを向けた。
「僕は最初からそのつもり!」
陣は、笑顔で即答した。
哲央と健太も深く頷いた。
ユキは遥を見つめた。
(私もここでやりたい。でも……)
「えっと、あの、私もやりたい! でも、みんな……」
一度、俯いて息を吸う。それから、再び顔を上げ遥は続けた。
「……私、女だけど。ここにいていい?」
初めてきちんと口に出して聞いた。
今までずっと胸の奥につかえていた言葉。
「はるちゃん、なに言ってるの!」
陣がすぐさま、遥に声を掛けた。
でも、続きを言うのは止めた。
遥の目の前にユキが行ったから。
「俺は自分の音を持っている人と、一緒にやりたい」
「……ユキくん」
遥はギターを抱きしめたまま、ユキを見つめた。
ユキも真っ直ぐに遥を見つめ返している。
「遥の音は、いつも真っ直ぐだよ」
「ユキくん。ありがとう」
涙が出そうなのを、必死でこらえた。
「健太くんたちも、私がいて……いい?」
健太は少し考えるように目を伏せた。
遥の心臓が縮む。
「遥、俺は君が何者でもかまわない。さっき、君と鳴らした音がよかったから、この5人で鳴らした音が、とても素敵な色をしていたんだ」
健太は、誠実に答えた。
「それに遥さ、そんなことを聞きながら、もうギター買ってるだろう」
哲央は、笑ってギターを指さした。
「ありがとう。みんな!」
泣きそうだったけど、笑った。とても嬉しいことだから。
「私、この5人でバンドやりたい!」
遥は、思い切り叫んだ。
「僕、とっても楽しみ。はるちゃん、声をかけてくれてありがとう」
陣が微笑む。
(思い切って、声をかけて良かった!)
遥は、胸が熱くなるのを感じた。
今日は、もう何度これを経験しただろう。
「俺、この間のライブで思ったんだ」
全員がユキを見る。
「俺たち、まだまだだって」
息を呑むようなGlass Crowの音。揺るがない先輩たちの背中。あのステージの光。
「でもさ」
ユキは笑った。遥は、その笑顔が眩しくて、少し目を細めた。
「今なら、行ける」
スタジオの空気が変わる。
「俺たちの“世界”を作れる」
ユキはギターケースから、紙とペンを出した。
しゃがみ込み、紙に何かを書き込む。
ペン先が紙を擦る音が、やけに大きく聞こえた。
強い筆圧。
迷いのない線。
書き終えると、ユキは立ち上がり、紙を掲げた。
その瞬間、誰もが息を呑んだ。
「MONDE」
ユキは続ける。
「フランス語で世界」
「かっこいい!」
陣が楽しそうに声をあげた。
遥の脳裏に輝く宝石が浮かぶ。
「モンド……、ダイヤモンドみたい。磨くほどに光って、硬い」
それを聞いて、健太は言った。
「なら硬さは、結束力だ!」
最後まで黙っていた哲央が噛みしめるように呟く。
「MONDE」
遥は、紙に書かれた“MONDE”の文字を見た。
インクが紙を貫きそうなほどの強さに、ユキの本気が見えた。
(ユキくん、やる気だ。私も、追いつかなくちゃ!)
「俺は本気で、世界に行く」
ユキの決意に、全員が深く頷いた。
遥は、陣を哲央を健太を、そしてユキを見つめた。
(ああ、これが私の、ううん、私たちの世界なんだ!)
今、遥の中で“MONDE”という言葉が、輝き始める。




