27.憧れと愛着
◆憧れと愛着◆
幕が開き、カラフルな照明がステージを照らす。
DOLL THEATERが風船を持って登場した。
――るるらら るるらら るるらら るるらら
遥とみこは、手を繋ぎリズムに合わせ、左右に揺れる。
一緒に観ているファンたちも、友達同士、隣の人同士、手を取り合って。
ボーカルのピッピ、ギターのトビー、ベースのエリーが軽やかにステップを踏みながら、フロアの端から端まで視線を配る。
その一瞬、一瞬が計算された"人形"のような完璧な美しさで、遥は吸い寄せられるように手を繋いだまま、左に移動し、また右に移動する。
さながら、メンバーとファンによるパレードのようだ。
(やっぱり楽しいな。ここに来ると、ほっとする)
トビーが大きく腕を広げ、風船をファンに渡す。
サミーのドラムが弾け、みんなでジャンプ!
――君の鼓動が 夢を走らせ 僕らの音が 道を作っていく
(本当にそうだ。トビーさんたちの音がメロディーという道になって、私にちゃんと届いてる。ただ、鳴らしているだけじゃない。きっと、私たちにはなかったもの)
トビーの指先が滑らかにフレットを動かす。
(トビーさん、かっこいいな。見せ方を分かってる)
初めて観た時と同じ、遥はトビーから目が離せなかった。
――バルーンパレード どこまでも 君の手を引いて 笑い合おう
(トビーさんのメロディーラインを弾くギター、やっぱり、いいな……)
トビーは、遥が楽器をやりたいと思った原点だった。その姿を前にして、胸の奥に小さな灯がともる。そして、固くなり始めた指先が疼く。
トビーの滑らかな指の動きやエリーの包み込むベースの音に、心を奪われているうち、いつの間にかライブは終わっていた。
「楽しかったねぇ!!」
みこは、額にじんわりと滲んだ汗を拭いていた。
「最高だった! すごいな。私もあんな風なライブをしたいな」
バーカウンターで受け取った水をゴクッと飲む。火照った体に水が染み込むのを感じた。
「わあ! 言うね。遥も、もう演者だね!」
みこが、遥を肘でつつく。
「まだ、一回ライブしただけだよう……」
もじもじしながら、貰ったフライヤーの整理を始める。
それでも、自分もここでライブをやったという事実に胸が躍った。
「ちゃんと夢を叶えているじゃん」
「弾くことに精一杯で、聴いてくれる人たちにどう伝えるとか、全く考えてなかった……」
「それでも遥の一生懸命、伝わってきたよ」
「みこ、ありがとう。だけど、一生懸命だけじゃ、ダメな気がする」
片付けの音がわずかに漏れる、幕で閉ざされたステージを見つめた。
「おっ! 遥がやる気の顔してる! 応援してる。頑張れ!」
スタジオ練習の金曜日。
ライブも終わり、練習は週に一度、金曜日だけに戻った。
今までと同じスタジオのはずなのに、3人だけだとなんとなく広い。
(晃くんと瞬くんがいないと、スタジオの中が静かだな)
ベースを持ちアンプに繋ぐ。3人で曲の練習を始めた。
MDから、瞬のギターと晃の歌声が聞こえてきた。
(……わかってはいる。また会えるかもしれない、けど)
すぐに寂しい気持ちになる自分が嫌になる。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ジャッ! ジャッ! バンッ!!
そんな遥の思いを、哲央の音がかき消してくれた。
哲央のドラムは、以前より力強さが増した。
Glass Crowのドラマーヒカルの音に刺激を受け、個人練習にも力を入れているらしい。
(哲央くんに負けていられない! でも……)
遥はベースを弾きながら、ユキを見た。
今のユキは、前より色々な感情を混ぜながら音を鳴らしている気がした。
Luna Diveのイベントに参加してから、はっきりと変わった。
ユキの奏でる旋律は、DOLL THEATERのトビーとはまた違う、鋭く繊細な熱を帯びている。アンプから放たれる高音の震えが、空気を切り裂いていくのを肌で感じるたびに、遥の心はざわめいた。
(……ギター)
ユキの指先が滑らかにフレットを動かすたび、胸の奥底にある“最初の憧れ”が疼き出す。
(ユキくんの隣で、同じ音を鳴らしてみたい。同じ夢をみたい)
「……遥? ぼーっとしてどうしたの?」
ユキが心配そうにこちらを見つめる。
「あ、ごめん。ちょっと、考え事しちゃってた」
「考え事しながら弾けるって、ちょっと余裕でてきたか。ん? でも、手は止まってたか」
哲央が苦笑しながらスティックを回した。
「次は真剣にやる!」
遥は、もう一度ベースを構えた。
家に帰った遥は、メトロノームを鳴らしながら、一人で練習をした。
最近は、だいぶ思い通りに指が動くようになってきた。
(ベース楽しい)
メトロノームの音を少しずつ抜いて、音を鳴らす練習を繰り返す。
(ベースがきっかけで陣くんたちと会えて、ベース同盟もできた)
きっとLUMINOUSが5人のままなら、何も思わなかった気持ち。
(私がギター、ユキくんの隣で……)
甘い妄想が頭をよぎる。
(でもでも、迷惑かけちゃう。それにベース同盟がなくなっちゃうかも)
遥は、ひたすらメトロノームに合わせ、音を鳴らし続けた。
ベースは、私に居場所をくれた。
だからこそ、裏切れない。
だけど、胸に灯った思いは消えてくれない。
この思いが消えるのか、燃え上がるのか、まだわからなかった。
――カチ、カチ、カチ……。
だけど、規則正しいその音さえ、今の遥には新しい扉を叩く音のように聞こえていた。




