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幻想日誌:魔動物として召喚された男の物語  作者: 森野昴
第6章 草原と森の入り口
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6-02 出発前に

お待たせしました。

 朝。窓からの日差しが眩しい。


 窓から見える空は、今日も晴れている。


 こちらの感覚からすると、この場所は雨の日が少ないような気がする。気温は高めだけど、蒸し暑さがないのはありがたい。


 いつものように支度をして、朝飯を食べに部屋を出る。


 あ。そうそう。従魔候補の首飾りも忘れずに、と。


 ルーチンになっている。だからこそ、忘れそうになる。


 あ。


 この既視感がある情景。ふと思い出す。


 はは。……朝寝坊したからと言って、朝食は抜くなよ、だったっけ。


 意識の表層での対話。唯一会話が成立する存在。


 そう。こちらは会話ができない。


 こちらのこの喉は、特殊な澄んだ鳥のような声しか発せられない。


 そして、その喉から紡がれる言語。人間たちにはもちろん知的魔動物である近くにいる従魔の仲間たちにも、ゴンザ氏のように一部例外はあるけど、ほとんど完全といっていいくらいに通じない。


 第一、その言語を発した、自分自身も解らない。こんなの使えないよ。


 こちらの正式な契約名は、‘リディクラム ヴェトゥス ラケルタ’となる。これは、力ある言の葉で、古代ドラコラン帝国語の古い方の言語だと聞く。この古い力ある言の葉は発声法が似ているのでこれの発音をすることは辛うじてできる。カークが時々その言葉の意味を言う。だから、いくつかその意味も知っている。


 これは魔術に使用する特殊な言語だと聞いた。だけど魔術師でも、この古い方の言の葉は知っている者は少ないそうだ。


 こちらの契約主のカーク。魔法紋を主とした、文字の専門家。古代魔道具の解析を趣味としている。彼だからこそ、そのような古い方の言の葉のことを良く知っているのだろう。


 それと、この古い方の言の葉は下手に用いると、手が付けられないほどの膨大な魔法的な力を帯びてしまうことがあるとのこと。そんな危険な言語だ。闇雲に対話を求めたいだけのために、その古い方の言の葉で話すことなんてできない。


 そうか。対話。ね。


 一時期はわずらわしいほどだった、ルークからの応答は相変わらずない。


 ルーク。始めにルークルカンと名乗った存在。慈愛に満ちた優しさと底知れない恐ろしさを綯交ないまぜにした気質きしつを持つ。老成した大人と、落ち着かない子供が同時に居るような性格をしていた。


 そう。最後に意識の表層で対話した時に感じた彼の感情。それは、最初に感じた雰囲気と全く違いはない。それには得体の知れない恐ろしいものがあった。


 そうはいっても、これも慣れればどうってことはない。


 彼は、どうであれ、このまま死ぬんじゃないかと不安で打ち震えていたこちらを助けてくれた。そして、ここの穏やかで平和な環境の中にいることができている。


 そのルークの応答は未だにない。


 彼の意識の表層を覗いても真っ白。ずっとこのまま。


 んー。そうか。


 不意に、一抹の寂しさを感じた。


 そして、すでに惰性的ともいえる毎度の朝飯を終えた後。


 ゴンザ氏がいつものように、こちらの自室に来た。


 お馴染み従魔長ゴンザ氏の日課。施設の人間からの指示をこちらに伝えること。


 いつもは、今日する仕事の連絡。


 だけど、今日はいつもとは違う。町の外に出て野外訓練をするということ。


 これは昨日聞いているからね。別に、驚きはしないよ。


 うん。栗鼠耳りすみみアルマジロのエンタ先輩と、ひょろながカッパのイエンの先輩とも一緒だよ。


 こちらは、普段一体で仕事をするから、訓練で一緒に行動をするというのは新鮮。彼らはとても賑やか。ものによってはうるさいくらいかもしれない。それはそれで、楽しそうでいいよね。


 エンタ先輩。魔アルマジロ科マギア・ダシュポディダエ50歩(スインクエンタ・パソ)という。あの可愛いらしい栗鼠りすのような耳とふさふさの尻尾を持つ、栗鼠耳アルマジロ外見からは想像ができない素晴らしい技、“爪切断ネイルカッター”を持っている。


 断じて、ルークが言葉遊びで言っていた“爪切り(ネイルカッター)”ではないよ。面白いから、こっちの認識になってしまっているけど。


 そしてイエン先輩。リザドリアン属亀種(テストゥードーティ)100歩(スィエン・パソ)という。背に甲羅を持つ細長い彼。その外見がひょうろながカッパ。だけどその細身から想像できないほどの力持ち。


 以前にその力を披露してくれたけど、その仕方が悪くてゴンザ氏に叱られていたのを思い出す。いや、うん。あのしんみりした顔は可哀そうだった。


 ん。あれ。何かをトントンと叩く音? あ。


 慌てて意識を身体の方に戻し、顔をゴンザ氏の方に向けた。


 そしてゴンザ氏の背中に、何やら荷物があるのを見つけた。


『オメエ、大丈夫か? ん。これな。おやっさんからの届け物だ』


 え。何? 頭陀袋ずだぶくろ


 渡された袋の中身を見ると、あの古代の魔法紋が入った黒い長靴ちょうかと白地に幾何学模様が描かれたポンチョが入っていた。


『これは凄そうな服と靴だな。あのおやっさんのことだ。こいつは魔道具だろ? オメエには、おやっさんも大甘だよな』


 同じく袋の中を覗くゴンザ氏。


 その鰐のような大きな口を歪め、おかしくてしょうがないと、くつくつと笑う。


 何なんだよ。もう。


 こちらは不機嫌な顔をする。そうなっていることが自らでも良く判る。


 納得はしていても、面と向かって笑われると普通にくやしい。


 ゴンザ氏はこちらの上司だけど、よく風呂に一緒に入る風呂仲間。もうお互いに遠慮なんてない。気楽にこちらもふくれっ面を見せることができる。


 だけどほんと。従魔候補の先輩であるエンタやイエンの凄いところを思い出してうなずけてしまう自分が悲しい。


 ゴンザ氏は、こちらのそんな思いをしていた顔を見るなり、こらえていたものが弾けてしまったようだ。ひとしきり腹を抱えて笑い続けた。


 そして、彼はにわかに真顔になる。


 そして、まじまじとこちらを見る。


 んー。そんなにこちらの身体を見つめなくても、いいじゃないか。いつも風呂で見てるでしょ。


『オメエは、擬態しちょるといっても、根はリザドリスク科なんだろ。そんにしては鱗が薄過ぎるんよ。敵対するもんが出たら本気でヤバイ。オイラが一緒なら、いいんだけどよ。そうもいかん。んでよ。これをやろ。これで少しはましになる』


 ゴンザ氏から丈夫な皮のようなものでできた外出用の厚手のマントをもらう。


 どうやら、わざわざ自らの自室から持って来てくれたらしい。


 ゴンザ氏も何だかんだといって、こちらの心配をしてくれているようだ。


 そう。初めて町の外に出た時は、何事もなかった。


 だけど今回も、何事もないという保証はどこにもない。


 彼らの気遣いに嬉しく思う。そしてうつむく。


 うん。目が少し、うるっとなった。


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