6-07 時の味はビターチョコ
うん?
いや。いいんだけどね。これで。
むしろ、とても楽しんでいるよ。
そう。今は馬車から降りて草原に出ている。
そしてジュライさんに教えてもらいながら、人間用の食用植物と魔動物用の食用魔植物の採取をしている。
ジュライさん。人間の女性で、カークと同じ魔動物召喚魔術師。魔術師だけど、何故かとてもごつい戦士の恰好をしている。太い鎖で、じゃらりと腰に留めた鞘。そこに収まるのは、鞘の形からして幅広の長剣だろう。
そして、この草原の植生にとても詳しい。こちらの契約主であるカークも詳しい。けど、その情報源の大本は、このジュライさんから来ているようだ。
食用植物の採取は、細かい作業が必要。そして、こちらは人間と全く同じ手指の形をしている。なので、こちらに、この作業のお鉢が回って来た。
それなら、栗鼠のように指先が器用な、エンタ先輩も同じ。
その先輩は、彼女の従魔たち猫科頭の森林魔猫科のフェリスアン属種たちと共に、向こうで狩りがしたいと駄々をこねた。
そして、それが許されて狩りの方へと行ってしまった。
ほんと、びっくりだよ。
だけど実際に、狩りをしているから凄い。
見れば、遠くで何かを追いかけている。
うん。あれは、草原魔野雉だね。
そう。雉をでかくしたような生き物。だけど、あれは飛び立つのが下手なので、よく走る鳥だという。
ん。あ。エンタ先輩が草原魔野雉に襲われて、転んだ。
そのまま針山団子となって、先輩はごろごろと転がっている。
わ。大丈夫なのかな。
へ。あれ。わお。先輩の針山団子が高速回転しているよ?
その回転を恐れて逃げ走る草原魔野雉を、針山団子が追いかけ追いつく。
ビョンと飛び跳ねて、針山団子が草原魔野雉にアタック!
へえ。一羽仕留めたよ。これ。
相方のイエン先輩は荷物持ちのようだね。たくさん獲物を担いでいる。
パラ先輩とオルト先輩も狩り組。
馬車の中で震えていたのは嘘のよう。
怖がっていた、フェリスアンたちと共に、草原魔野雉狩りに勤しんでいる。
水を得た魚のように、とても生き生きとしているよ。
リザドリアン属羽毛種は、走るの速いもんね。持久力もあるし。
あ。エンタ先輩が、こちらを見てVサインをしている。
一応、こちらも手を振っておきますか。
んー。そうだね。
狩りができるのって、いいなあ。
うー。だけどこの作業だって、いろいろな種類があって結構面白いよ。
時折、背の高い草や低木に生る食用の実などを口に含んだりして楽しんでいる。時々、何だかなーという味もあるけど、旨いものの方が多い。
今のこちらの目の前には、身の丈よりも高くて細い葉が、競い合うような感じで天を衝いたように群がっている。
そして、手にしている魔鳩麦。玉ねぎのような、ころころとした丸い実。これの見た目は、数珠玉というイネ科の植物の実を大きくしたものに似ている。
その数珠玉と同じように、茶色くて硬い殻がある。だけど、この魔鳩麦の殻は、パカリと縦に楽に割れる。そして、その中には白いデンプン質が豊富にある胚乳とその中央にグミのような皮の中に液が溜まっている胚芽がある。
人間たちが食料とするのは、この白い胚乳。セリ科のコリアンダーの種に似た、独特な甘い感じの良い香りがする。これを粥のように煮込んで、餅のような食感と、甘い香りを楽しむスープにする。
うん。これは、[ぐりる・まるべりー]のハンクさんの人気料理の一つだね。
そして、中身のグミのような胚芽を、できるだけ早くに取り出しておかないと、えぐみで味が悪くなるとのこと。
そう。この胚芽に入っている液はそれなりに魔素が濃い。
この胚芽を口に含んでみる。
お。旨いね。
最初に爽やかな良い香りがする。あの独特な甘みを伴う深い旨味がある。
そして、この食感がグミ。くにくにとする。これは楽しい。
この作業をしていると、この胚芽がどんどんと溜まる。
この胚芽。実は放置をしておくと溶けてなくなる。この溶けた場所が、育つのに適した地面だったら、そのままそこから魔鳩麦の芽が吹いて来るとのこと。
そう。この胚芽は、収穫をすると比較的すぐに溶けてなくなってしまう。
なので、生えている現地でしか食べることができない。
うん。これは貴重な体験。
野生魔動物はこの実が発する香りが苦手とのことで寄り付いてこない。それで、ここでは安全に作業ができる。
そして、この胚芽の皮。そのほとんどが半透明。
だけど物によっては白や黒の皮がちらほらと見つかる。
白いのは、プチプチ感と共に独特な深い旨味。うん。何か別な分類では風の元素とかいうのだったかな。
そして、黒いの。これは苦い。だけど旨い。ほろ苦い感じのビターチョコレート。これに伴う、深い旨味。そう。これは時の元素の味。
チョコレートね。味ではないほうの、甘いようなほろ苦い思い出がある。
いつの時だったかな。あの片思いだった子。かわいい顔をして。もらった時は、本気かと思って喜んでいたんだ。だけど後で義理だったのを知ったね。あの時は、一人で泣いた。遠い昔の思い出。そう。時の味はビターチョコだね。うん。
うーん。少し、身体が凝ったかな。
いつもの通りの伸びを、ぐいとした。
はあ。やっぱり伸びをするのはいいね!
すっきりとする。
今は、まだ朝といっていい時間。
この広大な草原に、時折とても爽やかな風が渡って来る。
その風と共に、さわさわと草の鳴る音が心地よく聞こえて来る。
ほんと。ここは、とても清々しい場所だ。
野外訓練。
うん。これは素晴らしいね。
こちらを含む従魔候補は、屋外では基本的に引き手で繋がれる。そういう決まりがある。これは従魔としてまだ完全ではないという扱い。
だけど、ここの野外訓練では、引き手に繋がれることもなく自由に行動をすることができる。
もちろん、だからといって、逃げるような者は誰もいない。
馬車の馬装を解かれた二頭の魔獣馬は、その地面に打たれた杭を繋柱として止められている。そして、このばかでかいこいつらは、いつもの通り飼い葉をのんびりと食んでいる。
目の前にあるのは広大な草原。柔らかそうな草が色々と生い茂っている。
こいつらも、ここで自由に駆けれたら、気持ちが良さそう。
だけど、ここで魔獣馬たちが見境もなく駆け回ると、豊富な食べ物がある、この草原が荒れるからダメなんだそうな。
これらの魔獣馬たちが自由に駆けることができる場所。それは今回の行き先とは逆の方向にある赤茶けた荒野。
その荒野でストレス発散のために魔獣馬たちの放牧をするとのこと。荒野なので植生は異なるけれど、そこにも魔獣馬たちが好む魔植物があるとか。
ん?
ドドドド……。
あれ。地面が揺れている。
地震?




