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1-07 気晴らしの歌

 うー。しんどい。


 ねえ。これは夢の中だよね?


 夢とは記憶の断片の集合体で、それを脳が再構成しているものと聞く。


 それなら、何故途切れずに連続している? 現実? こんな馬鹿な現実があってたまるか。あ。こちらが思っているだけというのも、ありか。


 んー。こんな夢は嫌だぞ。早く目を覚ませ! 自分!!


 その願いも空しく、全く目を覚ます気配すらない。それと、何か重要なことを、忘れているような気がする。そこまで、出てきているような感じだけど。


 うーん。何だったか。気になっているのに思い出せない。


 …………。


 もう、嫌だ。あーやだ、やめた。


 と、先程までの思案を飛ばすように、頭をぶんぶんと振って、叫んだ。


「クークァ、チ―ゥルルルルルルル!」


 自らの喉から、澄んだ鳥のような美しい鳴き声が響いた。


 ……どこの熱帯多雨林だよ。もう。涙目になる。


 うん。そう。ここは夢の中だ。深く考えるのはよそう。それも、思いのままにならない夢の中。気分だけでも良くしようじゃないか。


 さて、どうしようか。


 手を伸ばして、伸びをしようとする。


 じゃり。 あ。


 両手首が下へ引き込まれる。


 うー。もう、だめ。


 あまりにも酷い倦怠感に、腰の方へ両手が引き込まれたまま、ぐでっと、前のめりに突っ伏してしまった。


 どれくらいの時間を伏せた状態でいただろう。


 ようやく、気力が戻ってきた。


 変な姿勢が災いしたのか、当たり前のように、背中の筋肉が強張って、かちかちになっていた。


 もー。何なんだよ。こんなところまで、リアルに再現をしなくても良いと思う。


 あれは、嫌だ。今回は、伸びを我慢。うん。はい。我慢。


 あー。こんな状態だ。気晴らしに何か歌でも歌おうか。


 鳥のような鳴き声になるって?


 ここは夢の中なのだ。歌おうと思えは、普通に歌えたりするのではないか。ほら、ミュージカルでは、どんな状態のものでも歌っている。


 ん。あ。歌といっても、知っている曲は僅かだし、それも鼻歌程度しかできない。付き合いで行ったりする、カラオケも苦手な方だ。


 うーん。記憶に無いものは、流石にだめか。


 レパートリーがあって、上手いやつはいいよな。モテるし。


 いかん、いかん。ここは自らの脳内世界、夢の中なのだ。勝手に楽しもう。


 アドリブで何か出てこないかなと、軽く目を閉じる。


 リズムをとるように体を揺らす。


「……ズーイ、キュグルルルル」


 予想はしていたけど、相変わらずの鳴き声。


 まあ。いいか。このまま続けてみよう。


「ツィツィツィー、クァーラァクィ、ラァクィ、アクィ、アクィー」


 うん。何となく、歌っぽくなって来た。


 この喉から発する音は、心地のよい澄んだ鳴き声。仮に美しい鳥の姿をした生き物が、この声で鳴いていたら、冗談抜きでうっとりしそう。


 そのまま、思いつくままの適当な歌(?)を口ずさんでみる。結構うまい具合に歌えているような気がする。


 その澄んだ鳴き声は、やがて、甘く切ない音色を帯びてくる。


 次第に、インドネシア楽器ガムランのような音色と複雑な旋律が加わって来た。さらに……


 ‘汝よ、何処へ。アクィーラヘレンよ。我は時を遡り汝を探し求めん。ああ我が光に満ちた翼よ。そなたと共にありしその時に……’


 いつの間にか、そのような意味と同時に、美しくて可愛い感じがする女性が豪華な衣装を纏い、壮麗な建物の前に佇む映像が頭の中に入り込んで来た。


 え。何これ。恋歌?


 古語調だけど、何だか気恥ずかしい。女性は好みだな。


 青臭くて気恥ずかしい内容だが、ようやく夢らしいシチュエーションだ。


 深層心理で望んだものなのだろう。気にしていない風を装っているが、こちらは未だに独り身だ。結構、この女性が気に入っているなと苦笑をした。


 意訳と映像が入った、ガムランの調べのような歌をしばらく歌っていた。


 そうこうしている内に、自然に瞼が重くなり、うとうとと眠くなる。


 ― …… ―


 ん?


 何かに触られたような感覚を得て、目を開ける。


 すぐ目の前に、靄のような黒い粒子を伴う荒涼とした大地が、陽炎のようにゆらゆらと寂しげに広がっていた。


 あれ。何か、どこかで見た景色のような気がする。


 そこから、遠いような近いような声が聞こえた。


 - えー。その歌は。……いいか。やっと、君を見つけることが出来た。うん。君はそこにいるのだね。探したよ。すまない。今から行くから…… -


 え?


 目が覚める。開いた眼に映る景色は藁ばかり。


 あれ? 藁山の上?


 身を起こして辺りをぼぅと見回す。周りは殺風景な石作りの部屋。例の大きな扉が異様に立派に見える。


 相変わらず夢の中。


 これは夢中夢とかか。



謎:直人君(世間的にはおっさんだが、生き物的には十分若い)は、疑問を感じつつも、まだ夢の中だと信ておるようじゃ。そして彼にはある時点の記憶のみが封じられておる。あの分だと、封じ方がちと緩かったかの。あまり強くすると副作用の方が心配でな。あれが限界じゃ。そうじゃろう、ミクトラン? お前の兄弟子のしりぬぐいも大概にせんとな。


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