33.それぞれの覚悟
◆それぞれの覚悟◆
MONDE結成から数日後。
遥はユキと二人、ギターを手にスタジオにいた。
LUMINOUSで使っていたスタジオDとは違う。
前回、陣と健太と合わせたスタジオだ。
「間違えても、鳴らなくても、そのままついてきて」
「うん」
遥は、真っ直ぐにユキを見つめて頷いた。
二人は向かい合って立つ。ユキの指は滑るように、弦の上を形を変えながら移動していく。
遥は、ユキの指先と自分のギターネックを交互に見ながら指を動かす。
――ジャッ
掠れた音が出ても、進む。ただ、進む。
遥の指は、痛みと赤さを通りこして固くなり始めていた。
(ユキくんの曲、絶対に弾きたい!)
ユキは弦の上で同じ動きを繰り返す。
ユキの右のギターと遥の左のギターが合わせ鏡のように、少しずつ同じ動きになっていく。
(頭じゃなくて、体で指先で覚える)
二人のギターの音と息遣いがスタジオ内に響く。
ユキの音は、前を向いている。
(ユキくんは止まらない)
でも置いて行かれる恐怖は、遥にはなかった。
大丈夫。私は、ついていける。
背中に汗がじんわりと滲む頃、ユキは指を弦から離した。
「そろそろ休憩にしよう」
二人はギターを置くと、スタジオの壁を背にして座った。
遥はタオルで額の汗をぬぐった。
「ユキくん、練習見てくれて、ありがとう」
「俺もギターをたくさん弾きたかったから、誘ってくれて嬉しかった。ありがとう」
隣に座るユキは、額やこめかみがきらりと光り、かすかに汗と熱の匂いがした。
ポンッ!
(わっ!)
ユキがペットボトルの蓋を開けた。
遥は、その音が自分の心臓が跳ねた音かと思った。
水を一口飲んだユキは、ギターケースに手を伸ばした。
「採譜したんだ」
そして、ファイルに入った譜面を取り出した。
「これって」
受け取った譜面には、ぎっしりとコードが書き込まれていた。
「今、練習した曲の譜面」
譜面を持つ遥の手がわずかに震える。
「これ、私のために? ありがとう! 家でも練習いっぱいやる」
――ガチャ。
スタジオの扉が開き、陣、紫門、哲央が入ってきた。
「やっほー!」
陣が大きく手を振り、哲央は軽く手を振った。
「お久しぶり」
パープルシルバーの髪を揺らして、紫門は春が運ばれたみたいに笑った。
「紫門ちゃん!」
ばっと立ち上がり遥は、紫門に駆け寄った。
両手を握り合う。紫門から甘い匂いがふわっと香る。
(紫門ちゃん、いい匂い。あ、私汗くさいかも……)
「遥ちゃん! ギターをやり始めたんだってね」
「うん! ずっと憧れていたから、やりたい衝動を止められなくて」
「わかるよ~。私は、それでバンドを辞めたから」
チラリと陣の方を見てから、遥に視線を戻して紫門は微笑んだ。
「紫門さん、衣装の作成を受けてくれてありがとう」
紫門と遥の元に、ユキは来てお辞儀をした。
「いいのよ。衣装制作は私自身がやりたいことの一つだし。陣くんやみんなの役に立てて嬉しいもの」
そう言う紫門の顔は、凛としていた。
――ガチャ。
目に飛び込んできたのは、ラベンダー畑。
「全員、揃ってるな」
健太はにこやかに登場した。
「おお! 髪の毛の色!」
哲央は、口も目も大きく開いたまま固まった。
「せっかくだしな。染めてみたよ」
健太の髪色は、うっすらピンクをまとったラベンダーカラー。
その隙間、隙間に黄色や青色が顔を覗かせており、ラベンダー畑のようだ。
「それでさ」
健太がスタジオの中心まで来て、みんなの前に立つ。
口角は上がっているが、眼差しは力強かった。
「MONDEでは、NOって名乗ることに決めた!」
どよめきが起こる。
「ノ、NO?」
遥は思わず聞き返した。
「そっ! NO。新しくバンドやるなら、インパクトを持たせたいと思ってさ」
健太をユキは期待を込めた目で見つめた。
「苗字の納見からだけど。バンドマンらしくロックにさ、簡単にはYESって言わないぞって。そんな想いから付けた」
「健太、さすがだなあ~、僕も負けないぞ!」
陣は鼻息を荒くした。そんな陣を見て紫門は、ふふっと笑った。
(みんなすごい。ちゃんと考えてる。私も決めていることがある!)
遥の心は静かに燃えた。
「考えていたことがあるんだ」
ユキは、そう言うと哲央の前に立った。
哲央は不思議そうに首を傾げた。
「MONDEのリーダーは、哲央にやってほしいんだ。みんなはどうかな?」
哲央は目をしばたたかせた。
「えっ? 俺?」
少し困り顔でみんなを見回す。
「ユキか健太のどちらかがよくないか?」
哲央は二人を指さしながら、遥や陣に助けを求める視線を送った。
「てっつんでいいと思う! ねー、はるちゃん!」
陣は笑顔で手を上げた。
「えっと、私もてっつんで!」
遥も手を上げた。
「えー、遥まで……」
哲央は額に手を当てて、それから観念したように息を吐いた。
「わかったよ。リーダーやらせていただきます」
「ありがとう。俺、作曲に集中したいんだ。真面目な哲央がリーダーに向いてると思う」
「俺もそう思うよ。この間のドラム、真っ直ぐだったし。これからよろしく頼む。リーダー」
健太ことNOは、哲央の肩に手を乗せた。
陣、紫門、遥の三人は、拍手を送った。
「それじゃ、紫門さん。曲を演奏するので聴いてください」
ユキは白いギターを持った。
「はーい。わかりました」
みんな位置についた。NOもマイクを握った。
遥は青いギター、ラピスのボディにそっと触れた。
(ユキくんと、練習したんだ。できる!)
みんなで見つめ合い、頷く。イントロはユキのアルペジオから始まった。
みんなは、その後から鳴らしはじめ、NOが歌を乗せた。
(健、じゃなかったNOくん、きちんと歌詞できてる!)
弾き終わると、紫門は思い切り拍手をしてくれた。
「いい曲! タイトルはなに?」
ユキとNOが顔を見合わせる。呼吸を合わせたようにニッと、二人して笑った。
二人はほぼ同時に言った。
「Lumiere」
「始まりの光」
ユキは、一音ギターを鳴らした。
「いいね。この曲はLumiere―始まりの光―」
ユキとNOは、頷きながらハイタッチをした。
パチンといい音がスタジオに響き渡った。
「息がぴったりだね」
楽しそうに陣は笑った。
「この曲を元に衣装を作るわ。まずはラフ画で出して、よければ衣装を作るね」
「自分だけの衣装って、なんだか身が引き締まるな」
哲央は身震いして背筋を伸ばす。
「うん。わかる」
遥は大きく頷いて、背筋を伸ばした。
「ねえ、紫門ちゃん」
いつもより少し低い声が出た。
遥の真剣な眼差しに気づき、紫門はしっかりと遥の方を向いた。
「なあに、遥ちゃん」
深く息を吸った。
「私、ライブでは……男装でいきたい」
狭いスタジオで、思った以上に大きな声がでた。
遥に視線が集まる。
紫門は、遥を見つめた。一度、目を閉じてから、一呼吸して目を開けた。
それは、さっきまでの柔らかい眼差しとは違った。
「そう決めたのなら、私は全力で支える」
紫門はにっこり笑って見せた。




