1-08 警戒
その後も妙に眠かったので、そのまま藁山の上で丸くなって微睡でいた。状況を考えることや、藁山の藁が肌を刺激することよりも、睡魔の方が断然勝る。
雪山で遭難していたら完全に死亡だな。うん。
それ程までに眠かったのだ。藁山で良かったことにしておこう。
俄に、慌ただしい足音がした。扉の方から、かたっと軽い音がしたと思うと、あの重そうで大きな扉が、轟音と共に壊れんばかりに勢いよく開いた。
んあ。え? 何?!
さすがに、この轟音では目が覚める。それでも、その音が止むと、再び睡魔が襲う。眠い目をぱちぱちとしばたたかせる。
だけど、睡魔より轟音が気になる。えいやと、重い上半身を無理やり起こし、轟音がした扉の方に目を向ける。
轟音と共に入ってきたのは、こちらをここに連れて来た魔法使いの男だ。今は、フードを外して、完全に素顔を晒している。
言っては何だが、彼は実に実直そうな容貌をしている。その彫りの深い顔にある両目は青い。そして、栗色をした毛を角刈りにしている。それに、この筋肉質のでかい体躯。何となくドイツ系職人の頑固親父を彷彿させた。
彼は、何かすごく焦っているようだ。黒くて丸い瞳孔が大きく開いている。
「おい、大丈夫か! この部屋で、異常に高い空間魔素強度値が捉えられていたぞ!」
男は、こちらを見て一瞬安堵したような表情を見せた。そして、すぐに表情を変える。何かを警戒している表情だ。
「何だ。寝ていたのか? ふん。この俺が折角、食料と服を持ってきてやったと言うのに、このざまかよ。抑制制御下とはいえ、この状況で眠るとは相当タフだな、お前」
そうのように、静かなどすの利いた声を発するのと同時に、短杖をこちらに向ける。
え?
「念のためだ。‘降りて来い’」
こちらの意思とは別に、身体が勝手に藁山から降りた。どうやら彼の言葉に、“強制的な命令”が入っているようだ。睡魔とは関係なく動く。むしろ軽い。こちらは、身体を動かす負担を全く感じない。
何か、妙な話だけど楽だ。
「これを‘両手に持て’」
透明な丸い球? よく占い師が持っている水晶球のようなものを目の前に出す。それを自動的に両手で受け取ると、その透明な丸い球は、青白い光をとても弱々しく放った。
男はその丸い球の光を見て、再び安堵したような表情をした。
「うむ。魔力は時空系で枯渇気味か。召喚すぐの状態が判らんから、何とも言えんが、種類が時空系に見えるのは召喚術の影響だろな。放出魔素流量は枯渇気味であるが正常範囲内で問題なし、と」
男は懐から、厚手の紙のようなものを取り出し、何かを書き込んでいた。彼はその球を懐に回収しながら、難しい顔をして、小声でぶつぶつとつぶやいていた。
(……にしても、あの振り切れた値は何だ? 設置型魔力感知魔道具の故障か? よりによって今は点検に出して予備が無い。そもそも、こいつの報告書は、どう書けと言うのだ? 問題だらけだな。全く)
男は、後ろに振り向き、何かをごそごそと取り出した。そして、何事もなかったような澄ました顔になり、こちらに振り向く。
「ほれ。まずは着るものだ。これなら大丈夫だろ。良かったな。丁度、この服が手元にあったから、持って来てやったぞ。服の着方は解るか?」
綿のような生地のステテコのようなのと、同様な材質の中南米のポンチョのような裾が長くて縁に派手な模様がある厚手の貫頭衣を、藁山の側壁に広げて見せた。
黙っているのも何だったので、こちらは肯定の意味を込めて「チ」と短く鳴く。そして、ポンチョを手に取り、頭から被った。ステテコも難なく穿けた。
ポンチョは、すっぽりと頭から被るだけなので、全く鎖を気にすることなく着ることができる。おまけに、裾も長くて帯と鎖が隠れて目立たない。腹にある帯は臍が隠れるように填まっているので、ステテコなどを穿くのは特に問題がない。
ん。あれ。これって、ずっとこのままってこと?
こちらの困惑を知ってか知らずか、彼の表情が緩む。
「ほう。解ったか。では、どこかで見たのだな。模倣は擬態系魔動物の特技だと聞く。あるいは、すでにどこかで長く飼われていたか? だが、契約なしで知的魔動物を飼えるのは、それこそ、伝承にある‘愉快な古トカゲ’の時代まで遡るな。まずは、ありえん話だ。ははは」
はぁ。飼われる、ですか。こちらは犬か猫並みで。
人間として扱ってくれなさそうなのが端的に解る単語だよ。
この夢の中では、こちらは擬態魔動物という設定だ。その視点から見れば妥当な扱いなのかもしれない。
それと‘愉快な古トカゲ’の伝承って、どのような話だろう?
こちらに関連することを言っているのだ。気にならない訳がない。
まあ。大概こんな時、夢は何も答えてくれないよね。
やっと服を着ることができました。