26.ベース同盟
◆ベース同盟◆
3人になったスタジオは、静まり返っていた。
遥は、床に体育座りをして俯いている。
最初に口を開いたのはユキだった。
「三人になってしまったけど、俺は辞める気はない」
自分のギターを膝に乗せ、軽くLuna Diveのメロディーを弾いた。
遥はゆっくりと顔を上げ、ユキを見た。
ユキは、今まで見たことのない、強い意志のこもった目をしていた。
「もっと自分の音を鳴らしたい。それに、この間のライブを観て思ったんだ。もっと誰かに届いてほしいって」
「……誰かに、届く」
「そう、俺は今まであまり、誰かに届くとか、意識して曲を作ってなかった。でも、この間の先輩たちや他のバンドを見て、とても感じるところがあったんだ」
「俺も、すげー刺激受けた! 先輩たちもだけど、Glass Crowのドラム、最高にやばかった! 俺も、あんな音で叩けるようになりたい!」
「二人とも、すごい。私……、自分の居場所がなくなっちゃうって、そんな心配ばかりしてた……」
遥は体育座りしている両足を両腕でぎゅうっと抱きしめた。
「恥ずかしい……」
「居場所、なくならないよ。遥」
「そうだぞ。3人でやっていこうぜ!」
二人の笑顔が、遥にも笑顔を運んできた。
さっきまでの不安な気持ちが、すーっと引いていく。
バンドは、どうなるかわからない。それでも、遥はとにかく音を鳴らしていこうと決心した。
その日、3人はがむしゃらに音を鳴らし続けた。
数日後の夜。
ベースの練習をしようと準備をしていると、電話が鳴った。
(誰かな……)
ガチャッと電話を取る。
「はい、もしもし。国東です」
「もしもーし、はるちゃん? 僕、天野陣だよ」
「陣くん!? えっ、どうしたの?」
「元気だった? ライブの時に撮った写真が現像できたから、渡したいなと思って」
「ベース同盟の?」
「うん。いつヒマ? 折角だし会おうよ。ハクも誘う予定だよ」
「土曜日なら大丈夫だけど」
「じゃあ、次の土曜日に決まり!」
次の土曜日。
待ち合わせ場所に行くと、すでにハクが来ていた。まだ陣の姿は見当たらない。
(えー、陣くん。なんでいないの。ハクくんと二人って、話せるかな……)
ドキドキとしながらハクに話しかけた。カバンを持つ手に力が入る。
「こ、こんにちは。LUMINOUSの遥です」
「あ、あ、こんにちは。えっと、Glass Crowのハクです」
お互い丁寧にお辞儀をする。
「この間は、どうも。Glass Crowのライブ、すごかったです。心が鷲掴みされたみたいで、興奮しました」
緊張のあまり敬語で話しながら、手はベースを弾いている動きになる。
「えー、そんな、ことない、ない……、いや、えっと、俺以外のみんなはすごいと思います!」
ハクは、全否定から、思い出したように首を横に振った。
「ハクくんも、ベースとっても上手かったです! 感動したもん!」
ますます、遥のエアベースに磨きがかかる。
「いやいやいや、ゼラくんたちが凄いから、なんとなく俺もよく見えちゃうだけ」
ハクは、ヘドバンに磨きがかかる。
「あははっ! 二人とも仲良く遊んでるね! バンドマンとファンごっこ?」
陽だまりのような笑顔で、陣が手を振りながらやって来た。
「僕も入れてぇ!」
笑顔でヘドバンをしながらエアベースを始める陣。
「ふははっ!!」「あははっ!」
遥とハクは、陣の動きが面白すぎて、思わず声に出して笑った。
「二人とも笑いすぎ~。二人もこの動きだったよ」
「いやいやいや、違うよ」
「うん。絶対違う」
遥とハクは、二人揃って頷いた。
「わー、また二人で。僕もベース同盟だよ~」
他愛もない話をしながら、陣の勧めでカラオケボックスに来た。
