30.告白
◆告白◆
金曜日。
スタジオの扉の前で、遥は足を止めた。
ギターケースの重さが、いつもより肩に食い込む。
(言えるかな)
深呼吸を一つ。扉を開けた。
勢いをつけユキの元に駆け寄った。
「ユキくーん!」
遥の勢いにユキは驚いたが、すぐに「ふふっ」と笑った。
「どうしたの?」
「遥、元気だなあ」
ドラムを軽く叩いていた哲央が思わず手を止めた。
「あの……私、ギター、やりたいの」
遥は、ユキの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ユキくんと同じ音を鳴らしたい」
「遥……。本気の顔、してるね」
ユキも遥の瞳を真っ直ぐに見返す。
「うん。本気。もうギターも買った」
――ドドッ!
驚いた哲央が、思わずバスドラを踏んだ。
遥は背中に背負っていたギターケースを下ろし、中からギターを取り出した。
「まだFコードも怪しいけど、それでも……」
ギターを持つ手が、震える。
「指、赤くなってる」
ユキは、遥の震える指先をそっと包んだ。
赤くなった指先に、ユキの固くなった指が重なった。
傷が痛んだ。でも、それ以上に心臓が跳ねた。
「わっ! ユキくん……」
ユキは、そっと手を離すと遥の真新しいギターを見つめ、もう一度、遥を見つめた。
「いい色のギターだね。ピアスとお揃いだ」
「私、青色が好きなんだ」
片手でピアスに触れた。なんとなく耳が熱い気がした。
「リズム隊だったのに、残念だな……」
哲央は二人のやり取りを見つめながら、小さく漏らした。
「遥の本気はわかった。それじゃあ、今から音を出してみようか」
ユキに言われて、遥はアンプにギターを繋いだ。
ユキと哲央が見守るなか、拙い手つきでコードを鳴らす。
「ふーぅ」
一呼吸おいて、Fコードを鳴らした。
――ジャーン
「わっ! 鳴った!」
ユキが小さく頷いた。
遥は二人に向かって笑顔でガッツポーズをした。
そんな遥を見て、ユキと哲央は顔を見合わせて笑った。
「頑張ったね。いい音だよ」
そして、ほんの少し苦笑して、
「でも、まだまだだ」
(うん。まだまだなのは、自分が一番知ってる)
「私、もっともっと練習する!」
「遥がギターやるならボーカルとベースを探す?」
哲央がユキに聞いた。
ここですかさず遥が手を上げた。
「……当て、あるよ」
「当て?」
哲央が遥の方を向いた。ユキも興味深げな顔をした。
「CANVASLAYの陣くんと健太くんの二人」
哲央はドラムの椅子から立ち、遥たちは自然と近くに集まった。
「CANVASLAYも今、二人だけなんだって。だから……」
「CANVASLAYのボーカル、自分の世界がしっかりしてた。ベースも、上手かった」
ユキの目に光が灯る。前のめりに遥を見つめる。
「向こうがいいなら、ぜひ一度会いたいな」
「連絡とってみるね。哲央くんも、それでいいかな?」
「俺もそれでいい。二人と会ってみたい」
哲央は、笑顔で頷いた。
家に帰った遥は、電話に手を伸ばす。
(携帯電話があればメールできるのにな。ギターのローンあるけど、携帯電話欲しいな)
家電のボタンを押しながら、携帯電話に想いを馳せた。
数コールの後、陣が電話に出た。
「陣くん、遥だよ」
「はるちゃん! 電話くれるなんて、なになに?」
陣の弾んだ声に、遥の心が温かくなる。
それでも、今から言うことは緊張する。ぎゅっと受話器を握った。
「一緒にバンドやらない?」
自分の唾を飲み込む音が聞こえた。
「ええっ! 一緒にバンド!!」
陣の声が裏返る。
「うん。私、実はギターに転向するの!」
「はるちゃん、ギターに!?」
「ベース同盟はあれだけど……」
少し口ごもる。
「そんなの関係ないよ! 一緒にバンドって最高じゃん!」
陣の興奮気味な声が受話器の向こうから、はっきりと聞こえた。
「本当? 私も陣くんとバンドできたら楽しそうって思ったの」
遥は、一気にまくし立てた。
「きっと、楽しいよ! 健太に聞いてみる。折り返し連絡するから、待ってて~!」
「ありがとう!」
遥は汗でべっとりした受話器を置いた。
(み、水飲もう……)
少しして、陣から折り返しの電話がきた。
後日、5人は会うことになった。
普段とは違う練習スタジオで待ち合わせた。
遥、ユキ、哲央の3人は、一緒にスタジオに行った。
ロビーに一歩足を踏み入れると、いつもとは違う匂いが鼻を掠める。
木目調の壁には、ギターやベースが飾られている。丸テーブルと丸椅子が4組置かれて、その一つで次を待つバンドグループが何かを話している。
遥は、ふいにグループの一人の帽子に目がいった。そこには、安全ピンの十字架が付いていた。胸をチクリと安全ピンで刺されたような気がした。
「はるちゃーん!」
別のテーブルから、声が掛かった。
陣が、笑顔で手を大きく振っている。隣には、ボーカル健太の姿もあった。
5人は丸テーブルを囲み、軽く挨拶を交わした。
「今日は会えて嬉しいです。ボーカルの納見健太です」
深い黒髪で整った顔立ち、すらっとした体型の健太が笑顔で挨拶した。
「僕は天野陣だよ。ベースでーす」
陽だまりの笑顔で軽く手を振った。
「次、はるちゃん、どうぞ!」
笑顔で陣に振られて、なぜだか背中に背負っていたギターを下ろした。
「えっ! えっと、国東遥です。ギターが弾きたいですっ!」
ギターケースを支える手に力が入る。遥は、ちらっとユキを見た。
それに答えるようにユキは頷いた。
「由紀友也です。ギターです。作曲もやります」
落ち着いた声で陣と健太を見つめながら言った。
「最後は俺、柴田哲央。ドラマーです。よろしくな」
「うわー、よろしくね! てっつん!」
陣が哲央に笑顔でハイタッチをした。
「お、おう! よろしく。て、てっつん?」
陣の勢いに押されながら、哲央は自分を指さした。
「うん。てっつんだよ! リズム隊よろしく~」
(陣くん、さすがだなぁ)
遥は、陣の積極的な行動に微笑んだ。
「まだ、完全に一緒にやるとは決まってないぞ。陣」
健太の声は穏やかだったが、目は真剣だった。
「えー、そうなの~?」
「そろそろ時間だから、スタジオに入ろう」
ユキは時計を指さした。そして、みんなに向かって、
「みんなで音を合わせてから、どうするか考えよう」
ギターを背負い、先頭を切ってスタジオに入っていった。
遥もギターケースを抱えて、ユキの後につづいた。
(この5人で音を出したら、どんな世界が広がるのかな)
まだ、知らない。
でも、きっと光る。
そんな予感に胸が躍った。




