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幻想日誌:魔動物として召喚された男の物語  作者: 森野昴
第5章 初めての町の外
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5-10 昼の弁当

「じゃあ、担当の者に弁当を持って来させるから、ちょっと待ってて」


 クリスティーノはそう言って、机上の呼び鈴をリンと鳴らす。音はそれほど大きくはない。だけどすぐに誰かが来てノックをした。これも魔道具なのだろう。


 そちらへ彼自身が向かい、扉を開けた。そして扉の向こうにいる担当者に来客用の弁当について何か相談をしているようだ。ちょっとだけ聞き耳を立ててみる。


「そう。どうしようか。今から現地調達できる? 作業に割ける人員と従魔は? うん。それなら何とかなりそうだね。良かった。え。ああそうだね。じゃあ、僕が好みを聞くよ」


 クリスティーノは、扉を閉めてこちら側に向かい、すまなさそうに言う。


「ごめん、カーク。ラケルタ君用の弁当が人間用で来ているんだ」


「俺の弁当とは別にリザドリスク科用の弁当を二つ頼んだはずだが。む。そうか。ピケルのやつ変に気をかせおって」


 またもや、むすっとするカーク。だけど今回は少し嬉しそうだ。口角が上がっているのを隠しきれていない。


「ま。こいつは、人間用の弁当で構わん」


「いいのかい。魔動物は普通、人間用の食物しょくもつを好まないだろう?」


 そう言ってクリスティーノは、心底驚いたというような顔をする。


「こいつは普通ではない。以前、人間用の食い物ばかりを食いよってな。それで、ぶっ倒れた」


 あ。これは[ぐりる・まるべりー]での件だ。


 その当時、店の手伝いで何日も連続して通ってね。仕事の終わりにいただいた賄いがあまりにも旨かったので食べ過ぎたんだ。それで、連続して施設の夕飯を抜いてしまったことが原因だった。


 あー。想像をしていたらハンクさんの旨い料理が食べたくなって来た。シェリーさんのあの優しい顔にも会いたい。アラン君と一緒に遊ぶのもいいな。一応名目は子守だけど。


「え。そこまでになったら、生命に危険が及ぶのではないのか」


 女性と見紛みまがうほど美しい形の細眉の間にしわを寄せる、細身のクリスティーノ。


「うむ。その時は俺も慌てた。だが今は、その心配は無用だ」


 巨体を揺らして豪快に笑うカーク。安全のために普通の旅人と同じような服装をしているカークと古風な貴族のような服装をしているクリスティーノ。知らない誰かが見たら、それは不遜ふそんな態度にも見えるだろう。


「それはまた、随分と自信たっぷりだね。カーク」


 あきれたような顔をするクリスティーノ。


「おう。こいつには、特別な魔道具が付いているのでな」


 カークがじっとこちらを見る。


 え。保定魔道具を見せるの? できたらやめて欲しいけど。


「おや? ラケルタ君は、何か嫌がっているね」


「気を許さんやつには、いつもそうなんだな。ま。無理にせんほうがいいだろ」


 何だか嬉しそうに言うカーク。そういうことなのは、そうなんだけどね。普通、いやでしょ。しっかりと鎖が隠れているのに、わざわざ見せることはないよ。


「ラケルタ。手首を見せろ。それならいいだろ?」


 うん? うん。そうだね。


 白い飾りボタンでそでのようになっているポンチョを少しめくる。手首にまる黒い帯が見えた。これだけなら確かに構わない。


「品の良い、黒を基調とした素敵なリストバンドだね。あれ。これは、古代から伝わるという点星文様プンクトゥステラレグラの魔法紋。カーク。これが君の言う特別な魔道具なのかい? だったら、何故ラケルタ君がこれを見せるのを嫌がるのか理解しがたいな」


「ま。いや。何だな。あの時に見せた保定魔道具を覚えているか?」


「ああ。君がいつも自慢をしている、古代魔道具コレクションだね。でもあれは、長い一条の帯だったと記憶しているよ」


「その一部がこの帯だ。あと胴体にもつながっている」


「え? そう。だけどどうして、それがラケルタ君に填まっているの?」


「こいつの見た目に関係する。召喚直後はヒト化魔動物の、ドラコ―目ドラコ―科ドラコロイド属種かと思って恐れた。それと擬態魔動物の特性らしくてな。こいつにはわずかだが、ドラコ―科の魔素流放出紋が存在していることが判明している」


「ああ。そういうことか。それだったらよく解るよ。僕なら腰を抜かしたかもね。ラケルタ君。検め事が通って良かったね。これは、カークだからこそだと思うよ。今の君は、大人しい擬態魔動物だと知られているから何とも思わないけどね」


 突然ノックの音がした。そして、いかがしましょうかと、扉の向こうで少しじれたような声がする。さっきの担当者だろう。


 クリスティーノは、その声に応じて扉のほうに行き、扉を開いて言う。


「あ。うん。そのままでいいって。だから、それをいただくとするよ」


 そして彼は4つの包みを抱えて戻って来た。その内の一つだけが色違いの包みだった。


「はい、ラケルタ君。お弁当だよ。人間用ので良かったんだよね。ミルマノ君は、いつものリザドリスク科用のお弁当だよ」


 ミルマノとこちらは、色違いの包みをクリスティーノから手渡された。


 え。手渡されたのはいいけど、これをどうするの? あ。ミルマノの真似をしたらいいか。


 それでミルマノを見る。だけどミルマノも、何だか困惑している顔をしている。


 あれ。ミルマノはカークといつも一緒に来ているんじゃなかったの?


「おう。ミルマノもここで食うのは初めてだな」


「そうだね。普段のミルマノ君は、僕の従魔たちのところ行って食べていたよね。さあ、2体ともこっちにおいで。僕たちと一緒に、このソファーに座るといいよ」


 クリスティーノは微笑みながらそう言って誘う。


 人間の来客用なのだろう。落ち着いた色使いの猫脚のソファーとローテーブルがある。その品質の高さは、カークの分室にあるものと、どっこいかもしれない。


 ミルマノと顔を見合わす。うなずいたミルマノが先にソファーへと向かい、こちらが次に続いてソファーに座る。ミルマノがクリスティーノの隣だったので、こちらはカークの隣に座った。


「じゃあ。早速食べよう。君たちは朝が早いと聞くから、お腹が空いただろう?」


 うーん。こちらは、ルークによると野生を失って腹が減らない体質らしいので、なんとも言えない。それでミルマノを見るけど、彼もそれほどでもないようだ。


 あ。そうか。町を出る前に、施設にある受付の応接室でお茶と一緒にお菓子も結構つまんでいたもんね。ミルマノと向かい合わせで見つめ、お互いに困ったような苦笑いをする。


「お前たち、弁当をしっかりと食えよ。今はそれほどでもないだろ。だがこの後、坑道を見学させてもらうから腹が減るぞ。他の者たちの手前、坑道の中で物を食うのはできんからな」


 カークはからからとほがらかに笑う。そしてふと真顔に戻る。


「ラケルタもそうだぞ。人間用の食い物は魔素含有量こそ低いが、これも必要なものだ。魔動物は両方の栄養素が必要でな」


 そして、皆で弁当の包みを広げた。


読みに来ていただきまして、ありがとうございます。とても嬉しいです。


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