5-09 場長クリスティーノ
目の前にある建物に向かう。
そう。御者のピケルたちが、弁当を運び入れていた建物。
とてもしっかりとした、石造りの立派な建物。それも、相当でかい。
こんな立派な建物の中にいる人間。それも、鉱山という過酷な仕事場で数多くの従魔を使役するような上の人間に会う。
そのような人間は、従魔にもなっていない、従魔候補だなんて、相当冷たい目で見るだろうね。覚悟をしておこう。うん。
その建物の入り口で、カークはこちらの引き手のフックを外してくれた。
カークを先頭として、正式な従魔であるミルマノと共に、建物の中へと入る。
カークとミルマノは、この中の勝手を知っているようで、ずんずんと奥へ進む。
それでも、途中で出会う人間や従魔たちは、誰も訝しく思う者は、いないようだった。むしろ、カークに丁寧なお辞儀までしている。
今は真昼だというのに、薄暗い通路。これは、採光用の窓が少ないからだろう。その先に、光の筋が見えた。
その光は、奥にある部屋の扉が半ばほど開いて漏れているからだった。
カークはその開いた扉に、軽くノックをする。
どうぞ。と言う、男性の声。
その声を聞いたカークは、勢いよく扉を全開にして、嬉しそうに叫ぶ。
「おう。久しぶりだな。クリスティーノ!」
カークがそう呼んだ相手は、中央にある机で書類を見ていた。どうやら、ここは執務室のようだ。調度品などは、品の良いものが揃えられている。
そして、そのクリスティーノと呼ばれた人間は、いかにも西洋貴族の男性が着るような、きりっとした、古めかしい服装をしている。
だけど、全体的にほっそりとしている。綺麗な顔をして線が細いので、女性にも見えてしまう。先程の声を聞かなければ、性別の判断が難しい。
そう。そして、こういう場所だから無骨な男性の人間を想像していた。意外ではあったけど、書類仕事がメインなら、納得ができる。
「やあ。カーク。本当に久しぶりだ。しばらく、ここ来なかったよな」
クリスティーノは、嫋やかな仕草で立ち上がり、儚げに、にこりと笑う。これは何か、病気でもしているんじゃないかなと思うほどに、か弱げな感じ。
「ま。いろいろと、入り用でな」
少し、ばつの悪そうな顔をする、カーク。
「そういうことか。好きな趣味にせよ、あまり根を詰めるなよ。君は夢中になると見境が付かなくなる癖がある」
「ご忠告どうも。だが、こればかりは、どうにもならんでな。ははは」
和やかな会話。お互い、かなり親しい間柄らしい。
クリスティーノが、ちらりと、こちらを見る。
「おや。可愛い子供だね。子連れか? ん。従魔候補の首飾り。そうか。この子が噂に聞く、君の新しい従魔候補だね」
彼は、ただ感心をするだけで、蔑むような感情を表していない。
「む。子連れに見えるか?」
少し、むすりとする、カーク。
「こんなに可愛い子が、君の子には見えないがね」
くすりと笑う、クリスティーノ。
「ふん。そうか。言っておけ」
カークが不機嫌になるのをよそに、クリスティーノは、こちらをまじまじと見ている。
「なるほど。よく見れば、目の中の光彩に切り込む縦長に細い瞳と、首回りに薄く青緑色の鱗があるね。これらから、君が良く魔動物召喚で得る、リザドリスク科の魔動物だと判断できるよ」
「ま。そうだろ」
「それと、この子は賢しい顔をしているね。ちょうど今、いなくて欲しい小間使いに良さそうだな。どうだ。ひとつ、僕に譲ってはくれないか」
「ふん。お互い魔動物召喚魔術師なのだ。譲渡不可なのは、お前は百も承知だろ。仮にできたとしても、誰にも譲らん」
「ははは。冗談だって。もちろん、知っているさ。従魔とその契約者は、お互いが死ぬまで一緒だからね。でも、その契約者が死んだら、その限りではないよ」
「大概にしろ。俺とお前の仲でも、冗談にも程っていうもんがある」
「そう、カリカリとしなさんな。僕は君とは違って、この通り体力に自信がない。むしろ、僕のほうだろうね。その時は僕の従魔を君が引き取ってくれよ?」
「縁起でもないことを言うな。クリスティーノ」
「それもそうだ。だけど、これは本気だからね。覚えておいて欲しい」
「ま。心に留めては、おいてやる」
「フフフ。ありがとう。こんなことが言えるのも、君だからこそだよ」
「ふん」
「さて。前置きが長くなったね。ごめんね。そこの君」
「こいつの通称は、ラケルタだ」
「ラケルタ君か。では、改めて。初めまして、ラケルタ君。すでに聞いていると思うけど、僕の名前はクリスティーノと言う。この魔鉱石採掘場の場長をさせてもらっている、しがない魔動物召喚魔術師だよ。カークとは、古くからの学友でね。どうだい。良くしてもらっているかな?」
うん。とても。こちらは、カークのことを信頼しているよ。
にっこりと笑ってみる。
「そう。それは良かった。お互い選べないから、幸運だったね」
場長のクリスティーノさんか。へえ。貴族っぽい服装をしているけど、気さくというか、かなり腰の低い人間なんだ。
「カークは、これでも腕の良い魔動物召喚魔術師でね。いままで彼が申請をする検め事で、処分された魔動物はいないんだよ。そして数多くの従魔を抱えていて、信頼も得ている」
へえ。そうなんだ。
「む。もういいだろ。昼飯にしないか」
「そうだね。ここの昼食は弁当しかないけど、君たちの分も運び入れてある」
あ。あの荷馬車に積んであった包み、こちらのもあったんだ。




