24.月に落ちる
◆月に落ちる◆
イベント「Luna Dive」は終了した。
(全部、終わった……)
遥は、呼吸をするのを思い出したかのように、連続で息を吐いた。
(私、ステージに立ったんだ!)
今更、手足が震えてくるのを感じながら、遥は楽器を取りに楽屋に行った。
楽屋は、出演したバンドのメンバーたちでごった返している。
一瞬、うなだれた晃が見えた気がした。
しかし、遥を呼ぶ声に視線は持っていかれた。
「はるちゃーん! お疲れ様―!」
明るい声が響く。
陣がブンブンと手を振る。近くでは、紫門が帰る準備をしている。
「お疲れ様。CANVASLAYの音、優しく染み込んできたよ」
陣がニッと笑って、紫門の方を見る。
「紫門ちゃんの作る曲って優しいんだ」
「陣くんってば、もう。褒めすぎ……」
紫門は、顔を赤らめて俯く。パープルシルバーの髪が揺れる。
「正直、私の曲なんて全然だと思う。みんなのアレンジが上手いのよ」
「紫門ちゃんの曲、いいと思う! あ、勝手にちゃん付けで呼んじゃった」
「ふふ、ありがとう。遥ちゃんだよね? 私もちゃん付けで呼んじゃう」
手を口元にあて笑う紫門は、眩しいぐらい可愛かった。
「僕はねー、二人ともちゃん付けで呼んじゃうよ! はるちゃんとはベース同盟!」
陣は言い切ると、急に何かを思い出したように視線を走らせた。
笑顔でGlass Crowのメンバーのところへ行くと、ベースを弾いていた青年を連れてきた。
「君もベース同盟だよ!」
連れてこられた青年は、あっけにとられてキョロキョロとしている。
ステージでカッコよくベースを弾いていた時の印象とは違い、おどおどとした困った顔を浮かべている。
「Glass Crow、とてもカッコよかったよ! ベース、いい音だしてたねっ」
「あ、ありがとう……」
ベースの青年は、遥と紫門に助けを求めるような視線を送る。
遥もわからず、紫門を見た。
しかし、紫門は笑って首を横に振っただけだった。
「僕は天野陣。こっちははるちゃん。君は?」
「え、え、えっと、俺は白井昌紀、バンドではハクって名乗ってる」
「ハクかぁ! よろしくね! ねっ、はるちゃん!」
「えっ!? あ、よろしく。国東遥です」
陣は、真ん中に入って二人と握手する。
「陣くん、カメラで記念に写真撮っておく?」
紫門がカメラを持ってやって来た。
「さすが、紫門ちゃん! 三人で撮りたい! ね!」
強制的な問いかけに、遥とハクは頷くしかなかった。
(押しが強いな。でもなんだか嬉しい)
ハクを見ると、こちらも満更ではない顔をしている。
お互い顔を見合わせ、クスっと笑った。
――カシャッ
フラッシュが光る。
陣を真ん中に三人でピース。
「連絡先も交換しよー。写真渡したいから」
陣に促され、遥とハクは照れながら電話番号を交換した。
遥は、その勢いで紫門に駆け寄った。
「わ、私、紫門ちゃんとも、連絡先交換したいです!」
紫門は嬉しそうに微笑んだ。
「ぜひ、交換しましょう」
紫門は、はにかみながら、ユニコーン柄のメモ帳にピンクのラメの入ったペンで、電話番号を書いて渡してくれた。
(文房具まで可愛い、ああ、天使ってここにいるんだ)
遥は、急にたくさんの知り合いができたことに、胸の高鳴りを覚えた。
それを恨めしそうな目で晃が見ていたことに、浮かれていた遥は気づかなかった。
陣やハクと別れ、LUMINOUSのメンバーと合流した。
「清算も終わったし、食事でもしながら反省会をやって帰ろうか」
ギターを背負ったユキが、珍しく自分から言った。
ユキの目の奥が、静かに燃えているのを遥は感じた。
(ユキくん、なんだかやる気だ)
「反省する点、多いもんな。でも今はとりあえず、なんか食べたい」
哲央は、クタクタだというように、背中をすぼめてお腹を押さえて見せた。
晃と瞬は、二人でずっと何かを話している。
「もう……やだ……」
「落ち着け……」
「……むか……つく……」
遥は、時折、晃から鋭い視線を向けられている気がした。
(……ライブの後から、なんか、嫌な感じ……)
ライブハウスを出ると昼間とは打って変わって、ひんやりとした空気が肌を掠めた。
5分ほど歩いた頃、瞬と話していた晃が急に、大きな声を出した。
「帰る!」
苛立ちながら地団駄を踏む。
「おい、晃、いい加減にしろ!」
瞬がたしなめる。
「俺、バンドやめる!」
「えっ! 晃くん……」
晃は、ワナワナと身体を震わせる。
「あんな、凄いやつらと比べられたら……」
「だから、これから反省会やるんだろう」
哲央が晃をなだめようとする。それを無視して晃は、遥に近寄ってきた。
「だいたいさ、やっぱ、女がいるのが無理なんだよ!」
晃は遥に敵意を向ける。
「そんなこと、わかってるもん……」
(私、自分で一番わかってる……)
陣たちとの楽しい記憶が消えていく。
ステージに立った時より、足が震えてきた。
(また居場所を失うの?)
「関係ない」
ユキは遥を自分の後ろにやると、晃の前に立った。
(ユキくん、かばってくれた!?)
「はんっ! 遥はいいなー。女だから王子さまに守られて!」
晃は、遥を睨みつける。
「自分が上手く歌えなかったのを人のせいにするな!」
晃の顔が、真っ赤になる。
「なんだよ……。あんなに才能に恵まれた奴らの中で、俺だけ……」
「だから、これから反省会して、たくさん練習するんだろう」
晃は、頭をブンブンと横に振った。
「もういい! 俺は女とはバンドやらない」
くるりと背を向ける。
「今、やめる。じゃあな……」
晃は、駅の方へ歩き出した。
遥たちは、ただ晃の遠ざかる背中を見送った。
「わたしの、せい……」
背中に背負うベースケースが重く感じる。
「違うよ。遥のせいじゃない。晃が自分自身に負けたんだよ」
満月が4人を照らす。
ユキは優しく遥の頭を撫でた。
その手が暖かくて、遥は声を上げて泣いた。




