28.憧れを胸に
◆憧れを胸に◆
胸に灯った小さな火は、まだ消えていない。
遥は、日曜日に御茶の水に足を運んだ。
丸ノ内線の階段を一段ずつ上る。
(ハクくんに楽器屋さんがいっぱいあるって、教えてもらったけど)
階段を登り切り、地上に出ると、明大通りの両サイドにいくつもの楽器店が広がる。
(わあ! すごい! 楽器屋さんがたくさんある!)
新品を扱う店や中古専門、ギター、ベース、キーボード、ドラムの各専門店。看板を追う目線が、忙しく動く。
店内から漏れ聞こえてくる試奏音。
道行く人も楽器を背負った人たちが多い。
歩いているだけで胸が高鳴る。こんなにたくさんの楽器店が並ぶ場所があったなんて。
(えっと、ハクくんが、左利き用の専門店があるって言ってた)
だけど、場所がわからない。困った遥は、まず一番大きくて、たくさんの人が出入りしている店に入った。
「わぁ!」
思わず声が出た。
店内は、地下と1階、2階の3階構造になっている。
最初は、地下のベースコーナーへ。
様々なメーカー、デザイン、色、4弦、5弦、6弦まで並ぶ。
(六弦、太い!)
正直メーカーの違いはわからない。楽器に添えられている説明も、今は理解できなかった。
(私、なにもわかってないけど、いいのかな? そのうちわかるようになれるかな)
今はとにかく、持っているベースをただただ弾くのでいっぱいだ。
今度は2階のギターコーナーへ移動した。
「あれ、遥?」
ハクが驚いた顔で手を振る。
「あっ! ハクくん! それと……」
「ライブで会ったね。Glass Crowのカナタです。よろしくね」
カナタはにこやかに微笑んだ。店内の照明がプラチナブロンドの長髪に当たり、柔らかく輝く。笑うと目尻がとても下がる。優しいトーンの声に、遥の緊張が解けていく。
(陣くんとはまた違う、緊張を感じない人)
「遥です。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をする。
「早速、お茶の水にきたんだね。お店たくさんあるでしょ?」
ハクはベース同盟の一人に会えて嬉しそうだ。
「駅を出てびっくりしちゃった。こんなに楽器屋さんがあるなんて!」
遥は目を輝かせた。それを見て、ハクは満足そうに頷いた。
「左利き専門店には、もう行った?」
「それが、場所がわからなくて……」
「そういえば左で弾いてたね。案内しようか?」
カナタがやさしい声で、聞いてきた。
「いいんですか!?」
「買い物は済んだし、楽器を見てただけだから」
「そうだよ。遥。案内するよ!」
「カナタさん、ハクくん、ありがとう!」
カナタとハクの案内で左利き用楽器の専門店にやってきた。
店内に足を踏み入れると、壁という壁に掛けられた全てが、左用のギターとベースだけだった。天井まで届きそうなほど高く積み上げられたその光景に、遥は息を呑んだ。
「これ全部、左利き用!」
(普通の店舗だと、あってもわずかにしかないのに)
ハクとカナタも珍しそうに店内を見回す。
「これは圧巻だね。お店の場所は知ってたけど、入るのは初めてなんだ」
カナタは興味深げに、ギターに触れる。
「もしかして5弦とかの新しいベース、買うの?」
5弦使いのハクは、嬉しそうに左利き用5弦ベースを指さした。
「あっ、えっとね」
ハクの顔を見ると後ろめたさで、遥は心がチクリと痛んだ。でも小さく息を吸ってから覚悟を決めて白状した。
「ギターを見にきたの」
「ああ、作曲とかやってみるの?」
「作曲というか、ギターをやってみたいんだ」
「えー、ベース同盟……、解散?」
ハクは、しゅんと俯く。
「ベースの練習も続けていきたいと思ってるよ」
「でも……、俺、5弦ベース案内したかったな……」
「もう二人は友達なんでしょ。ならベース同盟は、心に刻まれているんじゃないかな?」
穏やかな笑みを浮かべてカナタは、ハクを覗き込んだ。
「あ、そうだよね!」
ハクの顔に笑顔が戻る。
「そうだよ、私たち、もう友達だよ!」
カナタの言葉で、遥の中にあったもやが消えていった。
「遥ちゃんは、ギターに興味があるんだね」
「はい。私の憧れの人たちは、みんなギターで……、だから私もって」
「やってみたいって思ってすぐ行動できるの、素敵だよ」
カナタは目尻を下げて微笑んだ。
遥は店内のギターコーナーを見て回った。
下段に置かれた深い青のギター。
(綺麗。でも少し高いな)
「カナタさん、私、種類とか差が全然わからないです」
「そうだね。使われている素材だとか、処理の仕方で違うかな」
カナタは、ギターのボディと指板、フレットを指した。
「あと、やっぱり値段の違いが、アンプに繋いだ時にも出るかもね。価格が低いと、帯域にも限界があったりね」
「うーん。どうしよう」
遥は、ますますわからなくなってきた。
「でも、今はそこまで気にしなくていいと思うよ」
「でも……」
「好きなのを選ぶのが一番だと思う。それが一番愛着も湧くから」
「そうですね! とりあえず見てみます」
遥は店内に置いてあるギターをもう一度、ゆっくりと見て回った。
やっぱり、目につくのは、さっきの深い青のギター。遥は、そのギターの前で足を止めた。他にも青いギターはあるけど、これだけ青さが違う。
「これ、綺麗……」
「素敵な色のギターだね。気になるの?」
「はい」
「試し弾きをさせてもらったら、どうかな」
「そうしてみます」
遥は、店員に試奏室に案内してもらった。
深い青のギターを持つ。
小さなボディが遥の体にすっぽりと収まる。
(ベースと全然違う!)
貸してもらったピックで細い弦を弾く《はじ》。
――ギューーン。
ベースよりはるかに高い一音が、不安定に響く。
「あっ! 音、出た」
(……私、やりたい。やっぱりギターがやりたい!)
遥は、試奏室から出ると、ギターを胸に抱き、すぐに店員のところに行った。
「これ、ください!」
値札を見て、ほんの一瞬だけ迷う。
頭の中で、毎月の支払いを計算する。
(大丈夫。払える)
「……ローンでお願いします」