手慣れた手つきで、陣は手続きを済ませた。
「あのぅ、私、歌うの恥ずかしい……」
困り顔の遥に陣は笑顔で答えた。
「歌っても歌わなくても、お話するのにカラオケボックスはいいんだよ」
「お話するのに!?」
「Glass Crowでも、たまにカラオケボックスを使って話し合いしてる」
「そうなんだ! 歌う以外にも使えるんだね」
新しい世界が遥の中で広がった。ちょっとレベルが上がった気がした。
「コーラ3つ、お願いしまーす」
受話器を壁に戻すと、待っている間に陣は写真を渡してくれた。
「はい、ベース同盟の写真!」
MOONBOXの楽屋を背景に並ぶ三人。
そして……、写真の隅に映りこむ、瞬と晃。
(二人とも……)
淋しさが胸を襲う。
「はるちゃん、どうしたの? 辛そうな顔してる」
陣がすかさず声をかける。
「大丈夫?」
ハクも心配そうに、遥の顔を見つめた。
「あっ、ごめん。大丈夫だよ」
(この二人なら、言っても大丈夫、かな)
「ここに写っている瞬くんと晃くん、えっと、ボーカルとギターの二人が、バンドをやめちゃったの」
隅に写る二人を指さした。
「めちゃ盛り安全ピン十字架の人!」
陣の言い方に、遥はクスっと笑った。
(陣くんって、人を笑顔にする天才だ)
「あの安全ピン十字架、芸術的だってうちのバンドでも話題になってたよ」
「えー! Glass Crowで? ちょっと意外かも」
「うんうん。Glass Crowは、他は気にしないってイメージがあるな~」
「そんなことないよ。ゼラくんやマシューくんは、すごいアンテナ張ってる」
(そうなんだ。Glass Crowも、ただただ凄いわけじゃないんだ)
「辞めるって言えば、CANVASLAYもドラムの空と紫門ちゃんが辞めたんだよ」
陣は右と左の人差し指を立てて、あっけらかんとした口調だ。
「えーっ! なんで? 紫門ちゃんが!!」
(可愛くて優しそうな天使みたいな人)
「仲良くなりたかったな……」
残念そうに呟く。
「別にバンド辞めても仲良くなれるよー? 僕は今でもとっても仲良しだよ」
陣は“うふっ”と満面の笑みを浮かべる。
「行く道が違っても会えなくなるわけじゃないから」
遥の目が大きく見開かれた。口も開いていたかもしれない。
「あ! そっか、そうだよね!」
「うん。これからでも仲良くなれるよ。はるちゃん」
胸の中に温かいものが流れ込んできた。別の道に行っても、一生の別れじゃない。
当たり前のことに気づかなかった。
改めて、陣のくれた写真を見る。
「この写真、楽しそうな顔で写っている!」
遥は、あまりに自然な笑顔で写る自分の姿に驚いた。
ハクも自身の笑顔に驚いて、はにかんでいる。
「俺も、なんか笑ってる!」
「うん! みんな良い顔してるよね。」
ユキ、哲央と三人で音を鳴らすと決めた。
バンドを辞めた皆とだって、もう会えないわけではないと気づいた。遥は、心の中で拳を高く掲げた。
「本当に良い顔してる。陣くん、写真ありがとう!」
「じゃあさ、二人ともしばらくライブはできないの?」
「ライブとなると、すぐには無理かな」
「LUMINOUSもすぐにはできないと思う」
「そっか……。残念」
ハクは悲しそうな顔をした。
「ライブで会えなくても、仲良くしたいな……」
氷しか入っていないコップを、カラカラとかき混ぜる。
「俺ね、バンドの中で一番年下なんだ。だから、バンド内では、結構気を使って疲れる」
「何歳なの?」
「19歳」
「僕も!」
「私も!」
「ベース同盟、年齢も同じだなんて、これはもう運命だね!」
「私も仲良くしたい!」
「もう僕たち友達だよ! ベース同盟バンザイ!」
三人はハイタッチを交わした。
遅くまで、他愛もない話で盛り上がった。




